太平洋、空の旅//インターセプト
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──太平洋、空の旅//インターセプト
東雲たちを乗せたアメリカ空軍の高速ティルトローター機はツバルを目指して飛行していた。太平洋の何もない洋上を飛行している。
「この下の海も汚染されてるのかね」
「毒素を吐いているのは海洋微生物だよ。それらが存在するためには栄養が必要で、それらは島などによって海流が掻き混ぜられることで深い水深、浅い水深の持つそれが交わり、生物が生存可能な水質になる」
「じゃあ、この何もない海は栄養がないってことかい、先生?」
「海の砂漠と呼ぶこともあるぐらいだ」
地球の70%を占める海のどこにでも生物がいるわけではない。自然とは過酷な環境であり、生物はその環境で生き残るために行動する。
あえて食料となる魚がおらず捕食者が少ない環境で鯨は子育てをしていたし、海流の流れを追って狩りをする肉食の魚も存在した。
だが、今は大型海洋哺乳類は絶滅し、ただただ生物毒素に汚染された海が残るのみ。それもまた生物が進化する際に発生した道のひとつかもしれない。
「猫耳先生。東雲と雑談してる場合じゃないよ。これから財団とASA及びサンドストーム・タクティカルが待ち構えるツバルに突入するんだからね」
ベリアがワイヤレスサイバーデッキをつけたままそう言う。
「ここでもマトリクスに繋げんの?」
「民間通信会社の通信衛星を拝借している。“ケルベロス”のハッカーチームがいくつか乗っ取った。こちらの通信が財団なりASAなりに漏れることはないから安心してて」
「そいつはすげえ」
ベリアが説明するのに東雲が感心した。
「では、仕事を始めようか。財団指揮下の日米海軍艦隊は依然としてツバルを目指してる。艦載機の無人戦闘機が戦闘哨戒飛行に当たっており、早期警戒機も飛んでいる」
「この機体のIDは偽装している。今もアメリカ空軍所属の機体であり、アメリカ空軍の任務を実行しているというフライトプランがアップロードしてある」
王蘭玲が最新の状況を説明し、ベリアが付け加える。
「けど、アメリカ空軍はハックされていることに気づいているんじゃねーの? だって、飛行機が勝手に飛んでいったら馬鹿でもハイジャックされたって分かるぞ」
「そう。アメリカ空軍は気づいたかもしれない。けど、彼らの構造物は陥落していて、今は私たちがC4Iを握ってる。現在航行中の財団艦隊には通報できないってわけ」
「そう上手く行くものかね……」
「上手く行かなきゃ、全員この飛行機でお陀仏ってだけだよ」
「最悪。神様にお祈りだな」
ベリアが肩をすくめ、東雲がため息を吐く。
『なあ、“ケルベロス”のハッカーたちに周辺の偵察衛星の画像を常に取得して、こちらに送信してもらっていいか? この機体のレーダーが探知できる範囲はあまり広くない。視界外射程ミサイルを叩き込まれたら終わりだ』
「了解。でも、ロックオンされたら分かるんじゃないの?」
『ミサイルの種類にもよる。衛星航法で目標に接近し、終末誘導がパッシブ式の赤外線ホーミング誘導だとロックオンされずにいきなりミサイルが炸裂する』
かつては巡航ミサイルや対艦ミサイル、誘導爆弾の誘導に使用されていた衛星航法だが、技術の進歩によって空対空ミサイルの誘導まで行えるようになった。
ロックオンされたと航空機が気づくのは基本的にレーザー照射を機体が受けることによる。故にレーザー照射を一切行わないものではロックオンに気づけない。
赤外線ホーミング誘導の場合、航空機が発する赤外線を探知して誘導されるため、一切レーダーを使用しないことになる。
「どうするんだよ、その場合?」
『不幸中の幸いでこの機体には近接防衛用の高出力レーザーが装備されている。何十発も撃ち込まれなければどうにかなるだろう』
「頼むぜ。お空でくたばるのはごめんだ」
暁が答え、東雲がぼやく。
「財団の通信を傍受。財団指揮下の原潜数隻が先行してツバルに近づいた。彼らはサンドストーム・タクティカルの戦略原潜レヴィアタンを警戒している」
