ジェーン・ドウへの中間報告
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──ジェーン・ドウへの中間報告
「お。起きたか、ベリア」
「ああ。何かトラブルでもあった?」
東雲がベリアの方を深刻そうに見るのに、ベリアが首を傾げる。
「TMCサイバー・ワンがまた襲撃された。連中はデータハブからこの場所を割り出したみたいだ。セーフハウスに移動するか?」
「守り切れない?」
「分からん。敵は片腕を斬られて逃走した。場合によっては傷は癒えていて、また敵のサイバーサムライを相手にすることになる」
「それはちょっと深刻だね」
ベリアが考え込む。
「おっと。ジェーン・ドウから呼び出しだ。レストランに来いとさ」
「嫌な予感」
「確かに。だが、行かなかったら嫌な予感が嫌な出来事に変わるぜ」
「やれやれ」
ベリアは氷の施された記録デバイスに白鯨のデータを収めると、それをバッグに入れて、肩に抱えた。
それからロスヴィータも起きてきた。
「おはよう。白鯨についてはどうだった?」
「かなり闇を抱えたプログラム。思っていた以上だね、これは。人間を憎悪しながら、人間のために働く自律AIだなんて」
ベリアが尋ねるのに、ロスヴィータが額を押さえてそう答える。
「白鯨はやっぱり人間を憎んでいるのか……」
「そう。本人から明白な答えを得た。これが欺瞞情報でなければ、ね。けど、ここまで凝った欺瞞情報をわざわざメティスが準備するとも思えない。これをジェーン・ドウに渡せば、私の仕事は一段落」
「そして、次の仕事か」
「だろうね」
でもまあ、当面はジェーン・ドウたちがこのデータを解析してからになるよとベリアは語った。
「俺たちの仕事はどうなるか分からん。メティスの非合法傭兵たちはここを特定したと言っていた。襲撃に備えるならば、仕事は続行だ」
「よろしく頼むよ。今や白鯨について知った私もヒットリスト入りしているはずだから」
「あいよ。荒事は俺と“月光”の担当だ」
そして、東雲たちは呉の軍用四輪駆動車で目的のレストランまで移動する。
レストランは安っぽいチェーン店でネオンのLEDライトは切れかかって点滅しており、看板は汚染された空気を毎日浴びて薄汚れていた。
「いらっしゃいませ、お客様」
「待ち合わせだ。テーブル案内はいい」
「畏まりました」
いつからアップデートしていないのか分からない人工皮膚の剥げかかった案内ボットにそう言って東雲たちはジェーン・ドウのいるテーブルを目指す。
「仕掛けには成功したらしいな」
「まーね。これが白鯨に関するメティスの情報。解析はそっちでやって」
「そうは言っても覗き見していないわけじゃないだろう?」
「確認しただけだよ」
「そういうことにしておいてやる」
ジェーン・ドウはそう言って記録デバイスを受け取る。
「それで非合法傭兵の方はどうだった?」
「新東京アーコロジーを襲撃した奴らもTMCサイバー・ワンを襲撃した奴らも逃げた。ただ、こっちの居場所をTMCサイバー・ワンのデータハブから把握したみたいだ」
「面倒なことを。殺し損ねたのか?」
「逃げ足の速い連中でね。ささっと逃げられた。だが、毒ガスは撒かせなかったぜ」
東雲がそう指摘する。
「そうだな。その点は評価してやろう。そっちのちびの方の仕事と合わせて、20万新円だ。4人で分けろ」
「毎度あり」
「それから引き続き、非合法傭兵の方に注意しろ。その高額な報酬には仕事の継続の意味もある。サイバーサムライ。お前の腕を治しておけ」
その腕でまともな仕事は期待できないとジェーン・ドウは言う。
「第六世代の人工筋肉を調達できるなら、いつでも治すさ」
「例のクリニックに送っておいた。交換しておけ」
「手際がいいな」
「ドンパチしている人間が怪我をしないと想定するほど俺様が間抜けに見えるか?」
「いいや」
呉は肩をすくめてから、頷いた。
「仕事を継続しろ。毒ガスの脅威はなくなった。メティスが持ち込んだ分の毒ガスは回収された。だが、非合法傭兵は野放しだ。それはいただけない」
それからとジェーン・ドウが続ける。
「今回の非合法傭兵どもの名前が分かった。“ウィッチハンターズ”だ。サイバーサムライ、聞き覚えは?」
「噂なら聞いたことはある。メティスの忠実な駒で、目標を100%消すって殺し専門の連中だと。だが、セイレムが所属しているのは初めて知った」
「過去に訳ありだったかどうかは聞く気はないが、私情に流されず仕事をやれ。ウィッチハンターズを確実に仕留めろ。それがお前らの仕事だ」
だが、生け捕りでもいいぞとジェーン・ドウは冗談めかして言った。
「実際のところ、メティスの忠実な駒ってことはそう簡単には諦めないってことだよな。連中のサイバーサムライは腕を失ったが、治してくると……」
