上海遊戯//中華人民共和国国家安全部
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──上海遊戯//中華人民共和国国家安全部
東雲たちは早朝に日本空軍が管轄する横田空軍基地前で呉とセイレムと落ち合った。
「じゃ、行きますか」
東雲たちが横田空軍基地のゲートに向かう。
ゲートには日本空軍の基地警備隊の兵士が自動小銃を下げて警備に当たっていた。
「止まれ。ここは日本空軍の基地だ。一般人の立ち入りは規制されている」
「ヘイ。許可証がある。ここで太平洋保安公司の輸送機に乗ることになってる」
「確認する」
警備の兵士は東雲からジェーン・ドウが準備した許可証を確認する。
「確認した。訪問者のIDを発行したので、基地内ではこれを常に提示しておくように」
「あいよ」
警備の兵士からIDを受け取り、東雲たちは横田空軍基地に進んだ。
「輸送機はどこにあるんだ?」
「さあ? あんたがジェーン・ドウから連絡を受けてるんじゃないのか?」
「待て待て。今、連絡が来た。乗り込む輸送機のIDだ」
呉が返すのに東雲がARに来たジェーン・ドウのメッセージを見て言う。
東雲たちは訪問者IDで歩き回れる範囲の場所を歩き、横田空軍基地を目的の太平洋保安公司の軍用輸送機を目指して進んでいく。
横田空軍基地は日本空軍の管轄だが、多くの業務が大井統合安全保障と太平洋保安公司に外注されている。航空機の整備から空軍基地内の売店、食堂の運営に至るまで民間軍事会社が引き受けていた。
そんな横田空軍基地内を東雲たちは日本空軍の将校や太平洋保安公司のコントラクターに訝し気な視線を向けられつつ進み、ついに目的の軍用輸送機に辿り着いた。
「結構、デカいな」
「戦術級輸送機としては大型機レベルだな」
東雲たちの前にあるのは4発の大型エンジンを装備した短距離離着陸能力がある大型戦術級輸送機であった。
現在の横田空軍基地では同型の輸送機が何機も待機し、ひっきりなしにコンテナなどの積み荷を積み込んでいる。
「おーい。俺たちもこれに乗ることになってるんだが、乗っていいか?」
「あんたらが追加の乗客だな。生体認証を」
「ほい」
日本空軍の作業服に近い制服を纏った太平洋保安公司のコントラクターが東雲たちの生体認証を行い、乗客であることを確認した。
「オーケー。乗ってくれ。一応言っておくが、この飛行機に乗り込むことが決まったのはあんたらが最後だったからな。文句言うなよ」
太平洋保安公司のコントラクターがそう言い、東雲たちが後部ランプから軍用輸送機に乗り込む。
「せまっ! これ、アーマードスーツのコンテナか?」
「言っただろ。あんたらが最後の乗客だって。あいにくだがファーストクラスは満席だ。先に運ぶことが決まってたものを積み込んだ。あんたらはこいつを運ぶついでに上海まで運ばれる。いいな?」
東雲が大きな空輸用コンテナが積み込まれた輸送機内で辛うじて折り畳み式の座席を開いて座るのに太平洋保安公司のコントラクターがそう言って輸送機の積荷管理者とパイロットに指示を出した。
『貨物室。ベルトを締めろ。これより本機は離陸する』
パイロットがそう告げ、輸送機が滑走路に入ってそのまま離陸していく。
「クソ。滅茶苦茶座り心地悪いな、このシート。これって冷戦時代から進化してないんじゃないか?」
「軍用機に快適性を求めるなよ。軍隊は何事も効率重視だ。大量の荷物を、長い距離、すぐに運べるのが一番。乗ってる人間のケツが痛かろうが知ったことじゃないのさ」
東雲が座り心地を少しでも良くしようと努力するのに隣に座った呉がそう言った。
「どうせ短いフライトだ。我慢しろ、東雲」
「分かったよ。はあ、帰りもこいつだぞ。うんざりしてきた」
八重野が言うのに東雲がため息をついて努力を諦めた。
「太平洋保安公司の輸送機が何機もいたけど、全部上海行きなのかね」
「かもな。上海でそこまで大規模な暴動が起きるとは大井統合安全保障も想定していなかっただろうし、大井は北京政権に配慮して必要最小限の戦力しかおいてこなかった」
