VIPサービス//TMCセクター13/6
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──VIPサービス//TMCセクター13/6
民間軍事会社サンドストーム・タクティカルの最高経営責任者モーシェ・ダガン元イスラエル陸軍少将は待っていた。
「閣下。間もなくレヴィアタンが配置に就きます。各員上陸準備完了」
「そうか。ゴリアテネットワークソリューションズによれば、相手の保安部はこちらの動きに気づいている。最悪、レヴィアタンだけでも脱出させることになる。慎重にやるぞ」
「了解」
モーシェ・ダガンが部下にそう言って立ち上がる。
「重装備の輸送は無事に完了しています。先遣隊のカラカル小隊が脱出ルートの確保も完了とのこと」
「順調だな。軍民問わない全ての偵察衛星の情報は把握できているのか」
「ダニエル・バルカイ大佐からは映像による探知は避けているとのことです。ですが、上陸作戦に充てられる時間は長くても15分と」
「タイトなスケジュールになるな。偵察衛星はもちろんドローンにも警戒する必要がある。大井統合安全保障は海上警備業務に多数のドローンを運用している」
「こちらもドローンを展開してレーダーでドローンを警戒しています」
「結構。日本海軍については?」
「平常行動を行なっていることが通信傍受で確認されています。特に警戒態勢にありません。海上保安庁と業務を委託されている大井統合安全保障についても同様」
モーシェ・ダガンが尋ねるのに部下のコントラクターがAR空間でTMC周辺の映像を示しながら返す。
「問題はなさそうだな。一度始まれば時間との勝負になる。私としてはコントラクターの犠牲は避けたい。大井統合安全保障や太平洋保安公司との交戦は可能な限り避けろ」
「作戦要員には厳命します」
そこでモーシェ・ダガンとコントラクターが作戦前の会議を行なっているのに、イスラエル海軍の作業服姿の女がやってきた。
「まもなく上陸開始地点です、閣下。残り10分」
「作戦機のID偽装は終わっているのだな?」
「TMCの航空管制をハックしてあります。作戦機は全て民間航空会社のIDに偽装。飛行許可も得ています。問題はありません」
「よろしい。では、作戦要員に準備するようにと伝えろ」
「了解」
モーシェ・ダガンが海軍の作業服を着た女性とコントラクターに伝える。
『VLS注水。ドローンカプセル、射出』
『ドローンカプセル、射出完了。ドローン展開開始』
『センサー作動良好。データ収集中。データ収集完了。海上及び上空に障害なし』
『作戦要員が潜水艇に搭乗。発艦プロトコル開始』
『発艦プロトコル、全プロセス完了。潜水艇発艦』
海軍の作業服を纏った男女が作業を進めた。
イスラエル海軍が第六次中東戦争の最中に就航させた戦略原潜“レヴィアタン”。
核出力150キロトンの弾頭を10発収めたジェリコIV潜水艦発射弾道ミサイルを8基搭載し、さらにラビ巡航ミサイル、650ミリ魚雷、特殊作戦部隊輸送のための潜水艇を搭載した原潜。
「シルバー・シェパードより全作戦要員へ。これよりゴラン作戦を開始する」
レヴィアタンの艦内からモーシェ・ダガンがそう宣言した。
場が転する。
東雲と八重野はTMCセクター13/6の通りを歩ていた。
「情報屋は当てになるのか?」
「まあ、俺ができるのはこれくらいだし? 俺はマトリクスに潜ってどうこうできないし、このだだっ広いTMCをパトロールするわけにもいかんだろ」
八重野が訝しむのに東雲が諦めきった様子でそう返した。
「それはそうだが。情報屋はいつも情報を持っているわけでもないだろう?」
「このTMCで情報を手に入れるにはマトリクスに潜るか、犯罪組織を当たるしかない。別に犯罪組織の連中はこのセクター13/6でしか活動していないわけじゃない。お上品なセクターでも電子ドラッグやら売買してる」
「クソだな」
「そう言うなよ。おかげで犯罪組織に繋がっている情報屋から情報が手に入るんだ。清水はいろんな犯罪組織にコネがある。半分犯罪者みたいなものだな」
「そして私たちは非合法傭兵という完全な犯罪者だ」
「そうだな。お天通さんの下を歩くのが恥ずかしいぜ」
東雲は冗談めかしてそう言い、清水がいつもいる酒場に入った。
