コンクリートジャングル・クルーズ//セーフハウス
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──コンクリートジャングル・クルーズ//セーフハウス
東雲たちは大井統合安全保障の爆撃を逃れたのち、セーフハウスに向けて逃走中であった。追跡していたドローンを撃墜し、生体認証スキャナーを避けて、九大同時環太平洋地震の結果形成された市街地を進む。
「ベリア。大井統合安全保障の動きは?」
「まだセクター13/6をうろうろしている。それからこいつらは大井統合安全保障じゃないよ。財団の連中だ。あーあ。私たちはついに連中に狙われたってわけだね」
「どういうことだよ。俺たちが何かしたってのか?」
ベリアがため息交じりにいうのに東雲が尋ねた。
「してるよ。財団とはインドでやりあったでしょ?」
「そりゃそうだが。でも、財団の仕事も俺たちの仕事も目的は同じだろ。“ネクストワールド”と白鯨の脅威を退ける」
「それは推測。財団の目的は分かってない。彼らにとって白鯨とASAは敵かもしれないけど、彼らの生み出したものに価値を見出したのかも」
「死者の復活は金になるのか?」
「考えてみなよ。金があり、権力もある。そんな六大多国籍企業の重役たちが恐れるものは何だと思う?」
ベリアがそう質問する。
「失脚?」
「それよりも避けられないものがあるでしょ」
「まさか死ぬってことか?」
「そう。超高度医療や延命措置、そういう医療処置を受けても死という事実は避けられない運命にある。死を克服した人間はいない。でも、金も権力もあれば死ぬのは嫌でしょ。支配できるなら支配し続けたい」
「クソみたいな強欲さだな。ただでさえ寿命の格差っておぞましい奴が生まれてるのに死ぬ気もないってか」
ベリアの言葉に東雲が吐き捨てた。
「“ネクストワールド”で死という現象が消滅すれば六大多国籍企業の上層部は今の自分たちによる統治を永遠に続けられる。巨大な企業という経済組織と民間軍事会社という軍事力があれば復活した死者すら支配できる」
「だが、死人は死んでるから殺して鎮圧ってわけにもいかんだろ」
「けど、死人がいくら死ななくたって抵抗はできなくなる。八重野だって死なないけどアメリカ海軍の空母打撃群にひとりで勝てる?」
「ふうむ。なるほどな」
死なないということはそれだけでしかない。不死身の人間でも徒手空拳で戦車を撃破することはできない。何度も戦車にやられるだけで、戦車は無事なままだ。
そして、六大多国籍企業とはまさに戦車の側であり、復活した死者が死ぬことがなくとも六大多国籍企業の軍事力に勝利し、秩序を塗り替えることは不可能だ。
「そろそろセーフハウスだ。見張られてないか確認してくれ」
「オーキードーキー。偵察衛星、ドローン、生体認証。全てチェックする」
ベリアがマトリクスで全ての監視システムを調べる。
「どれにも引っかかってない。けど、偵察衛星は常時上空にいるから車を降りて建物を抜けていった方がいいかな」
「よし。車はここで乗り捨てるぞ。降りろ」
東雲たちは装甲バンから降りると近くの建物に無断で侵入する。
この付近の建築物は違法建築なことに加え、持ち主不明でメンテナンスがされていない危険な場所だ。まともな人間は倒壊を恐れて避けて通り、いるのは風雨を凌ぐ場所が欲しい電子ドラッグジャンキーぐらいである。
東雲たちは吐瀉物や血、粗大ごみに人間の死体とあらゆるものが放置され異臭を放っている違法建築群の中を抜けてセーフハウスに向かった。
「到着っと。一応ブービートラップを調べて」
東雲がセーフハウスとして確保しておいた倉庫の警備とブービートラップの有無を調べる。電子ドラッグジャンキーが侵入しないように表のシャッターには強力な電子キーをつけ、裏口のドアノブには電気が流してある。
「大丈夫だ。とりあえずは、な」
東雲が電気を止めて、裏口から倉庫に入った。
倉庫の中はいざという場合に備えて補強されており、50口径のライフル弾ぐらいなら弾けるシャッターと鉄筋コンクリートの壁に覆われているが居住性と言えば近くの商業回線にタダ乗りしているサイバーデッキとベッドがあるくらいだ。
