VIPサービス//陽動
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──VIPサービス//陽動
東雲と八重野はTMCセクター13/6の外国人居住区にある在日韓国人コミュニティーの中を歩いていた。目的地はコリアンギャング“ブラック・ソウル”の縄張りだ。
「連中の縄張りに入ったぞ。気を付けろ、八重野」
「ああ」
東雲が建物の壁に書かれた落書きを見て警告すると八重野が頷いた。
「連中も大抵は警告抜きで撃ってくるからな。面倒だぜ」
東雲は用心深く周囲を見張りながらブラック・ソウルの縄張りを歩く。
ちらほらとTMCスタイルのスーツ姿の男女が目に入る。
男も女も入れ墨を入れており、銃を所持している。拳銃から機関銃までいろいろだ。ブラック・ソウルが武器の密輸で稼いでいると考えると別段不思議でもない。
「おい。日本人だろ、てめえ」
そこで武装したブラック・ソウルの構成員が東雲たちの前に立ちふさがる。
「何だよ。ここは日本だぜ? 日本人がいるのは当り前だろ?」
「うるせえ。失せろ、日本人。ここは日本じゃねえ」
「ああ? お前が失せろよ。そんなに銃で遊ぶのが好きならお仲間と一緒に国に帰って戦争に参加してくりゃいいだろ」
「クソ野郎。ぶっ殺す」
ブラック・ソウルの構成員が自動小銃の銃口を東雲に向けた。
「てめえが死んでろ」
東雲が瞬時に“月光”を展開し、銃の引き金を引こうとしたブラック・ソウルの構成員の首を刎ね飛ばした。
「クソ。銃を持ったチンピラってのは手に負えないぜ」
東雲が首を失ったブラック・ソウルの構成員の死体を蹴り倒してそう愚痴った。
「急ごう、八重野。ちんたらしてたらまた絡まれる」
「そのときはまた殺せばいい」
「ここは連中の縄張りだってこと忘れるなよ」
東雲と八重野は足早に薄汚い通りを進んだ。
「しかし、どうやって目標を見つけるんだ?」
「ここのボスに話を聞けばいい。ここの連中の拠点は知ってる」
東雲はそう言って縄張りの奥へと走る。
何人ものブラック・ソウルの構成員が東雲たちを睨みつけるが、さっきのチンピラのように銃口を向けてくる人間は少ない。
「ここだ」
東雲が雑居ビルの前で立ち止まる。
その雑居ビルには消費者金融のテナントと何をやってるか分からない会社の事務所が入っていた。
そして、ビルの周りにはブランド物のスーツにタクティカルベストとボディアーマーを装備して、自動小銃を握ったブラック・ソウルの構成員たちがいる。
そのブラック・ソウルの構成員たちは東雲たちを油断なく睨みつけ、いつでも銃口を向けられるようにしているのは分かった。
「皆殺しにするか?」
「馬鹿。そんなわけないだろ。普通に会うんだよ。俺がジェーン・ドウの駒だってことは向こうも知ってる。俺はこの業界じゃどうやら“毒蜘蛛”って通り名で知られているらしくてな」
「変な通り名だな」
「蜘蛛に噛まれたスーパーヒーローよりマシだろ」
東雲はそう言って雑居ビルに入ろうとする。
「おい。“毒蜘蛛”だろう、お前。ここで何してる?」
だが、その前にブラック・ソウルの構成員に止められた。相手は銃を持ってる。
「ジェーン・ドウ絡みの仕事だぜ? おたくが妙な連中とつるみ始めてることをジェーン・ドウに今すぐ報告してやろうか?」
「クソ。どういう用だ?」
「あんたらのボスに話がある。最近韓国の情報機関の人間と接触しただろ? 言い訳があるならジェーン・ドウの代わりに聞いておいてやる。そいつを引き渡してもらってもちゃらってことにしてやるぜ?」
「じゃあ、ボスと話し合ってこい。暴れるなよ」
「あいよ」
ブラック・ソウルの構成員が上に行けというように指さすのに東雲たちが雑居ビルの最上階にある事務所に入る。
「よう。あんたがブラック・ソウルのボスかい?」
東雲がそう声をかけるのはブランド物のパリッとした高級スーツに身を包み、ゴールドのアクセサリーをゴテゴテとつけ、露出している皮膚には顔面にも入れ墨がある大柄なアジア系の男だった。