店内は合成酒のきついアルコール臭と化学薬品臭がする。
「清水! ああ、今日も吉野が一緒か?」
「やあ、東雲さん。まだ勉強中だからね、吉野は」
清水はいつものように昼間から合成酒を飲んでおり、横ではワイヤレスサイバーデッキを装着した吉野がウーロン茶を飲みながらマトリクスに潜っていた。
「情報をくれ。ここ最近、ASAないしサンドストーム・タクティカル絡みで犯罪組織が動いてないか?」
「また随分と直接的だね。何か確信があるのか、それともそういう仕事を引き受けたのか……」
「仕事だ。詳細は話せんが、TMCでASAが活動しようとしている。連中の民間軍事会社サンドストーム・タクティカルも動いているかもしれん」
「情報はあるけど、ちょっと裏が取れないんだよね」
「いいからくれ。いくらだ?」
「後で間違っていたって言われると困るからね。1000新円でいいよ」
「そいつはまた。随分と自信がないんだな」
「もう数日すればはっきりするんだけどね」
東雲が清水のデバイスに金をチャージする。
「またコリアンギャング絡みだよ。というか韓国の軍事政権絡みか。この前中国の外相が訪日して首相と経済制裁の撤廃について話し合ったことに韓国の軍事政権が反発してる。中国にまた金が流れれば北朝鮮に金が流れるって」
「で、TMCで何か企てていると?」
「らしい。マークしている韓国の国家情報院の工作員に動きがある。コリアンギャングの幹部と会ったり、在日韓国人のコミュニティーに顔を出したり」
「武器を運んだりは?」
「それが分からないんだよ。やたらと目立つ動きはしてるんだが、本当に企図するところが見えないというか。案外、ただの人員配置の入れ替えだったりするのかもしれない」
「ふうむ。準軍事作戦要員の連中は?」
「動きはない。動いてるのは工作担当官と末端の工作員だけだ」
「TMCで一発かまそうって割には地味だな」
「そうなんだよ。しかし、理解できる点もあってね。例の“人民戦線”のテロ未遂の後で、大井統合安全保障の防諜部が韓国の情報機関に所属する人間を片っ端からとっ捕まえて、尋問したらしい。で、そのせいで動けない」
清水がそう言って肩をすくめた。
「そりゃあ、あれだけのテロをやらかしてお咎めなしってわけにはいかないからな。日韓関係にも亀裂が入ったんじゃないか?」
「日本政府は今も韓国政府を支持してるよ。何も変わってない。ただ、大井だけはしっかり動いて秘密裏に韓国情報機関の人間を消して回ってる」
「じゃあ、コリアンギャングと韓国政府によるテロの可能性はゼロか?」
「そうとも言えない。大井内部にも韓国人はいるんだ。大井は韓国の軍事産業を買収したときに大勢の韓国人技術者、研究者を一緒に引き抜いたからね」
「社内の犯行」
「そう。その可能性はある」
東雲が指摘するのに清水が頷いて合成酒を口に運ぶ。
「気になるなら、会ってきたら?」
「おう、吉野。会うって誰に?」
そこで吉野が声を上げた。
「韓国国家情報院の工作担当官。今セクター13/6に来てるよ」
「マジか。しかし、俺たちが接触しても問題はないのかね……」
「工作担当官は別に外交特権が認められた大使館職員じゃないし、セクター13/6で怪しいIDの外人が殺されたって大井統合安全保障は気にも留めない」
「オーケー。じゃあ、そいつから直接話を聞き出そう。場所は?」
「いくら出す?」
「3000新円」
「毎度」
東雲が吉野の端末に金をチャージした。
「場所を送付した。それからそいつの生体認証データも」
「サンキュー。俺たちは仕事に戻る。元気にやれよ」
「はいはい」
東雲が席を立ち吉野が手を振った。
「さて、問題の工作員に会いに行くとしますか」
「場所的にはどこだ?」
「セクター13/6の外国人居住区。犯罪組織の手で不法入国した人間が大勢いる。中国人、韓国人、フィリピン人、ベトナム人、パキスタン人、エトセトラ、エトセトラ」
東雲が吉野から渡されたデータを八重野にも送付する。
「ふむ。在日韓国人もいるわけか。そして、コリアンギャングも」
「外国人居住区はいつも犯罪組織が縄張り争いをやってる。祖国を捨てて日本に来たのに自分たちが何人かで揉めるんだよ。おかしな話だよな」
