オキナワ・ツアー//呪われた島
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──オキナワ・ツアー//呪われた島
東雲と八重野が暴徒を相手に戦闘を続け、暴徒がより集まってきた。
「大井の! 手を貸すぞ! 向こうは片付いた! 捕虜も確保してる!」
「サンキュー、セイレム! 助かる! ワイヤレスサイバーデッキをつけた奴を最優先でぶち殺してくれ!」
「了解!」
さらにセイレムが参戦。事態は乱戦へと変わっていく。
「ロスヴィータ。“ネクストワールド”を使っている人間はあと何人だ?」
『在日米軍のマトリクスに繋いでいて、東雲の付近にいるのは残り15名前後』
「オーケー。やってやりましょう」
東雲が暴徒の放つ銃弾を弾き、“月光”を投射してワイヤレスサイバーデッキ持ちやその周辺にいる暴徒を仕留めた。
「沖縄に自由を!」
「独立万歳!」
もはや貧困層はイデオロギーに酔うしかなくなっていた。中国に扇動されるがままに暴れ、もうなるがままに身を任せるしかない。死のうが、殺そうが、全く気にならないゾンビ、歩く死体である。
「ゾンビかよ、クソが。これだと皆殺しになりそうだ」
「連中にはこの地獄のように呪われた島で生きていく望みが全てなくなっちまったんだろうさ。このまま南無阿弥陀仏と念仏唱えて死ねば天国に行けるってわけだ」
「一向一揆じゃねーか。よく知ってるな、あんた」
「オンデマンドのドキュメンタリー番組は暇つぶしにはいいからな」
東雲が感心するのにセイレムがそう言いながらまたひとり暴徒を斬り殺した。
「俺も勉強しないとな。日々精進だ。じゃないと、この島の人間みたいににっちもさっちもいかなくなっちまうよ」
東雲は学習の機会すら与えられなかった暴徒に少しばかり同情しながらも、彼らを切り刻む速度は落とさず、逆にテンポを上げて殺し続けた。
『ジャンクヤード・スリー・スリーより本部。作戦空域に到達した。この命令を実行するのか? この発令者パンデモニウムってのはどこの誰だ?』
『本部よりジャンクヤード・スリー・スリー。知る必要はない。実行せよ』
『ジャンクヤード・スリー・スリー、了解。実行する』
大井統合安全保障のトラフィックに通信が流れた。
「これ、何の音だ……」
「航空機のエンジン音だな。しかし、これは無人戦闘機じゃない」
東雲が不意に聞こえてきた重厚な音を聞いて空を見上げるのに八重野がそう言った。
『東雲。君たちの上空に大井統合安全保障のガンシップがいる。大井統合安全保障の空爆が来るよ。巻き込まれないようにしてね』
「ようにしてねって。簡単に言いやがって。八重野、セイレム! 上空にガンシップが来てる! 気を付けろ!」
東雲が叫んだとき、砲声が鳴り響いた。
『ジャンクヤード・スリー・スリーより地上部隊。爆撃を実施する。警戒せよ』
大井重工製の戦術級輸送機をベースにしたガンシップはカーゴを改装して設置した155ミリ榴弾砲と40ミリ電磁機関砲で地上の暴徒を薙ぎ払い始めた。連続した爆発が響き、暴徒たちがバラバラになって空に打ち上げられる。
「滅茶苦茶やりやがる。相手は軍隊じゃなくて一般人だぞ」
「どうでもいいことだ。東雲、ここは深追いしない方がいい。大井統合安全保障は私たちを識別して攻撃しているわけじゃない。サーマルセンサーで捉えた相手に無差別に攻撃を行なっている。巻き込まれるぞ」
「了解。呉を追いかけようぜ」
八重野が言うのに東雲が同意して暴徒との戦闘から撤退し、先に人民解放軍の特殊作戦部隊を追った呉の方向に向かった。
ガンシップは地上に執拗な攻撃を続け、爆発が続いた。
「呉はどこに行ったんだ? 見つからないぞ」
「相棒のハッカーに頼んで探してもらえ。あたしの端末からも呉に連絡ができない。この島の通信インフラはないも同然だ、クソッタレ」
東雲が呉が進んだはずの方向に進んで周囲を見渡すのにセイレムが愚痴った。
「ベリア。呉がどこにいるのか情報をくれ」
『オーキードーキー。呉の位置を送信するよ。偵察衛星の映像とマトリクスからの位置特定。仕事は無事に完了しそう?』
「分からん。俺たちはASAの工作員を追いかけてこの島に来たのに、いるのは人民解放軍の特殊作戦部隊だけでASAの人間がいないんだよ」
