カウンターアタック//マトリクス
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──カウンターアタック//マトリクス
ジェーン・ドウからの新しい仕事はすぐに東雲からベリアに通知された。ベリアはマトリクスで東雲からの連絡を受けている。
「つまり、もうASAの工作員かサンドストーム・タクティカルのコントラクターがTMCに侵入してる可能性があるってこと?」
『みたいだ。例の潜水艦を日本海軍が見つけて追いかけたら逃げたけど、大井統合安全保障の構造物が今も仕掛けの対象になっているって』
「分かった。マトリクスで調べてみる。君はどうする?」
『呉とセイレムと合流するのがまず第一だ。それからはそっちの情報で動く。情報がないと敵の狙いがさっぱり分からん。研究者の拉致か純粋なテロか』
「ジェーン・ドウも予想してなかったの?」
『話している途中に通知が来たんだ。知らなかったんだろ。大井は何やってるんだか』
ベリアの問いに東雲が呆れてようにそうぼやいた。
「調べられる限り調べてみる。君たちは合流して動けるようにしておいて」
『あいよ』
東雲からの連絡が切れる。
「ロスヴィータ。仕事だよ。ASAがTMCで何かを企ててる」
「また? 狙われ過ぎじゃない?」
「大井に喧嘩を売るならここを襲撃するのが手っ取り早いからね」
ロスヴィータがうんざりしたように言うとベリアも辟易したように返す。
「で、今回の目的は?」
「それが分からない。ジェーン・ドウも把握してなかった。だから、研究者の拉致や引き抜きの類ではないと思う。大井だって研究者は見張ってる」
「となると、純粋なテロ?」
「他にやることがあるかな」
「ううむ。どこから手を付けていいか分からないよ」
ベリアとロスヴィータが困惑しきっていた。
「相手をサンドストーム・タクティカルと想定しよう。彼らは原潜でコントラクターを直接TMCに送り込めるから。ASAの工作員も同行しているかもしれないど、ASAは良くも悪くも寄せ集め。軍隊じゃない」
「軍隊として行動するサンドストーム・タクティカルに随伴してるだけで指揮通信はサンドストーム・タクティカルに依存している、と。そうなるとサンドストーム・タクティカルを追えばいい」
「彼らが前に使った通信衛星。まだ紐をつけてある。向こうは気づいてない。盗み聞きくらいならできると思う。後は大井統合安全保障の構造物に仕掛けをやってるハッカーを特定する」
「オーケー。ボクは大井統合安全保障の構造物について調べる。そっちは通信衛星を辿ってみて。偵察衛星の画像も準備しておくよ」
「さあ、仕掛けを始めよう」
TMCのマトリクス上でベリアがサンドストーム・タクティカルが以前使用した通信衛星に向かい、ロスヴィータが大井統合安全保障の構造物に向かう。
「通信衛星に付けておいた紐が生きてる。今もトラフィックが頻繁に行われているね。いざ、ピーピング・トムだ」
ベリアがサンドストーム・タクティカルが使用していた通信衛星の構造物にアイスブレイカーを使って侵入する。
「ゴリアテネットワークソリューションズって会社のだけど、前に調べたときはただの民間通信企業だったんだよね。サンドストーム・タクティカルとどこで繋がったのか」
ベリアが検索エージェントを走らせつつも、通信衛星のトラフィックを盗み見した。
『シルバー・シェパードよりゲヘナ作戦に参加中の全ての作戦要員に伝達。大井統合安全保障の警戒態勢が引き上げられている。不意の遭遇戦に備えよ』
通信衛星の通信内容をベリアが聞く。
『ジャッカル・ゼロ・ワンよりシルバー・シェパード。現在、潜伏地点から攻勢開始地点に移動中。偵察衛星とドローンによる支援を要請します』
『シルバー・シェパードよりジャッカル・ゼロ・ワン。支援はすぐに行われる』
そこでベリアはサンドストーム・タクティカルもTMC上空にいる偵察衛星を使おうとしていることを把握した。
