マトリクスパニック//白鯨追撃戦
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──マトリクスパニック//白鯨追撃戦
白鯨を調査するにはまず白鯨の居場所を知らなければならない。
この広大なマトリクスで何の情報もなしに、いくら特徴的とは言え、白鯨を見つけるのはそう簡単なことではない。
そのためまずベリアは情報収集のためにBAR.三毛猫を訪れていた。
“白鯨事件総合”のトピックがやはり一番盛り上がっている。
ベリアはトピックのログを一通り眺めたが、今は白鯨による新しい事件は起きていないようだった。僅かな時間で六大多国籍企業を相手に仕掛けをやってその後は静かにしている。
どうも奇妙だ。
「白鯨は何故攻撃を止めたのか」
メガネウサギのアバターがそう問いかける。
「マトリクスを征服したとでも思ってるんじゃないか」
「確かに征服欲は満たせたかもしれないな。白鯨にそんな感情があればの話だが」
アラブ系のアバターが言うのにメガネウサギのアバターがそう返す。
「奴はAIだ。人間的な価値観はないだろう。人間の価値観で推し量れない。まさに超知能のようじゃないか」
三頭身の少女のアバターがそう告げる。
「まあ、あれが超知能かどうかは別のトピックで話すとして、奴が次に仕掛けをやるとしたら、どこだと思う?」
ベリアは三頭身の少女のアバターの発言に注目する。
次の白鯨のターゲットはどこか。
それが重要なのだ。
「奴の最近の動きを把握している奴はいないのか?」
「前はヨーロッパ近辺のサーバーが謎のトラフィックを観測していたが、今は静かなものらしい。となるとアジアか南北アメリカか」
「各地のトラフィックのデータならリアルタイムのものがあるぜ」
アラブ系のアバターがそう言ってデータを表示する。
「アメリカの方は静かなものだな。だが、日本の周りが妙じゃないか?」
「確かに。やけにデカいデータが行き来した形跡があるな。それも短時間に」
「トラフィックの具体的な位置の情報を」
「これりゃあ、TMC周辺だ。TMC周辺のトラフィックに妙なノイズがある」
奴はまたTMCで騒ぎを起こすつもりだとトピックが騒然となる。
この電子掲示板はTMC在住の人間が多い。
それはシンプルにネット環境がいいからだ。回線速度はいいし、都会という利便性から氷などの各種プログラムが物理取引で手に入りやすい。
もちろん、他の都道府県や国外在住者もアクセスしている。ここは世界でも有数のハッカーが集まる電子掲示板なのである。
「TMCのどこだ?」
「またアンドロイドが暴走するとかじゃないよな」
「日本陸軍は無人戦車をハックされたらしいぜ」
「マジかよ。白鯨の奴、またそういうテロを企てているのか」
憶測と混乱が渦巻き、ログが瞬く間に流れていく。
「TMCには六大多国籍企業では大井が本社を、他の企業は支社を置いている。そういうものに対して仕掛けをやるつもりなのかもしれない」
「それに注目すると……。いや、分からないな。だが、TMC周辺のトラフィックにノイズが混じっているのは確かだ」
三頭身の少女のアバターが言い、アラブ系のアバターが肩をすくめる。
「大井の可能性が高いかもしれないな」
そこはどうも白鯨と確執があるようだとメガネウサギのアバターが言った。
よし、とベリアは思う。
これで白鯨のおおよその攻撃目標は把握できた。
もし、大井狙いじゃないとしても、TMC内の六大多国籍企業関係のサーバーを当たれば、どこかに白鯨はいるものと思われる。
白鯨が日本国防四軍のネットワークや政府機関を狙う可能性は限りなく低かった。これまでの傾向からして、白鯨は目的もなくその手のネットワークを攻撃しない。
もちろん、可能性をゼロとするわけではないが、プライオリティとしては低い。
ベリアはトピックから席を外し、BAR.三毛猫からログアウトしようとする。
「アーちゃん。何をそんなに急いでいるんだい?」
そこで話しかけてきたのはディーだった。
「ディー。もう痛みは引いた?」
「とっくに。もう平気だ。それよりアーちゃん、新しい仕事か?」
「そう。白鯨のコアコードの取得」
「おいおい。本気かよ……。どうかしているぜ」
ディーは正気を疑る目でベリアを見てくる。
「本気だよ。そのためにたっぷりと準備したからね」
「白鯨のコアコードか。興味あり、だな」
「一緒にやる?」
「いいのか?」
「流石にひとりで挑むのは無謀かなとは思っていたから」
「そりゃそうだ」
乗るぜとディーは言った。