『まあ、努力してみて。私もASAに聞きたいことがあるから』
「あいよ」
東雲がベリアから提供された情報に従って呉を探す。
「いたいた。呉! 逃げた連中はどうなった?」
東雲が呉を見つけて声をかける。
「2名生きたまま捕まえたぞ。他は殺すしかなかった」
「上出来。連れていって尋問しようぜ」
呉がそう言って拘束した人民解放軍の特殊作戦部隊のオペレーターを示すのに東雲が笑顔でそう言って、捕虜にした人民解放軍の兵士たちを彼らが拠点にしていたコンビニの廃墟まで連れていった。
「ここで尋問するのか?」
「どう思う? やっぱ危ないかな?」
「そうだろう。暴徒もいるし、さっきはあんたらのすぐそばで大井統合安全保障のガンシップが暴れたんだろ?」
東雲がセイレムが捕まえた捕虜3名と呉が捕まえた捕虜2名を前に尋ねると呉が渋い顔をしてそう返した。
「じゃあ、“ディザータ”を頼るしかねーな。ヒナタのところまでこいつら引っ張っていくぞ。ほら、さっさと歩け、中国人」
東雲が人民解放軍の特殊作戦部隊のオペレーターを無造作に蹴って歩かせるとコンビニの廃墟から、ヒナタとエマという“ディザータ”の装甲バンで待っている構成員のところまでえっちらおっちらと移動した。
「おーい、ヒナタ! あんたらのホテル、借りていいか? この捕虜にした連中を尋問せにゃならんのだ」
「いいよ、いいよ。喜んで協力するよ。さあ、ここから離れよう。暴動がここまで拡大するかもしれないって話をしてたところなんだ」
「そいつはやばいな。さっさとずらかろう」
ヒナタが鷹揚に頷き、東雲たちが捕虜を積み込み、それから装甲バンに乗る。
装甲バンはエマの運転で“ディザータ”の拠点であるホテルの廃墟まで戻った。
「ほら、降りろ」
“ディザータ”のホテルのエントランス前で東雲たちが人民解放軍の兵士たちを装甲バンから下ろして、ホテルの中に連れていった。人民解放軍の特殊作戦部隊に所属するオペレーターたちは戦意を喪失している。
「どこを使っていい?」
「地下室がある。倉庫と死体の処理場」
「死体の処理と倉庫を一緒にしてんの? ここの飯は食いたくねえな」
「大丈夫、大丈夫。食い物は流石に別にしているよ。死体は病気の発生源になる。適切に処理しないと俺たちまで病気になっちまう。第三次世界大戦での沖縄戦では死体から病気をうつされた人間がいたって話だよ」
「まあ、病原菌にとっちゃ栄養たっぷりで適温の寒天培地みたいなのだからな、人間の死体ってのは」
ヒナタの言葉に東雲が頷くと東雲たちは人民解放軍の特殊作戦部隊をホテルの地下室に連行した。地下室はコンクリートが剥き出しになっており、人間の死体を処理するのに使われた薬剤の化学薬品臭が漂っている。
「さて、まず聞くがASAの連中はどうした? 連中はどこにいる?」
拘束された人民解放軍の兵士たちを前に東雲が尋ねる。
「知らん。我々はASAなどという勢力と接点はない」
「おいおい。笑えない冗談抜かすなよ。じゃあ、どこで“ネクストワールド”を手に入れやがった? ASAから提供されたんだろ?」
人民解放軍の将校が言うのに東雲が苛立った様子でそう言い返す。
「あれは作戦前に上官から提供されたものだ。ASAが作ったのか?」
「クソ。マジかよ。あんたら何も知らないってのか?」
人民解放軍の将校の証言に東雲が唸った。
「我々の任務は沖縄の独立派にワイヤレスサイバーデッキとあのプログラムを提供し、反乱を支援することだった。それ以上のことは知らない」
「ジェーン・ドウの奴、騙されやがったな。ここにASAの人間はいねーぞ」
東雲がそう言って床を蹴った。
「待て、東雲。そう判断するのは早い。一応尋問しよう」
「オーケー。尋問用の電子ドラッグだ。こいつを使ってお喋りしましょう」
八重野が指摘するのに東雲が電子ドラッグが入ったウェアを取り出した。
「や、やめろ! 条約違反だぞ!」
「知るかよ、クソ野郎。人の国で暴れたお前らが悪い」
人民解放軍の将校が叫ぶのに東雲が容赦なく電子ドラッグをBCIポートから注入した。尋問用に開発された電子ドラッグは捕虜の権利を認めたジュネーブ条約で使用が禁止されている。だが、秘密作戦では普通に使用されていた。