「そうだよ。お前、“毒蜘蛛”か?」
「そう呼ばれてる。そして、それが分かるなら話は早いよな? 俺たちはお互いに不可侵としている。あんたたちがこっちの仕事に手を出してこなければ、な」
「俺たちがそっちに手出ししたと?」
「前に韓国の情報機関がTMCで何をしようとしていたか知らないわけじゃないだろ。連中は大井相手にテロをやろうとした。大井統合安全保障がスパイ狩りをやってるのも知ってるはずだ」
東雲がそう指摘するのにブラック・ソウルのボスが唸った。
「俺たちをどうしろとジェーン・ドウは言ってる?」
「まだジェーン・ドウには報告してない。今、俺たちの間で解決すれば報告することはこれからもないだろう。俺も大井統合安全保障の強襲制圧チームがセクター13/6で暴れるのは好きじゃない」
「畜生。どう解決したい?」
「工作担当官を差し出せ。俺たちで取り調べて、俺たちで始末する。あんたたちは生き残れる。Win-Winだろ?」
「分かった。それで手を打つ。お前らに引き渡そう。その代わりこれ以上ジェーン・ドウ絡みの案件にはしてくれるな」
「オーケー」
東雲が同意するのにブラック・ソウルのボスがワイヤレスサイバーデッキから部下に連絡を取った。
「そこで待ってろ」
東雲たちがそう言われて待っていると、事務所にひとりのアジア系男性が連れてこられた。TMCスタイルのスーツ姿で、ブラック・ソウルの構成員に銃を突き付けられて青ざめている。
「こいつだ。持っていけ」
「裏切るのか!? 祖国をも裏切る行為だぞ!?」
「知るか。ヘマしたてめえが悪いんだよ。ジェーン・ドウに感づかれるようなことしやがって。責任取って死ね」
韓国国家情報院の工作担当官が叫ぶのにブラック・ソウルのボスがそう切り捨てた。
「じゃあ、貰っていくぜ。これでちゃらだ」
「ああ。二度と来るなよ」
東雲が拘束された工作担当官の男の首を掴んで引きずるのに、ブラック・ソウルのボスがうんざりしたようにそう言って東雲たちを事務所から追い出した。
「さて、どこで尋問しようか?」
「ここから離れた場所がいいだろう。連中と関わり合いにならない条件だ」
「そうだな。適当に連れていくか」
東雲はそう言って男を引きずり、適当な路地まで連れていった。
「さて。韓国政府の差し金か? またTMCでテロをやろうってわけか?」
「誰が喋るか」
「じゃあ、こいつを食らいな」
東雲が工作担当官のBCIポートに強力な電子ドラッグのウェアを突き刺した。
「クソ! 尋問用の電子ドラッグか! 条約違反だぞ!」
「知るかよ。俺たちがお上品な正規軍の兵士に見えるか? じゃあ、喋ってもらうぜ。じゃないと──」
東雲が“月光”の刃を工作担当官の指に突き刺し、切断した。人工筋肉のそれが裂けて、ナノマシンが混じった体液が漏れる。
尋問用の電子ドラッグは痛みを強く感じるように作用するため、この傷は強引に工具で指を骨ごと引き抜いたかのような痛みを与えた。
工作担当官の男が獣のような凄まじい悲鳴を上げる。だが、セクター13/6の住民は悲鳴を聞いたところで気にもしない。
「改めて聞くぞ。韓国政府がTMCでテロか何か起こすつもりなのか? ASAやサンドストーム・タクティカルとの関係は?」
「はあはあはあ! 私は喋らない!」
「意地張りやがって。だが、お前は必ず喋る。苦痛は忠義を捻じ曲げるのに十分な要素だからな」
東雲がそう言ってもう一本の指を切断した。
工作担当官の男が絶叫する。
「東雲。私にやらせてくれ。それでは喋るより先に指がなくなる」
「あいよ。任せたぜ、八重野」
東雲が八重野に尋問を任せる。
「おい、お前。情報機関の人間ならば“歯医者”という拷問について知ってるな?」
「ま、待て。私は」
「その電子ドラッグを入れたままやってみるか? 昔ながらの方法だが、電子ドラッグを使っていれば精神が苦痛によって崩壊してもおかしくないぞ」
八重野はそう言って工作担当官の口を開かせ、ポケットから折り畳み式ナイフを抜いて、男の口に突っ込む。
そして、そのまま男の歯を──。