「こっちも情報が来たよ。ツバルにおけるASAの拠点フナフティ・オーシャン・ベースで戦闘が始まった。財団の成層圏プラットフォーム型戦略級大型ドローンが撃墜された。他にもドローンが次々と」
王蘭玲とロスヴィータが報告。
海中と空で戦闘が始まっている。地上戦が開始される前兆だ。
「いよいよ財団がASAとでっかい決戦するわけだ。で、俺たち“ケルベロス”は両者と戦いながら“ネクストワールド”を止める、と。本当に生きて帰れるのかねえ」
「やりがいがあっていいじゃないか。強敵どもを殺し放題だぞ?」
「あんた、本当に人生楽しそうだよな」
セイレムが愉快そうに笑うのを東雲が胡乱な目で見た。
「何はともあれツバルに私たちも上陸しなければ。地対空ミサイルは本当に制圧できるんだろうな?」
「サンドストーム・タクティカルの方は既に雪風が構造物内にいるから地対空ミサイルとレーダー連動式対空火器は制圧できるはず。問題は歩兵が装備しているMANPADSまでは無理ってこと」
「MANPADSも数発なら近接防衛用高出力レーザー、そしてチャフとフレアでどうにかできるだろうが」
「最新のMANPADSには限定AIが組み込んである。ミサイルのシーカーとランチャーの両方に。限定AIは目標の未来位置を予想してランチャーからのレーザー照射を行うことで誘導を行う」
八重野が楽観的な意見を述べるのにベリアが語る。
「さらにチャフやフレアといった欺瞞目標を分析し、最初にロックオンした目標を追跡し続ける。その上、弾頭には電磁パルスグレネードが組み込んであってレーザーで迎撃しても電磁パルスで機体が壊れる」
「悪意の塊だな。どうあってでも飛行機を落とすってか」
ベリアの説明に東雲が諦め気味にそう言った。
「だけど、希望が全くないわけじゃない。雪風がサンドストーム・タクティカルのレーダーを無力化できれば敵は航空機の侵入そのものに気づかなくなる。その隙に無理やり着陸すればこっちのものさ」
「おいおい。かなり楽観的な作戦だな? MANPADSはもちろんとしてレーダー連動式対空火器だって別にマトリクスに繋がなくても射撃できるんだぞ?」
「じゃあ、他にどうするわけ? フナフティ・オーシャン・ベースの周りには鯱の生物学的構成要素を組み込んだ自律無人潜水機がわんさか。対潜作戦がやれる軍艦じゃないと近づけない」
「そうだな。財団は空母を動員した。連中の無人戦闘機に紛れるってのはどうだ? サンドストーム・タクティカルの連中も脅威の高い目標から攻撃するだろう」
「それだとサンドストーム・タクティカルに撃墜されなくても財団に撃墜されちゃうよ。こっちは機動性の低い輸送機で、相手はドッグファイトだってできる無人戦闘機なんだから」
呉の代案をベリアがそう否定した。
「なるようにしかならんよ。ハワイで覚悟を決めただろ。それに大丈夫と思える要素がひとつある。この輸送機に八重野が乗っているということだ」
東雲がそう言って八重野を見る。
「八重野が乗ってれば死ぬような墜落にはならないはずだ。まあ、多分な」
「困った時の八重野頼りか。八重野だけ生き残るってオチになるかもしれんぞ」
「その時はその時」
八重野はヘレナの呪いによって因果を捻じ曲げて不死身になっている。つまり、八重野が死ぬような墜落はないということだ。
「諸君。悪いニュースだ」
そこで王蘭玲が発言した。
「偵察衛星の撮影した映像とフライトトラッキングサービスの情報だ。財団指揮下にある早期警戒機のレーダーの探知範囲に入っている。既にアメリカ海軍の空母からは無人戦闘機が発艦した」
「クソ。ついに始まったぞ」
王蘭玲の報告に呉が呻いた。
『おい。敵の戦闘機が来たのか?』
「近づいているってさ、暁。どうにかして逃げられるか?」
『無茶言うなよ。これは輸送機だぜ? 輸送機でドッグファイトできると思うのか?』
「どうにかしてツバルまでは辿り着いてくれよ」
『最善を尽くすがそっちのハッカーにも仕事をしてもらってくれ』
暁がそう返してきた。
「ベリア。ディーにどうにかしてもらってくれ。撃墜されたら困る」
「分かってる。ディーにメッセージを送った。彼がアメリカ海軍の構造物に仕掛けをやるよ」
そして、ディーが動き始めた。
だが、その間にも空母を発艦した無人戦闘機は東雲たちが乗る高速ティルトローター機に向けて急速に接近してくる。
