オキナワ・ツアー//“琉球奈落”
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──オキナワ・ツアー//“琉球奈落”
東雲たちは沖縄で活動する犯罪組織“ディザータ”の協力を得て、沖縄における仕事を本格的に開始した。
「状況はこの地図にある通りだ。赤が暴徒、緑が大井統合安全保障、青が俺たち」
沖縄の地図がかつてのホテルだったころのスイートルームに置かれている大きなテーブルに広げられており、そこにはARで勢力図が記入されていた。
大井重工普天間航空機試験場周辺は完全な大井統合安全保障の勢力圏内であり、そこからある程度距離を置いた地域一帯を暴徒が占領してる。そして“ディザータ”は各地で細々と勢力を維持していた。
「上海の件を考えるにASAの工作員どもは中国人民解放軍の連中と行動している。中国人どもはどこだ?」
「中国人はあちこちにいるよ、兄弟。“ディザータ”にも中国人はいる」
「人民解放軍は別だろ?」
ヒナタが言うのに東雲がそう指摘する。
「人民解放軍だった連中の息子もいる。沖縄上陸後に日本海軍の潜水艦隊に補給路と増援を断たれて孤立無援になり、軍から脱走した連中の息子や娘がね」
「俺たちが目的にしているのは現役の人民解放軍の連中だ。そいつらについての情報はないのか?」
「あるにはあるよ。人民解放軍も昔と違って海洋戦力は乏しく、第三次世界大戦のように強襲揚陸艦で乗り付けて装備を運べるわけじゃない。沖縄にいる何かしらの犯罪組織に人員と装備の密輸を依頼する」
「まさかあんたらが引き受けたのか?」
「人民解放軍から逃げて軍法会議が待ってる人間がいるってのに人民解放軍の仕事の支援をするかって? そんなことあるものかい。別の組織の連中だが、連中の儲け話はすぐに島中に広がる」
「どこの連中が支援した?」
「“琉球奈落”の連中。純粋な沖縄人だけの組織だ。沖縄独立って夢物語に経済的な面から同調してるみたいだな」
「オーケー。そいつらをまずはとっちめよう。どこにいる?」
「俺たちが関わると抗争になっちまうよ。この神に見捨てられた土地で貧乏人同士が殺し合うのは悲惨だ」
「おいおい。大井の味方になって、俺たちの支援をしてくれるんだろ。俺たちの仕事はもう言ったはずだ。ASAの工作員の拉致」
ヒナタが申し訳なさそうに言うのに東雲が食い下がる。
「分かってるよ。だけど、ドンパチしなくたって俺たちに言葉があり愛がある」
「詩人かよ。話し合いでどうにかなるってのか」
「なるさ。沖縄という名の地獄で暮らしている人間は相互に援助し合ってる。俺たちは“琉球奈落”の連中の仕事に手を貸したこともあるし、“琉球奈落”も俺たちの仕事に手を貸してくれる」
「分かった。じゃあ、穏便に話し合って人民解放軍とASAの連中を差し出してもらおう」
「それがいい。荒事はなしだ。平和的にやろう」
東雲が腕を組んで言うのにヒナタが笑顔で頷いた。
「交渉には俺たちも同席する。いつ始める?」
「今、連絡している。後は向こうの出方次第だ」
「向こうが断るなら俺たちは沖縄中を荒らしまわってでも連中から聞き出すぞ」
「落ち着きなよ。短気なのは得しないぜ?」
「俺たちにはタイムリミットがあるんだよ」
4日後には大井統合安全保障が大規模な反撃を実施する。そうなれば死体の山しか残らないだろう。そして、それに東雲たちも巻き込まれる。
「返信が来た。向こうはまずは交渉したいと言っている」
「了解。交渉の日時は?」
「今から」
「随分と前向きだな?」
「向こうにジェーン・ドウ絡みだと伝えたのさ。大井にがっつり絡んでる問題なら、向こうもさっさと解決してなかったことにしたがる」
東雲が訝しむとヒナタはそう言って持っている9ミリの自動拳銃を確認した。元アメリカ軍の装備であるそれをヒナタがどういう経緯で持っているかは不明だが、ID登録なしで、それでいてちゃんと稼働する。
「9ミリ一丁で乗り込むのか?」
「どうせ交渉の場ではお互いに武装解除するよ。サイバーサムライから刀を取ろうとはおもわないだろうけどね」
正直、今の犯罪者の重武装化が進む世の中だと9ミリの拳銃弾はお守りにすらならないことが多々ある。軍でもサイドアームの大口径化と銃弾の性能向上が進んでいる。昔ながらの9ミリパラベラムを使っている軍は発展途上国だけだ。