鮮血が男の口から零れ落ち、アスファルトが血に染まった。
「喋る気になったか?」
「喋る。喋るから助けてくれ」
「じゃあ、喋れ。韓国政府と国家情報院はASAとサンドストーム・タクティカルに関係しているのか?」
「し、している。だが、TMCで何かしらの軍事行動を起こすとは聞いていない」
「では、連中は何をしようとしている?」
「分からない。ただ、我々に韓国政府とコリアンギャングが動いているように見せろと仕事を頼まれただけだ。報酬はあったし、我々には金が必要だった。大井統合安全保障の摘発で資金源を失ったから」
「つまり陽動をしろということだったのか?」
「そうなる。我々は何も計画していない。何かを計画しているように思わせることだけが目的だった。ブラック・ソウルとも実際に取引をしていたわけでは」
韓国国家情報院の工作担当官がそう白状したとき東雲のARにベリアから連絡が入った。
『東雲。TMCのマトリクス上に妙な構造物を見つけた。セクター12/6に軍用氷で守られた構造物がある。そこからいろいろな方向にトラフィックがある。大井統合安全保障や大井都市機能事業部に』
「おいおい。そいつが本命じゃないのか。こっちは韓国情報機関の連中がASAとサンドストーム・タクティカルのために陽動を行なっていたのを確認したぜ」
『構造物がある場所の住所を送る。すぐに向かって。敵はサイバー攻撃と同時にTMCを現実で攻撃するつもりだよ』
「あいよ。すぐに向かう」
東雲がベリアにそう返して八重野を見る。
「八重野。そいつはもう必要ない。殺せ」
「分かった」
八重野が“鯱食い”を抜いた。
「た、助け──」
命乞いをする工作担当官を八重野が首を刎ねて殺した。
「死体は放置でいい。急いでセクター12/6に向かうぞ。サンドストーム・タクティカルはもうTMCに侵入してるくさい」
「ああ。急ごう」
東雲と八重野はセクター13/6の外国人居住区を出て、駅に向かう。
『構造物からのトラフィック増大。大井統合安全保障と下請けの構造物が仕掛けを受けてる。こいつらPerseph-Oneを使ってるよ』
「やばいぞ。Perseph-Oneは軍用氷だってぶち抜けるんだろ?」
『そう。あ、生体認証スキャナーがTMC全域でダウン! ドローンも次々にハックされてるよ! これじゃ大井統合安全保障は動けないね』
「勘弁してくれよ。大井統合安全保障は民間人をぶち殺すのが仕事か?」
『テロリストと違って民間人は撃ち返してこないからね。でも、せっかくジェーン・ドウから大井統合安全保障のデータを受け取ってるのにこれじゃ意味がない。大井統合安全保障のTMCの監視ネットワークは壊滅』
ベリアがお手上げというように諦観の様子でそう言った。
「マトリクスからどうにかできないのか? せめてTMCに侵入してきた奴らの情報が欲しい。じゃないとジェーン・ドウに何も報告できない」
『待って。恐らく侵入してきたのはサンドストーム・タクティカルだと思う。今、セクター12/6にある構造物の住所から怪しい人間が動いてないか、民間のドローンと偵察衛星を使って解析している』
「頼むぜ」
『待って。ジェーン・ドウからメッセージが来た。目標であるAI研究者のデータだ。名前は森・V・フェリックス。性別は男。年齢38歳。大井データ&コミュニケーションシステムズに所属』
「こっちにも送ってくれ」
『オーキードーキー!』
ベリアからデータを受け取り、東雲たちが駅に到着したとき駅は機能していなかった。多くの通勤客たちが足止めを食らっている。ホログラムには爆破予告を受けて、保安手続きのために運休してるとある。
「クソ。足止めか。ベリア! 足を準備してくれ!」
『任せて』
ベリアがそう言うと無人の車が駅の駐車場に滑り込んできた。赤い塗装のピックアップトラックだ。
『乗って! 運転は任せて!』
「あいよ!」
東雲と八重野が乗り込み、車はセクター12/6を目指す。
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