「ロスヴィータ。サンドストーム・タクティカルも偵察衛星にアクセスするよ。TMC上空の偵察衛星全てのトラフィックを解析して。そっちにバンダースナッチを送るから、彼女に手伝わせて」
『分かった』
またひとつサンドストーム・タクティカルの目論見が分かってくる。
偵察衛星にアクセスしていればその偵察衛星が映している画像から、サンドストーム・タクティカルの攻撃目標ないし、作戦要員たちの現在地が分かる。
『スコーピオン・ゼロ・ワンよりシルバー・シェパード。作戦機の偽装は有効です。大井統合安全保障からの探知はありません。このまま支援に当たります』
その通信を見たのちにベリアが自分で偵察衛星の画像を取り寄せた。
「ジャバウォック。この画像の中から大井統合安全保障に申請のない軍用機を特定して。すぐにやってね」
「分かったのだ!」
TMC上空を飛行中の航空機をジャバウォックが画像解析すると同時に大井統合安全保障に届け出がない、または大井統合安全保障の所属機でない軍用機をデータベースを使って相互参照していく。
「割り出したのだ、ご主人様。軍用ドローンが飛行しているのだ。対戦車ミサイルと空対空ミサイルを搭載しているアロー・ダイナミクス・アヴィエイション製のものなのだ」
「待って。これって潜水艦発射型のドローンじゃない?」
ベリアが記憶を辿って飛行中のドローンを見る。
飛行中のドローンはアローとイスラエルが共同開発した潜水艦発射式無人航空機であった。水面まで巡航ミサイルと同じ方法で射出され、限定AIと遠隔操作によって飛行を行うものだ。
「連中が原潜を基地にしているとは聞いたけどドローンまで展開できるのか。なんでもありだな。とりあえず、このドローンのトラフィックを解析。サンドストーム・タクティカルがどこにドローンのオペレーターをおいているか特定だ」
「任せるのだ!」
ベリアがジャバウォックとともにドローンが繋がっている回線を特定するためにドローンが飛行許可を得たTMCの航空管制からドローンの情報を辿る。
「ゲット。ドローンの所有者が分かった。これもゴリアテ・ネットワーク・ソリューションズって会社なのか。これはサンドストーム・タクティカルと本格的にグルだな」
ベリアが偽装されたIDをデータ改竄前に戻して、本当のドローンの所有者と使用している回線を特定した。
「回線を辿って、発信元を特定する。ジャバウォック、私は別の作業をするから君は引き続きドローンを見張って」
ベリアがそう言ってドローンの回線を追跡し、ドローンを操縦しているオペレーターがどこにいるかを探す。
「インド? コルカタから通信してる。使っている通信衛星はやっぱりゴリアテ・ネットワーク・ソリューションズで、オペレーターがいる場所の所有者も同じ」
特定されたのはインドはコルカタにあるゴリアテ・ネットワーク・ソリューションズという民間通信企業の所有する施設であった。インド政府にも通信事業者として申請を行なっていることをベリアは確認した。
「ASAの研究施設もインドにあるのかな。少なくとも生物学的な研究施設はないはずだけど。メティスとアトランティスからの反乱勢力だからな」
ベリアが首を傾げつつ、そう推測する。
『ベリア。サンドストーム・タクティカルがアクセスした偵察衛星を特定した。偵察衛星が映している位置についても特定。そっちに情報を送る。そっちは何か分かった?』
「ゴリアテ・ネットワーク・ソリューションズって会社が関わってる。軍用ドローンを堂々とTMC上空で飛ばしてインドのコルカタから操作している」
『インド? あそこにメティスの施設はあったかな……』
「アトランティスは?」
『ちょっと調べてみる。ASAの主要な研究拠点の情報もジェーン・ドウは欲しがってるんでしょ? 丁度いい機会だ』
ロスヴィータがそう言って検索エージェントを走らせる。
「偵察衛星の映像だけど、これってセクター2/1の映像じゃない?」
『みたいだね。サンドストーム・タクティカルの仕事の目標はセクター2/1だと思う』