「じゃあ、行くかい?」
「行こう」
東雲たちはホテルを出るとまたエマが運転する車に乗り、“琉球奈落”が指定した会談場所に向けて沖縄の戦争によって壊滅した土地を進む。
「会合場所は?」
「古い倉庫。暴徒はいないし、大井統合安全保障もいない。そして、不発弾も少ない」
「不発弾がないじゃなくて少ないってのが泣けてくる」
ヒナタが軽い調子で言うのに東雲がげっそりした。
「場所的には中立地帯だから安心しなって。向こうもこっちを罠にはめようとは考えてない。話し合いで解決できるならそれに越したことはない。抗争ってのは銃弾と命ばかりが減って不毛極まる」
ヒナタは犯罪組織同士の抗争を経験したことがあるのか本当にうんざりした様子でそう語った。
「そういや沖縄料理って食べられるの?」
「冗談で言ってるのか? いや、あるところにはあるから昔ながらの沖縄料理がないわけじゃないけど、そもそも沖縄の人間のほとんどはまともな食い物すらないんだぜ?」
「ゴーヤチャンプルーとか沖縄そばとか食いたい」
「TMCで沖縄出身者がやってる店を当たった方がいいよ。ここにあるのは賞味期限切れの合成食品ばかりだから」
東雲が観光気分でリクエストするのにヒナタが呆れたように肩をすくめた。
「東雲。油断しすぎだ。仕事の最中だぞ」
「そうは言うけどさ、八重野。仕事の間でも腹は減るぜ?」
「我慢しろ」
「はいはい」
八重野が咎めるのに東雲が拗ねたようにそっぽを向く。
「そろそろ到着だ。向こうに交渉の意志はあるとしても油断はしないでくれよ。“琉球奈落”が人民解放軍の特殊作戦部隊を売ろうとしてることがそいつらにバレたら、俺たち全員が纏めて狙われる」
「あいよ。注意しましょう」
ヒナタがそう警告し、東雲たちが戦闘準備に入る。
「到着。誰かエマと一緒に車を見ておいてくれるかい? いざってときにすぐに乗って逃げたい」
「誰か残りたい奴は?」
ヒナタが頼むのに東雲が呉たちを見る。
「俺が残る。あんたらは行ってきてくれ」
「ありがと、呉。任せたぜ」
呉が申し出るのに東雲は呉に車の警備を任せてヒナタと一緒に倉庫に入った。
「よう、ヒナタ。ジェーン・ドウ絡みの仕事に手を出してるんだってな?」
「やあやあ、新垣さん。交渉に応じてもらえてうれしいよ」
“琉球奈落”の構成員たちは全員が旧陸上自衛隊のボディアーマーとタクティカルベストを工事用の作業服の上から装備していたが、銃はもっていなかった。
「そっちの仕事は大井の連中の味方か? あいつらが沖縄にしたことを許そうって訳か?」
「恨んでもしょうがないよ。この国は資本主義だ。金のある人間が物事を動かす。俺たちだってこれまで大井から仕事を受けただろう?」
「そいつはそうだが。しかし、連中はクソだ。俺たちから搾取し、貧乏人を危険な場所に押し込み、四六時中飛行機を騒音を立てて飛ばしやがって。飛行機が落ちて死人が出ても知らん顔しやがる」
「だけど、あんただって沖縄が本当に日本から独立できるとは考えてないはずだ。あらゆる面でこの島は本土に依存してる。独立派の言ってることが北京に吹き込まれた夢物語だってことは理解している。だろ?」
「理解はしている。独立派の存在と行動は日本政府に対する北京の揺さぶりだってことはな。連中は北京の傀儡だ。だが、沖縄の日本からの独立ではなく、南方自治政府のクソッタレからの独立ならいけるだろ?」
「そんなことしたって何も変わりやしないよ。福岡にお伺いを立てることがなくなっても、別の誰かにお伺いを立てて頭を下げるだけだ」
「それでも南方自治政府が中抜きしている分の経済的恩恵は受けられる。南方自治政府は昔の薩摩藩と同じだ。俺たちを隷属させて、大井と一緒に搾取し、その利益を中央に示して恩恵を得ている。クソどもだ」
ヒナタが諭すように言うと“琉球奈落”の幹部がそう吐き捨てた。
「いいかい。南方自治政府から離れて独自の自治権を得たって何の意味もないよ。在日米軍がいて、中国の海洋進出が激しかった頃はこの島にも戦略的価値があった。だけど、今ここに何がある? 不発弾と汚染以外の何がある?」
「南方自治政府が俺たちから奪っている産業を取り戻せばいい。ハブ港を整備すれば物流の拠点になるポテンシャルがある」