「じゃあ、始めないとね。白鯨は恐らくは大井に仕掛けをやる。そこをとっ捕まえて、コアコードを抜き取って、焼き殺される前にささっと離脱する」
「素早く仕留めて、素早く離脱か。悪くない」
「というよりも、長期戦になるとリアルタイムで学習して攻撃を変えてくる白鯨は有利になる。仕掛けをするタイミングは慎重に」
白鯨は敵の氷とアイスブレイカーを学習し、対抗する。
それを防ぐには敵が学習する前に仕留めるしかない。
「これ、使って」
「なんだい、こいつは。氷のようだが」
「対白鯨決戦用氷」
魔術が仕込んであるとベリアは言う。
「魔術ね。確かに昔は凄腕のハッカーのことを魔術師と言ったそうだが。まさか本物の魔術がマトリクスという科学的空間で機能するとは」
「世の中不思議なことだらけだね?」
そう言ってベリアはにやりと笑った。
「まあ、いいや。俺も俺の氷とアーちゃんの氷を信頼させてもらうぜ。まずは白鯨を見つけないとな」
「そう、それが重要。今のところ、TMC周辺にいるということしか分かってない」
大井なのか他の六大多国籍企業の支社を相手にするのかとベリアが言う。
「大井じゃないか。支社は攻撃目標にするにはちとインパクトに欠ける」
「インパクトなんて白鯨が気にするかな」
「自己学習という意味では気にするだろう」
奴は学習することで進化していっているんだとディーは言った。
「学習か、その学習の先に果たして白鯨は本当に超知能を得るのか」
「随分と考えるな?」
「まあ、ね。超知能には何が必要だと思う?」
「真の知性?」
「知性は何から生まれる?」
「……分からねえ」
「ある人は言葉がそうだと言ったらしい。人間の持っている生得的言語獲得能力が魂となり、知性を生み出すそうだと。果たして白鯨はそれを持っているのか……」
「何にせよ、奴がヤバイハッカーであることには変わりない。人を殺す危険なAIであるということも」
だったら仕留めないととディー。
「そうだね。今は哲学的な問いかけは無しだ」
ベリアとディーはマトリクスでTMCのネットワーク上に浮かび上がり、そこから大井のサーバーを見渡す。
特段に巨大で強固な氷が展開された施設──日本国防四軍のサーバーにも匹敵するものが大井コンツェルン本社だ。
「白鯨は?」
「見えない。検索エージェントを放ってみる」
検索エージェントがマトリクス上で白鯨を探す。
「……見つけたぞ。奴は大井医療技研のサーバーを攻撃している」
「やっぱり大井か。さて、では早速始めよう。ジャバウォック、バンダースナッチ!」
ベリアは2体のAIを展開させる。
「白鯨を追跡して。大井医療技研の何を攻撃しようとしてるのか突き止める」
「了解なのだ」
ジャバウォックとバンダースナッチが白鯨に迫っていく。
白鯨はすぐに反応した。
アイスブレイカーとして機能するワームを放ち、ジャバウォックとバンダースナッチを迎撃しようとする。
ジャバウォックとバンダースナッチは欺瞞データをばら撒いて白鯨の攻撃を躱し、逆に白鯨に追跡エージェントを取り付けることに成功した。
「追跡開始。まだだよ。まだ攻撃は始めないよ」
大井医療技研のサーバーの氷を白鯨は無心に攻撃している。
だが、大井医療技研のサーバーの氷はなかなかやぶれない。
そう言えばジェーン・ドウがセキュリティの穴が分かったというようなことを言っていたことをベリアは思い出す。
もしかするとベリアと同じ存在であるジェーン・ドウが氷を組んだのかもしれない。
「アーちゃん。挟み撃ちにするチャンスじゃないか?」
「そうだね。大井の氷と私たちで同時攻撃。白鯨の対応能力を飽和させることはできるかもしれない」
「そうと決まれば」
「やってやりましょう」
ここが一番の大勝負。
「ジャバウォック、バンダースナッチ。アイスブレイカー展開。攻撃開始!」
「了解なのにゃ!」
そして仕掛けが始まった。
白鯨に向けて無数のアイスブレイカーが同時に放たれる。
どれも魔術的な効果を及ぼすものが含まれている。白鯨の魔術的な氷に対しても有効なはずだ。
「アイスブレイカーは順調に白鯨の氷を砕いている。この調子ならいけるかな……」
「油断は禁物だぜ、アーちゃん」
「分かっている。コードを分捕るまでは油断はしない」
ベリアのアイスブレイカーはかなり順調に白鯨の氷を砕いていた。
この時、東雲から連絡が来ていたのだが、通信を遮断していたベリアが気づくことはなかった。
「いけるかな……」
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