「非常食と水は4か月分ある。けど、ここに籠城したって何も解決しない。“ネクストワールド”と白鯨をどうにかせにゃ。財団だってそれらが片付かない限り永遠に俺たちを追い回すぜ」
「分かってる。ここからどうにかしてツバルに行かなくちゃ」
東雲が軍用の簡易ベッドに腰を下ろしてぼやくのにベリアがサイバーデッキの状態を確認しながらそう返す。
「TMCで大井統合安全保障と太平洋保安公司から逃げ回って、事前準備なしで国外に逃げ出すってのは曲芸だぞ。空港も、港も、道路も全て見張られているだろう」
「なんだかんだでTMCってのは巨大な刑務所だからな。大井が看守で住民を見張ってる。こいつは脱獄だぜ。大脱走みたいにトンネルでも掘るか?」
「笑える」
東雲が肩をすくめて言うのにセイレムが乾いた笑い。
「こっちにだって味方はいる。それを頼ろう。ゴールはTMCのどこかで航空機とパイロットを手に入れる。そこまで経緯を考えよう」
「航空機があるのは空港。成田か羽田」
「それから民間航空会社が持ってる飛行場がある。小さいから飛ばせる飛行機は限定されるけど経由地を選べばツバルまで行ける」
「パイロットは?」
「それが問題だ。ハッカーはいてもパイロットはいない」
「遠隔操作で飛ばすってのは?」
「いつ財団に回線を切断されるか分からないのにマトリクスからの遠隔操作に任せられる?」
「そうだよなあ」
ベリアが言うのに東雲が渋い顔をしつつ同意した。
「現実で飛行機を飛ばせる人間が必要だ。それも今TMCにいることが条件。海外から援軍を呼ぶのは難しいし、時間もないぞ」
「当てがねえよ。TMCで俺が知ってるのは武器調達屋と死体処理業者と情報屋ぐらいだ。パイロットなんて高給取りはセクター13/6になんて暮らしてない」
「だよな。俺も知り合いに飛行機飛ばせる奴はいない」
東雲が愚痴ると呉も愚痴った。
「できない、できないと言っていても解決しないぞ。できることを積み上げていって、問題を解決するんだ。パイロットはそれこそハイジャックすれば飛行機ごと手に入る」
「マジでハイジャックするの? テロリストそのものなんだけど」
「しなければならないならする。もうジェーン・ドウからも使い捨てにされた。私たちはテロリストだろうが犯罪者だろうが連中の手から逃げなければならないんだ」
東雲がマジマジと八重野の顔を見るのに八重野は不満げに鼻を鳴らした。
「今からマトリクスに潜って“ケルベロス”のメンバーに相談してみる。物理で頼りになるのは君たちだけだから手は貸してくれるはずだよ」
「オーケー。任せた」
ベリアは東雲たちにそう言うとワイヤレスサイバーデッキを外し、セーフハウスのハイエンドサイバーデッキのケーブルをBCIポートに接続する。ロスヴィータも同様にサイバーデッキに接続してマトリクスにダイブした。
彼女たちはまずは“ケルベロス”の作戦拠点になっているBAR.三毛猫にログイン。
「人が増えてる」
「そりゃあ、もう完全に歩く死体が地上に溢れてるんだもん。それ以外に話したいことがあると思う? この騒動を放っておいて、可愛い子猫の話なんてしないよ」
「それもそうだ」
BAR.三毛猫にはペットを自慢するトピックもある。なかなか癒されるものだ。
「──で、だ。TMCは戒厳令下に置かれた。TMCも歩く死体が街に溢れてあちこち大混乱。大井統合安全保障はもちろん太平洋保安公司の連中まで展開して死者とやり合ってる」
「ああ。マトリクスにも規制が入り始めた。戒厳令下における通信制限だ。こいつを使ってくれ。横田に在日米軍がいたときに設置された回線で、大井統合安全保障も把握してない。九大同時環太平洋地震のごたごたでな」
トピックで太平洋保安公司のサイバーセキュリティチームがマトリクスに展開し、戒厳令に伴う通信制限を実施しようとするのに、彼らに捕まらない裏道をアニメキャラのアバターが提供していた。
「ねえ。みんなの中で飛行機の操縦が出来て、TMCに今いる人はいない?」
「飛行機?」
ベリアがそこで発言するのにハッカーたちが顔を見合わせる。
「俺たちはハッカーなんだぜ。パイロットじゃない」
「結構リアルなフライトシミュレーターで飛ばしたことはあるけど、実物を飛ばしたこともライセンスを得たこともないよ」
ハッカーたちはそう答えた。
「俺が力になれそうだな」
そこでひとりのハッカーが発言する。