『飛行中のアメリカ空軍機に告ぐ。こちらフラッグ・セキュリティ・サービス・エアロスペース・オペレーションズ所属機。直ちに進路を変更し、こちらに従って飛行せよ。さもなくば撃墜する』
『こちらアメリカ空軍第65空輸飛行隊所属機グリーンフェザント・ゼロ・ツー。こちらは空軍の任務に従って行動中。理由がなければ指示には従えない』
『こちらは大統領令を受けている。繰り返す、指示に従え。30秒以内に進路を変更しない場合は撃墜する』
そして、六大多国籍の民間軍事会社フラッグ・セキュリティ・サービス所属の無人戦闘機が東雲たちが乗っている高速ティルトローターにレーダー照射を行いロックオンした。
『おい。連中、マジで撃墜するぞ。どうにかしろ!』
「ベリア! 急げ!」
暁と東雲が叫ぶ。
「ディー! やって!」
『任せときな。仕掛けの準備は万端だ』
ディーからそう返事が来た直後、アメリカ海軍のC4Iが全ての機能を停止。さらに無人機がジャックされ、東雲たちの高速ティルトローター機にレーダー照射を行なっていた無人戦闘機が太平洋の海面に向けて急降下し、墜落。
東雲たちを探知していた早期警戒機も全ての電子機器が機能不全になり、東雲たちを乗せた高速ティルトローター機を見失った。
『C4Iがハックされているぞ! 制御を奪還しろ!』
『構造物内にワームが多数! なおも増大中! 負荷の上昇が止まりません!』
『システムをリセットしろ! 再起動だ!』
アメリカ海軍のサイバー・セキュリティは大混乱に陥り、艦隊が動きを止める。
各国の海軍がそうであるようにアメリカ海軍も軍への志願者減少のため艦艇の省人化を推し進めており、艦艇の多くはAIによる制御を受けている。それなしではまともに航行することすら不可能だ。
そのAIがディーの仕掛けで機能不全に陥り、C4Iがマヒしたことでアメリカ海軍の戦闘能力はゼロになってしまった。
『もう大丈夫だぞ、アーちゃん。そのままツバルに向かえ』
「サンキュー、ディー! 君は本当に頼りになるよ!」
東雲たちの高速ティルトローター機を追跡する航空機はいなくなり、高速ティルトローター機はひたすらツバルはフナフティ・オーシャン・ベースに向けて突き進んだ。
「現地の状況はどうなんだ?」
「雪風がサンドストーム・タクティカルの防空コンプレックスを制圧する手筈になってる。防空コンプレックスは未だ作動中。財団の攻撃を凌いでる。財団は巡航ミサイルまで使いだした」
「滅茶苦茶だぜ」
ベリアが言うのに東雲がため息を吐いた。
財団指揮下の日本海軍の巡航ミサイル原潜はフナフティ・オーシャン・ベースに向けて極超音速巡航ミサイルを連続して発射。それをサンドストーム・タクティカルの防空コンプレックスが迎撃している。
『あと、3、4分で目的地だ。不時着に備えておけ』
「あいよ。パラシュートは全員持ったか?」
暁からの連絡に東雲がそう全員に尋ねる。
「持ってるけどパラシュートを使ったことなんてないよ」
「ある奴の方が圧倒的に少ないだろ。説明書通りにやればきっと大丈夫だ」
ロスヴィータが困惑するのに東雲が軍用の非常脱出用パラシュートの説明書を読み始めた。説明書には詳しいパラシュートの開き方や着地の際の姿勢が記載されている。
『見えてきた。そろそろサンドストーム・タクティカルに仕掛けを頼む』
「オーケー。雪風、仕掛けを始めて!」
ベリアがそう言い、それと同時に雪風がサンドストーム・タクティカルの構造物に仕掛けを開始した。
サンドストーム・タクティカルのC4Iが機能を停止し、レーダーを含めた防空コンプレックスが動作不能になる。機能を停止したサンドストーム・タクティカルの防空コンプレックスに巡航ミサイルが次々に着弾。
『クソ。巡航ミサイルが飛び回ってる。どこに着陸したものか』
「どこでもいいから陸地に降りてくれよ?」
『努力する』
暁がそう答えた直後、地上から東雲たちの高速ティルトローター機に向けてMANPADSが発射された。パッシブ式赤外線誘導のそれが機体に急速に迫る。
命中。
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