「中国人って民間軍事会社に侵略されるとでも思ってんの?」
「少なくとも昔外国人に土地を取られた経験は覚えてるだろうな。そして、大井は外国の企業だ」
東雲が呆れるのに呉がそう返した。
「中国共産党のパラノイアぶりは第三次世界大戦前から酷かったが、その後もよくなるどころか悪化した。国民を徹底的に監視するし、外国企業にはスパイを潜入させてる。連中は国民が自分たちに噛みつくことを恐れてるのさ」
「国民に選ばれたわけでもない政府は大変だな。俺たちも選挙にはいかないと」
「選挙権持ってるのか、大井の?」
「あー。なかったわ」
セイレムがからかうように言うのに、東雲が自分のIDはベリアが偽装したものであることを思い出していた。
それからTMCを出発した輸送機はフライトを続け、そして目的地である上海は上海浦東国際航空宇宙港に着陸した。
『ベルトサイン解除だ、お客さん。上海に着いたぜ』
パイロットがそう言い、後部ランプが開く。
「やれやれやっと着いたな。って、軍用機だらけじゃねえか」
「上海の暴動が激化した時点で全ての民間航空会社が上海での運航を中止したからな。今は自国民救助のために派遣されてきた空軍や民間軍事会社の輸送機ばかりだよ」
東雲が上海浦東国際航空宇宙港のエプロンに並ぶ無数の軍用輸送機を見て唸るのに呉がそう言った。
「それより現地協力者と落ち合うんだろ。急げよ」
「分かった、分かった。急かすなよ、セイレム。連中とはここで落ち合うことになってる。相手は北京政権の情報機関の工作員だ」
「国家安全部か?」
「そういう感じのところ。真っ当な身分ではないらしい」
セイレムが尋ねるのに東雲がそう言って上海浦東国際航空宇宙港のターミナルビルに入って、簡易の入国手続きを済ませると中国国家安全部の工作員が待っている予定の出口に向かう。
「あいつだ」
「女か」
東雲が生体認証で確認した合流予定の中国国家安全部の工作員は30代前半の若い女だった。
髪を茶髪に染め、安物のラフなスタイルに整えたパンツスーツを纏っているその女に東雲たちが近づく。
「よう。あんたが協力者か?」
「先にお前たちの生体認証だ、非合法傭兵」
中国国家安全部の工作員が東雲たちをスキャンする。
「確認した。私は林雨桐。そっちのジェーン・ドウに共通の利害から協力することになる現地協力者だ。よろしく」
「よろしく。協力者はあんたの他にもいるって話だが」
「ああ。上海に拠点を置く黒社会のファミリーのひとつが協力する。我々としては犯罪者に協力など求めたくはなかったが、事態が事態だ。上も文句が言えなかった」
「あんただって犯罪者みたいなもんだろ」
「ここは中華人民共和国だ。西側が何と言おうがな。そして、中国国内で中国の政府職員が活動することは何ら法に抵触しない」
「そうですかい」
林雨桐が言い張るのに東雲は呆れたように肩をすくめた。
「何はともあれ、さっさと仕事を始めたい。あんたと会うのがまず第一で、次に黒社会の連中、それから大井統合安全保障内の協力者って順番だ。始めようぜ」
「ああ。ついてこい。車を準備してある」
東雲がそう説明して、林雨桐が空港の出口に向かう。
「あの女、かなり高度に機械化してるぞ。中国中央の生体機械化兵だな。人民解放軍上がりか」
「情報機関の工作員に生体機械化兵か? 準軍事作戦要員ってわけか?」
「今の上海の状況を考えれば妥当なところだろ」
呉が林雨桐をセンサーで分析して言うのに東雲がまじまじと彼女を見た。
「何をしている。こっちだ。急げ」
「はいはい」
苛立ったように林雨桐が急かし、東雲たちが彼女の後を追う。
「これだ。私が運転する。本来なら無人運転なのだが、今の上海で車を限定AIに任せられるような余裕はない」
林雨桐の準備した車は元は中国に工場を置いていたアメリカ企業のものだったが、第三次世界大戦の際に中国中央が接収した設備と技術で作られた中国製のものだ。
「上海はどんな状況なんで、女士?」