「東雲。捕虜はひとまとめに置いておかない方がいい。分断し、孤立させれば効率よく情報が引き出せる」
「おう。しかし、よくそんなこと知ってるな? 尋問方法もいろいろ知ってるしさ」
「仕事で必要だったから覚えた。エイデン・コマツの教育の賜物だ」
「へえ」
八重野が言うのに東雲が心から感心した。
「セイレム、あんたはこういうの得意じゃねーの? あんたって人をいじめるのは好きそうだけど。絶対ドSだろ」
「あたしは抵抗しない人間を切り刻む趣味はないよ、大井の。情報が欲しければニューロチェイサーを使って脳みそのコピーを作ればいい」
「そうですかい」
セイレムが肩をすくめるのに東雲が意外そうな顔をする。
それから東雲たちは捕虜を隔離するとひとりずつ取り調べた。
尋問は主に八重野が担当し、彼女はナイフで人民解放軍の兵士たちの口をいろいろな意味でこじ開け、歌わせた。対尋問訓練を受けている特殊作戦部隊のオペレーターですら彼女の尋問には耐えられなかった。
「生かさず殺さず。上手にやるよな。俺って手先不器用だから絶対死なせるわ」
「まあ、尋問はな。コツが必要で難しいんだが、覚えていると他の連中から嫌われたりするから難しいところだ」
「なんで嫌われんの?」
「サイバーサムライの流儀に逸れるから」
「わけわかんね。俺、サイバーサムライじゃねーし」
呉と東雲はときおり八重野を支援しながら雑談し、人民解放軍の将兵が八重野のナイフで切り刻まれるのを暢気に眺めていた。
辺りは化学薬品臭に混じって濃い血と排泄物の臭いが立ち込め始めた。
「最終的にこいつらはどうするんだ?」
「そりゃまあ。生きたまま中国に返還ってわけにはさ? もう八重野の尋問ですげえことになってるし」
「だろうな。となると、“ディザータ”に後始末を任せる必要があるな」
「やってくれるんじゃね。ジェーン・ドウから相当金貰ってるみたいだしさ」
呉と東雲が悲惨な状態になっている人民解放軍の兵士を見ながら、彼らに聞こえないように声を落としてそう意見を交わした。
「東雲。次で最後だ。連れてきてくれ。こいつは……処理していい」
「あいよ。呉、連れてきてくれ。俺は“ディザータ”の連中に後始末を頼む」
八重野が尋問を終えた人民解放軍の兵士を指さすのに東雲がそう言って上階にいる“ディザータ”の構成員たちのところに向かう。
「おい、ヒナタ。あんたら死体の処理も仕事に含めてるか?」
「うん、うん。やっておくよ、兄弟。任せてくれ。死体は上手に処理すればインプラントは取り外して売れるし、残りも有機肥料として闇市で売れるから金になるんだ」
「そいつは何より」
この地獄のような島では死体も価値がある。
ヒナタが“ディザータ”の構成員を呼び、彼らは地下に降りると必要なくなった人民解放軍の生体機械化兵から生きたままインプラントを引き剥がし、死体を有機肥料に加工する。
「さて、聞きだせた情報は?」
「まず連中は本当にASAと直接交渉してない。ASAが交渉したのは人民解放軍の強硬派閥とだ。そいつらはASAから“ネクストワールド”を受け取り、それを確かめないままに、指揮下の特殊作戦部隊に持たせて沖縄に送り込んだ」
「連中の目的は?」
「恐らくは陽動。大井の目を沖縄に向けさせると同時に北京の目も沖縄に向けさせた。北京の協調派閥は別の特殊作戦部隊を送り込んで強硬派閥の特殊作戦部隊を始末させようとしているらしい」
「おい。ってことはまだどこかで混乱が起きるってことか? 本命の攻撃はどこか別の場所で決行されるって?」
「そうなるな。それから面倒なのは北京がもうひとつ別の目的の特殊作戦部隊を沖縄に送り込むつもりだということだ。ASAと北京の協調派閥は上海の件で敵対関係にある。そして、人民解放軍の強硬派閥とも」
「人民解放軍のお替わりが来るのかよ。もううんざり。今回はジェーン・ドウがしくじってASAの工作員はいない。お土産はなし。あいつがミスったんだから俺たちの責任じゃない」
八重野が言うのに東雲が降参というように両手を上げた。
「じゃあ、ずらかるか?」
「そうしましょ。ここにもう用はないよ」
呉が言い、東雲が頷く。
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