「東雲たちにセクター2/1に移動するように連絡しよう」
ベリアがそう言って東雲に連絡を取る。
「東雲、聞こえる? サンドストーム・タクティカルがセクター2/1を映している偵察衛星にアクセスした。恐らく彼らの仕事の目標はセクター2/1だよ」
『あいよ。こっちは呉とセイレムと合流した。今からセクター2/1に向かう。だが、具体的にはセクター2/1のどの施設が目標なんだ?』
「まだ分からない。それからサンドストーム・タクティカルの軍用ドローンがTMC上空を飛んでるから気を付けて。対戦車ミサイルをぶら下げてる」
『泣けてくる』
東雲がため息交じりに愚痴った。
「ロスヴィータ。大井統合安全保障の構造物に仕掛けをやってるハッカーは特定できた? もっと情報が欲しい。相手が何をしようとしているのか」
『ハッカーの位置は特定した。こっちもインドだよ。コルカタからのアクセス。大井統合安全保障のサイバーセキュリティチームも相手を特定したみたいで、制圧に動いてる』
「インドに何があるんだろう。まあ、今はいいか。それよりも連中の狙いだ」
ロスヴィータが告げるのにベリアがそう言う。
『通信衛星からの追加の情報はないの?』
「盗み聞きは続けてる。けど、仕事の目標についての言及は全くない。盗み聞きされることを想定しているのかも」
『参ったな。どこから辿ればいいのか』
ロスヴィータが首をひねって困惑した。
「ドローンの動きを追おう。それからドローンを撃墜する準備も」
『任せて。使えそうな宅配ドローンを探しておく』
ベリアとロスヴィータはサンドストーム・タクティカルの軍用ドローンを追跡し続ける。ドローンは攻撃目的だけでなく、偵察にも使われる。ドローンの向かっている先がサンドストーム・タクティカルの目標だ。
『スコーピオン・ゼロ・ワンよりシルバー・シェパード。作戦空域上空にて待機。地上部隊の支援はいつでも可能です』
『シルバー・シェパーよりスコーピオン・ゼロ・ワン。攻撃実行まで間もなくだ』
そこでまた通信衛星に会話が流れる。
「よしよし。ドローンが連中の目標上空に到達したって。今のドローンの位置はっと?」
ベリアが偵察衛星の画像を確認する。
「大井海運本社ビル。これが目標……」
ベリアがそう言って唸った。
「東雲。大井海運本社ビルに向かって。そっちにサンドストーム・タクティカルが向かっていると思われる」
『了解。しかし、まさか大井海運本社ビルを襲撃するつもりなのか?』
「今の状況ではそうだろうとしか言えない」
『情報がないな』
「仕方ないよ。ジェーン・ドウですら気づかなかったんだから」
東雲が愚痴るとベリアが諦観気味にそう返した。
『とりあえず向かってみるけど大井統合安全保障の連中は?』
「待って。ロスヴィータ、大井統合安全保障は動いてる?」
東雲が追加で尋ねるのにベリアがロスヴィータと通話する。
『動いてるよ。けど、緊急即応部隊はセクター3/2に出動してる。テロ予告があったって』
「陽動だね。大井統合安全保障もすぐに引っかかるな」
『テロ予告があって動かずに被害が出たら問題になるから仕方ないよ』
ベリアが呆れるのにロスヴィータがそう付け加えた。
「東雲。大井統合安全保障は動いてるけど陽動に引っかかってる。こっちで動きは見張っておくからどうにか頑張って」
『あーあ。今回の仕事はまた一段と酷い』
東雲は戦う前から疲れ果てていた。
「文句言わない。それから君たちは既に経験あると思うけどサンドストーム・タクティカルのコントラクターも“ネクストワールド”を使ってくるよ」
『知ってる。ただでさえ面倒なアーマードスーツの面倒くささが倍増。造血剤足りるか心配になってきたよ』
「健闘を祈るよ、東雲。よければASAの工作員を拘束して。“ネクストワールド”についての情報が欲しい」
『できればやりますよっと』
東雲たちはセクター2/1に急行していた。
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