「大混乱だ。大井統合安全保障は各地から戦力を機動させて対応しようとしているが、このまま進めば暴動は鎮圧できても死者の数が凄まじいことになる。それは今後の上海政権の政権運営に響くだろう」
「北京政権としては上海政権が混乱するのはラッキーかい……」
「統一派閥はこの混乱に乗じて人民解放軍を上海に進ませることを考えているが、北京では少数派だ。主な共産党幹部は上海が安定を取り戻すことを求めている。捨てられた娼婦を拾うような趣味はないと」
「へえ。北京も複雑だな」
「政治とは常に複雑なものだ。人民と市場の意見を聞けばいいだけの資本主義とは違って、共産主義は権力と武力のパワーゲームだ。このまま混乱が進めば、統一派閥に人民解放軍の幹部が合流しかねん」
「そうなると人民解放軍が上海に介入するってか? でも、北京としてはまだ上海併合はやりたくないと?」
「忌々しいが上海は西側の影響が及んでいる。この暴動も今は大井と上海、北京が報道させていないが、他の六大多国籍企業にとっては大井を蹴り落とすチャンスになる。大井の後に来る六大多国籍企業が大井よりマシとは限らない」
「そして、人民解放軍が西側の民間軍事会社とドンパチやる羽目になる」
「そういうことだ。統一派閥を今は連邦派閥が押さえ込み、権力と武力を持っている間に恒久的に排除しようとしているが、既にロケット軍の蔡上将が統一派閥への支持を表明して牽制している」
「恒久的排除ってことは殺すってことか。共産主義はやることが派手だな。日本だったら党から除籍されて、次の選挙の時に支持してもらえないってくらいだぜ。そいつを殺しちまうなんて」
「この国には党はひとつしかない。共産党が全てだ。除籍は事実上の死刑を意味し、除籍させなければ何らかの形で権力を握り続け煩わしい存在になる。大体、今の六大多国籍企業も似たようなものだろう?」
「ASAについて知ってるのか?」
林雨桐の発言に東雲がそう思い至って尋ねる。
「我々が眠っていたとでも思っているのか? 六大多国籍企業は西側を食い漁った。次に我々を狙ってこないと考えるほど我々は愚かではない。六大多国籍企業の動向については専門の部署が情報を集めている」
「じゃあ、今回の混乱の原因がASAらしいってことも掴んでるのか?」
「ああ。ASAはテロリストだ。北京にとってもな。これまでいくつものテロを扇動し、テロリストたちを支援してきた。そして、北京はテロを恐れている」
「共産党でもテロは怖いか」
「テロが恐ろしくない政権など存在しない。第三次世界大戦の際に西側は中国内陸部のイスラム原理主義者の分離独立を掲げるテロリストを支援した。それで何人の無実の人間が死んだか。テロはこの国にとってのトラウマだ」
「それなら何としても止めないとな。利害は一致だ」
東雲がそう言った時、大井統合安全保障の軍用装甲車、アーマードスーツ、そして強化外骨格を装備したコントラクターたちがいるチェックポイントに出くわした。全ての銃火器が東雲たちを狙っている。
「止まれ。IDのチェックと爆発物のチェックを行う」
大井統合安全保障のコントラクターがそう言い、IDスキャナーと探知用機械化生体を使って東雲たちを調べる。
「よし。行っていいぞ。ただし、危険地域には近づくな。いいな?」
大井統合安全保障のコントラクターはそう言って東雲たちを通した。
「黒社会のファミリーとはこの先の工場で落ち合う。白幇という連中だ。上海復興に関わって、現地の土地の権利や工事の斡旋などをやって儲けた。今は違法ドラッグから武器の密売、人身売買で稼いでいる」
「控え目に言ってクソ野郎だな」
「同意する。恥知らずの同胞だ」
東雲が吐き捨てるのに林雨桐が軽くうなずく。
「大井統合安全保障のチェックポイントはこの先にはないはずだ。暴動が起きている地区だからな。そして、我々はここで白幇と会合する」
「オーケー。行きましょう。準備はできてる」
見るからに攻撃の痕跡が残る上海の区画のひとつで東雲たちを乗せた車は目的地に向けて進み続けた。
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