「同じ国の出身者というのはある種の保険になるからな。特に犯罪組織のようなモラルの欠けていながらも団結を必要とするような組織は、人種や国籍で結びつきを示す」
「疑似家族だのなんだの犯罪組織も必死だな」
八重野が言うのに東雲がそう返してセクター13/6を外国人居住区に向けて進んでいく。外国人居住区に近づくに連れて化学薬品臭に加えて吐瀉物と腐った肉と血の臭いが漂ってきた。
「ここはセクター13/6でもひときわ荒れてやがる。住民の全員が銃を持ってるし、それでいて電子ドラッグジャンキーだ。それから面白半分に違う国籍の人間の店や家に手榴弾や火炎瓶を放り込むチンピラども」
「ひとついいところがある。ここでどれだけ暴れようと大井統合安全保障はコントラクターのひとりも派遣しないだろう」
「連中、金にならないと本当に働かないからな」
ここの連中はまともに税金払わないから相手にしてないと東雲がぼやく。
「八重野。いいか、余計な喧嘩は売るな、買うな。騒動になると工作担当官に逃げられる。チンピラどもが絡んできても無視しろ」
「分かっている」
「あんたは犯罪組織って奴が嫌いみたいだが、ここは犯罪組織のねぐらだ」
東雲はそう言って外国人居住区に踏み込んだ。
いくつもの違法建築物件が並び、一部は損壊している。廃墟のような場所に電子ドラッグをBCIポートに突っ込んでぐったりとしている電子ドラッグジャンキーたちが蹲り、この世の全てを拒否しているかのように見えた。
「どこから探したものかね」
「在日韓国人のコミュニティーは?」
「それでいくか」
八重野が言い、東雲が荒れている外国人居住区を進む。
「在日韓国人ってのはやっぱり朝鮮半島の戦争で逃げてきた連中なのかね。コリアンギャングどもは兵役逃れの連中がいるって話だが」
「さあな。今は政府があいまいなものになりグローバリズムが加速し、国境というのは昔ほど意味を持たなくなった。ただいい生活のために働きに来るだけの人間もいるだろう。少なくともTMCには職がある」
「そういうもんか。今の日本はアメリカ並みの人種の坩堝だぜ」
東雲はそう言いながら在日韓国人のコミュニティーを見渡した。
ハングル文字の看板がいくつもあり、太極旗が掲げられた建物もある。だが、それ以外は普通に治安が悪いセクター13/6の風景だ。
電子ドラッグジャンキーの死体に銃痕。店舗のシャッターにスプレーで落書きされたギャングたちのマーク。
「ちとばかり話を聞いてみるか」
東雲は合成酒の中でも最底辺の人間しか飲まない味がないただの合成アルコールだけを飲んでいる人間がいる立ち飲み酒場に向かう。
「なあ、人を探してるんだ。金をやるから見たかどうか教えてくれないか……」
「いくらくれるんだい、旦那?」
「そうだな。500新円ぐらいでどうだ?」
いかにもアル中染みた不健康な顔をして汚れてボロボロの服を着た男に東雲がそう持ち掛けた。
「もう一声」
「分かった。800新円だ。美味いものが食えるぞ」
「オーケー。誰を探してるんだい?」
「こいつだ」
東雲がARで韓国国家情報院の工作担当官の生体認証データを酒飲みに送った。
「ああ。こいつか。見たよ、昨日。ブラック・ソウルの連中と一緒にいた。コリアンギャングさ。あんた、連中の知り合いかい?」
「いいや。だが、助かった。金だ」
東雲は酒飲みの端末に金をチャージした。
「安酒ばかり飲んでないで美味いもんでも食いな」
東雲はそう言って酒飲みに手を振って通りに戻った。
「ブラック・ソウルってのは知ってるコリアンギャングだな。銃の密輸を仕事にしてる連中だ。セクター13/6で出回っている武器の半分ぐらいは連中が出所になってるって聞いたことがある」
「クソみたいな連中だな」
「だが、今回の仕事とは関わり合いがありそうな連中じゃないか? ASAが非合法傭兵を送り込むにせよ、サンドストーム・タクティカルを送り込むにせよ、TMCの税関を潜り抜ける必要がある」
「そして大井相手の仕事には銃が必要、か」
「そういうこと。まずはこいつらをとっちめて情報を引き出そう」
「ああ」
東雲と八重野はそう言葉を交わして外国人居住区を進む。
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