「そして、その港であんたらは密輸をするわけだ。無理だよ。今さらこの島を整備するのはコストがかかりすぎる。俺はハワイにも行ってきたから分かるが、もう沖縄みたいな島には価値がないんだ」
「クソ。だとしたら、どうすればいいんだ? ずっと貧乏なまま我慢するのか?」
「この島に投資してくれるのは大井だけ。気に入らないだろうけど大井に媚びへつらうのが一番だよ。この島の治安が安定してくれば、大井は施設を拡張するだろうし、沖縄の人間を雇用してくれる」
「気に入らない。全くもって気に入らない。だが、それしか道はないってのか。畜生」
“琉球奈落”の幹部が忌々し気に呟く。
「大井には俺たちから伝えておくから、あんたらが入国させた中国人民解放軍の工作員を引き渡してくれないか? あんたらが見つけ出して、俺たちに突き出したってことにしておくよ」
「分かった。方針を変える。俺たちも大井に協力する。ただし、分け前はもらいたい。お前たちがこの仕事で大井から受け取る報酬の45%だ」
「20%」
「ダメだ。35%」
「オーケー。35%で手を打とう。じゃあ、頼むよ?」
「ああ。連中の指揮官がこっちの保護下にある。そいつはすぐに引き渡せる。だが、そいつの部下どもは汚染地域で暴動を煽って、大井を攻撃している。連中はお前たちが自分で捕まえるしかないぞ」
「具体的な場所の情報をくれよ。後はこっちで片付けておく」
「送信する」
“琉球奈落”の幹部がヒナタの端末に人民解放軍の特殊作戦部隊が潜んでいる住所を送信してきた。
「受け取った。指揮官はいつ引き渡せる?」
「今すぐ。部下に連絡して連行させている。このまま待ってろ」
“琉球奈落”の幹部がそう言って、そのままヒナタと東雲たちを倉庫で待たせる。
「ボス。連れてきました」
「ご所望のお土産だ。受け取れ」
“琉球奈落”の武装した構成員が現れ、無地の長袖のシャツとカーゴパンツにタクティカルベストを装備した民兵スタイルの男がヒナタの前に突き出された。
「この裏切者め! くたばれ!」
「うるさい。状況が変わったんだ。お前たちを支援してももう利益にならない。俺たちとの関係はこれで終わりだよ、中国人」
人民解放軍の特殊作戦部隊の指揮官が叫ぶのに“琉球奈落”の幹部が蔑むような視線を向けた。
「貰っていくよ。大井にはいいように伝えておく。それから仕事の報酬を受け取ったら渡すからまた会おう」
「同じ地獄住む住民同士だ。助け合わないとな」
ヒナタが手早く人民解放軍の指揮官の手を後ろに回して手錠をかけるのに“琉球奈落”の幹部はこれで終わりというように手を振る。
「終わったな」
「まだまだこれからだろ。人民解放軍の特殊作戦部隊は野放しだ。恐らくはASAの工作員も」
「すぐに片付きそうじゃん」
セイレムと東雲がそう言葉を交わし、ヒナタと一緒に倉庫を出る。
「で、こいつを拷問するわけだが。やりたい奴、いる?」
「拷問は退屈だ。抵抗しない相手を痛めつけても楽しくない」
東雲が車まで連れていかれた人民解放軍の指揮官を見下ろして言うのに、セイレムがそう言って早々に辞退した。
「私がやろう。尋問用の電子ドラッグはあるか?」
「あるぜ。任せた、八重野」
八重野がナイフを抜いて言うのに東雲が尋問用の電子ドラッグを八重野に渡す。
「相手は特殊作戦部隊の将校だ。対尋問訓練を受けているだろう。時間がある程度必要だ。適当に暇をつぶしておいてくれ」
八重野はそう言って人民解放軍の指揮官のBCIポートに尋問用の電子ドラッグを差し込み、作用したことを確認するとナイフの刃を無造作に振るった。
人民解放軍の指揮官が上げる悲鳴が響く中、東雲たちは装甲バンの中でそれぞれ音楽を聴いたりして暇をつぶした。
「東雲。終わった。引き出した情報だ」
「グッドジョブ。そいつはどうする?」
「もう用はない。殺していいだろ」
「そうしましょう」
東雲は“月光”を展開すると用済みになった人民解放軍の指揮官を首を刎ねた。
「さあて、残りの連中をとっ捕まえて、ASAの工作員を拉致だ。手早くやろうぜ」
東雲はそう言い、装甲バンでまずは“ディザータ”の拠点に戻った。
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