「メティスは人工筋肉の最先端を行っている企業だぞ。当然、第六世代の人工筋肉を調達するなんてわけもない。連中は腕を治してやり返してくるだろうさ」
「憂鬱だぜ」
東雲は肩を落とした。
「それがお前らの仕事だろうが。死ぬ気でそこのエルフ女を守れ。エルフ女、お前もそう簡単に殺されるなよ」
「私はサイバーサムライの相手なんて無理だからね」
ロスヴィータはそう返す。
「そんなのを相手にしろとは言わん。ただ、自分で自分の身を守る努力をしろというだけだ。荒事はそこの連中に任せておけ」
ジェーン・ドウはそう言って東雲たちに視線を向ける。
「それから今回お前らが戦った白鯨はバックアップだ。本体はTMCで仕掛けをやっていた。その本体も今は撤退している。マトリクス上はクリアだ。だが、油断せず、マトリクスを見張れ」
「オーキードーキー」
ベリアがそう言って頷く。
「俺様からは以上だ。飯でも食ってクリニックに向かえ」
ジェーン・ドウはそう言い残して立ち去った。
「だとさ」
「私、パフェ食べたい」
「俺はハンバーグにしておくか」
それぞれがメニューにある品を頼み、食べ物が運ばれてくる。
ハンバーグは合成食品感が高くて外れだった。ぼそぼそとしたボール紙を丸めて作ったかのような殺人的不味さ。ソースは酷い化学薬品臭がする。
それでも勿体ないので東雲は最後まで食べ上げた。
幸い、ライスは食べられる味だった。合成寿司と同じようなコメだが、化学薬品臭が薄く、合成食品感は否定できないが食べられるものだ。
ライスをメインに置き、東雲はハンバーグを食べ上げた。付け合わせの野菜も紙で作ったような代物だった。噛み切り難くて、そして味がしない。
「どうだった?」
「クソ不味い」
「パフェも微妙だった」
どうやらこの店は外れのようだ。
「まあ、腹は膨れた。不味い飯でも腹に入れば同じだ。それじゃあ、王蘭玲先生のクリニックに行こうぜ」
「その医者が例のクリニックなのか?」
「ああ。しかし、ジェーン・ドウも先生を信頼しているんだな」
仕事に関わる品を預けるなんてと東雲は言う。
「腕のいい人間は誰もでも信頼するんじゃない、彼女?」
「そういう人間か?」
東雲たちは再び呉の軍用四輪駆動車で移動し、王蘭玲のクリニックを訪れる。
「東雲様。貧血のご相談ですか?」
「それからこの男の治療を。第六世代の人工筋肉が届いているはずだ」
「畏まりました」
ナイチンゲールは初診の呉に問診票を渡して引っ込んだ。
「ワクチンは必要最小限しか打ってないがここの医者は気にしないか?」
「ああ。気にしない」
「そいつは助かる。医者が煩いクリニックもあるからな」
そう言って呉は慣れた様子でワクチン接種履歴を記載していく。
「あんたの貧血も見てもらうのか?」
「あんたの後でな。先に腕を治せよ、相棒。それじゃあ、次に連中が襲ってきた時に俺が困る。あんただって殺しの名簿に名前が載ってるんだろう?」
「そうだな。早急に治療しないと」
それからすぐに東雲たちは診察室に呼ばれた。
「今日は新しいお友達が一緒なのだね」
「ああ。まあ、三人目の相棒ってところだよ、先生」
「そうか。で、私のところに第六世代の人工筋肉が送りつけられてきたということは、サイバーサムライか」
王蘭玲は耳を揺らして、呉を眺める。
「腕をやられたのか」
「ああ。交換できるか?」
「できるよ。全身を一から機械化しろと言われていたら困っていたがね」
「頼む」
呉はそう言って包帯を巻いた腕を王蘭玲に見せる。
「綺麗な傷だ。治療しやすい」
「どれくらいかかる?」
「30分程度」
「分かった」
呉は東雲に視線を向ける。
「分かってる。あんたが留守の間は任せろ」
「すまん」
東雲は一度診察室を出て待合室にいるベリアたちの護衛を務めた。
「なあ、人工筋肉ってどうやってくっつけるんだ?」
「んー。第六世代の人工筋肉なら、機械みたいに切り貼りできるよ。けど、耐久的に基本的にひとつの筋肉として入れ替えることにはなるだろうけど」
「腕の筋肉を取り出して新しいのと入れ替える?」
「そう。第六世代の人工筋肉はもはや機械だから。彼、腕を斬られても血を流してないでしょう? それが機械である証拠」
「驚異の技術って奴はこういうことを言うんだろうな」
東雲は自分の筋肉を取り出して入れ替える様子を想像して身震いした。
「しかし、そこまでして強さを求めるからこそサイバーサムライは恐れられるわけだ」
「そういうことだね。彼らに狙われたら、死を覚悟しろって言われているよ」
もっとも君は返り討ちにしたみたいだけどとベリアが言う。
「苦労したんだぜ。危うく首を刎ね飛ばされるところだった」
東雲はそう言って肩をすくめた。
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