「君は。暁!?」
「おう。やべえことになってるって聞いて、香港から様子を見に来た」
発言したのは運び屋として東雲たちとイギリスに殴り込んだ暁だ。
「今、TMCにいるの?」
「そうだ。ヘレナには安全な場所にいてもらっている。この騒ぎで香港も大騒動だ。第三次世界大戦でくたばったはずの中国人民解放軍が香港に侵攻しようとしている。暢気にしてはいられないってことだよ」
「そうか。力になってくれるなら助かるよ」
暁が香港の情勢を説明し、ベリアが頷く。
「今はTMCのどこにいるの?」
「セクター4/3のホテルだ。外には大井統合安全保障と太平洋保安公司の部隊がうようよしてる。それから蘇った死者たちが暴れまわっているところだ」
「オーケー。こっちはセクター13/6に隠れてる。財団に狙われているんだよ。どうにかしてそっちに合流するから飛行機を確保してくれない?」
「飛行機をゲットしろってか。流石に難しいぞ」
ベリアが頼むのに暁が渋い顔をした。
「飛行機でツバルに飛ぶのか?」
「そ。私たちはインドで仕事をやった“ケルベロス”の物理担当チームと逃走してる。彼らをツバルに送り込んで、ASAがツバルに秘匿しているものを暴かなくちゃいけない」
「マトリクスからアプローチするのは今のところ失敗している。やはり現実から仕掛けをやるしかないのか」
ベリアの言葉にメガネウサギのアバターが呟く。
「私としてもツバルに向かうことは必要であると考えます」
そう言うのは雪風だった。
「Dusk-of-The-Deadを完成させるため必要なデータが不足しています。“ネクストワールド”はクライアントとしての機能を有しますが、プログラムとして機能するには白鯨という構造物が必要になる」
「クライアント側だけを解析しても対抗手段は構築できないか。白鯨をどうあっても解析する必要があるけど、そのためにはこの戒厳令下の中をツバルなんてところに向けて飛ばねばならん、と」
雪風の説明にアニメキャラのアバターが繰り返した。
「どうにかして物理担当チームをツバルに送らないと。航空産業の氷は強固だが、挑む必要がありそうだな。航空機をマトリクスからハイジャックして、物理担当チームをツバルへ」
「じゃあ、早速使えそうなアイスブレイカーを準備するとしよう。どの会社に仕掛けをやる?」
「全日本航空宇宙輸送みたいなところは氷が強固すぎる。相手にするなら独立系ローコストキャリアーだ」
「オーケー。手当たり次第に仕掛けをやるぞ。太平洋保安公司のサイバーセキュリティチームには用心しろ。連中は容赦なく脳を焼いてくるぞ」
メガネウサギのアバターが言い、アニメキャラのアバターが大量のアイスブレイカーをトピックにアップロードした。
「財団の動きも把握しなくちゃいけない。物理担当チームはセクター13/6に私と一緒に缶詰。ここから逃げ出して、空港に行かなきゃいけないんだけど」
「TMCにいる連中で助けられる人間は助けてやってくれ。どうせお前らもハッカーって仕事だけで食ってるわけじゃないだろ? 副業でいろいろやっている人間はいるはずだ。そうじゃなけりゃ仕掛けをやれ」
ベリアが頼み、メガネウサギのアバターがハッカーたちに告げる。
「力になれると思うよ」
「BGM-109。君もTMCにいるの?」
「うん。この騒ぎが始まってから避難しているけど、こういうときこそ稼ぎ時」
「もしかしてお金取るの?」
「お駄賃ぐらいはほしいな」
ベリアが胡乱な目でハッカーのひとりBGM-109を見るのに彼女はにやりと笑った。
「分かったよ。準備しておく」
「よろしくね。それから秘匿回線を準備するからそれでそっちの位置を教えて」
「了解」
BGM-109が言うのにベリアが頷く。
「私も助けになれると思う」
そこでもうひとりのハッカーが発言した。
一昔前の古典SF映画に出てくるアンドロイドのアバターを使用しているハッカーだ。
「見ない顔だけど?」
「君らとは現実で知り合いだよ。会えば誰か分かるだろう」
「オーケー。助けは多ければ多いほどありがたいよ」
「ああ。君たちを助けよう」
そして、“ケルベロス”のハッカーたちが動き始める。
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