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東雲はベリアとロスヴィータたちがマトリクスに潜ってPerseph-Oneについて調べている間に仕事で消耗した造血剤を補給しに王蘭玲のクリニックを訪れた。
「東雲様。貧血でお悩みですか?」
「ああ。よろしく頼む、ナイチンゲール」
東雲はそう言って待合室の椅子に座った。
いつもがらりとした待合室だが今日はTMCスタイルのスーツ姿の男がいて、ワイヤレスサイバーデッキからマトリクスにダイブしていた。
東雲は男のスーツの懐が膨らんでいるのに気づき、ギャングの類だろうと推察する。ヤクザ、チャイニーズマフィア、コリアンギャングの正規メンバーならばブランド物の立派なスーツだからだ。
「おや。東雲さん?」
「清水? あんた、ここの患者だったのか?」
そして、診察室から出てきた顔に東雲が驚いた。出てきたのは情報屋の清水だ。
「あまり安酒飲んでると肝臓に悪くてね。肝臓をメティス製の人工臓器にしてるんだよ。今日はそのメンテナンスの日。東雲さんは?」
「貧血なんだよ。万年貧血。しかし、あんたが人工臓器を入れてるとは知らなかったぜ。やっぱり安物の合成酒は体に悪いか……」
「酒ってのは昔から体に悪いものさ。酒飲みはそれを知っていながら酒を楽しむんだ。体に悪いものほど美味かったりするものだろ?」
「ジャンクフードにはある種の中毒性があるのは認めるぜ」
仕方がないだろというように肩をすくめる清水に東雲が頷いて返した。
「もしかして、東雲さんはここの先生目当てかい……」
「そうだ。王蘭玲先生はいい人だからな」
「ここの先生のコネは俺なんかより広いしね。ヤクザ、チャイニーズマフィア、コリアンギャングにその下っ端まで先生を尊敬してる。命を救われた人間が大勢いる。六大多国籍企業にもコネがあるって話だ」
「へえ。情報屋がただで情報をくれるとはね」
「友達付き合いも大事だろう?」
清水はそう言ってニッと笑うとマトリクスから戻ってきたTMCスタイルのスーツ姿の男を連れてクリニックを出ていった。
「東雲様」
それから東雲が診察室に呼ばれる。
「やあ。仕事は随分と忙しかったみたいだね?」
「ごめんよ、先生。あちこち行かされてさ。全く休まる暇もないって奴で」
王蘭玲が目を細めて東雲を見るのに東雲がそう言った。
「気を付けたまえよ。君の仕事は体に悪いんだ。手を抜いた結果は死に繋がる。私はここで情報屋から君が死んだなど聞かされたくはない」
「気を付けてるよ、先生。毎度毎度危ない仕事だからね」
「まあ、今日は元気なようで安心したよ」
そう言って王蘭玲が猫耳を揺らしながら微笑んだ。
「ポートサイド、アムステルダム、アルバカーキ。海外出張が多すぎるよ。それも揃って治安はクソみたいな場所でさ。テロリストやら民間軍事会社の連中やらがドンパチ、ドンパチ」
「ポートサイド、アムステルダム、アルバカーキ。もしかして、Perseph-One絡みの仕事だったのかね?」
「知ってるのかい、先生……」
「噂程度には。恐ろしい威力のアイスブレイカーで白鯨との関係が疑われている。ASAというメティスの反乱勢力とアトランティスの反乱勢力が作成した可能性がある」
「そ。それだ。ASAって連中がテロを誘導してる。白鯨とマトリクスの魔導書を研究している連中で六大多国籍企業を敵に回してる。Perseph-Oneってのはどうも臭い代物でね」
「白鯨、か。陳腐な人類の支配を目的としたAI。古臭く、驕り高ぶった人間によって作られたAI。そんなもので何ができると言うのか。ASAというのは随分と愚かな人間の集まりに思えるよ」
「連中が愚かで無能なら文句はないんだけど、連中は中途半端に能力があるし、民間軍事会社を雇ってる。ろくでもないよ」
「全くだね。彼らが何を求めているとしても、それは人類のためにならないだろう」
王蘭玲はそう言って造血剤をナイチンゲールにオーダーした。
「世界は混迷を極め、私たちもその損害を被りそうだが、いつかは君と静かな場所で暮らせることを祈っているよ。君がまだその気なら」
「その気だよ、先生。いずれ終わるさ」
東雲は造血剤を受け取るとそう言って笑い、診察室を出た。
それから会計を済ませたところでジェーン・ドウから連絡を受ける。
セクター4/2の喫茶店にすぐに来いという内容だ。
東雲はメッセージを見て肩をすくめるとセクター13/6の駅に向かい、そこからセクター4/2に向かう電車に乗った。
それから喫茶店に入る。
「遅い」
ジェーン・ドウはいつもの様子で技術者のスキャンが終わると個室で話が始まった。
「仕事だ。大井データ&コミュニケーションシステムズのAI研究者が狙われている。この研究者は前から他の六大多国籍企業に狙われていたが、保安部はそのリスクが高まったと報告している」
「保安部ってどこの?」
「知る必要はない。この研究者の保護は大井統合安全保障が行う」
「じゃあ、俺たちの出番はないぜ?」
「ある。前にグローバル・インテリジェンス・サービスの連中に大井医療技研から吸血鬼のガキが拉致されたことで上は大井統合安全保障の能力に疑問を持ってる。もっと確実を期すべきではないか、ってな」
「それで俺たちに?」
「敵がこのTMCに乗り込んでこなければ研究者は拉致できない。で、お前たちはろくでもない非合法傭兵って立場ながら、TMCのゴミ溜めからお上品なセクター一桁台まで理解してる」
「相手が乗り込んでくるのを迎撃しろってことか。だが、それは大井統合安全保障の警戒態勢を上げれば済む話じゃねーの? 今回は別に研究者を使い捨てにする予定はないんだろ?」
「言っただろう。上は大井統合安全保障の能力を疑問に思っていると。だから、俺様に直接話が回ってきた。万全を期したいので取り図るようにってな」
ジェーン・ドウがうんざりした様子で天然ものの紅茶を口に運ぶ。
「TMCでパフェを食ったことはあるか? ここのは美味いぞ」
「奢ってくれるのか?」
「おい。これまで俺様が支払いを拒否したことがあるか?」
「すまん、すまん。じゃあ、パフェを頼む」
東雲は接客ボットを呼んでパフェを注文した。
「それで、だ。クソ忌々しいことに保安部が警告している連中が問題だ。狙っているのがどこのどいつか分かるか?」
「分からねえ。本当にここのパフェ美味いな。クリームとかの乳製品も天然ものなのかね。それにフルーツがフルーツの味がする」
「ASAだ。連中、あちこちで混乱を引き起こしてやがる。何のためかもわからないテロを扇動して、元イスラエル国防軍のゾンビどもが騒動を起こす」
「また連中かよ。仕事熱心だな。ワーカーホリックってのは早死にするぜ」
「死なせてやれ。もうゾンビみたいな連中だ。歩く死体が墓に入り損ねて人を襲ってやがる」
東雲がげっそりするとジェーン・ドウがそう返す。
「あいよ。襲撃の可能性のある日時は?」
「分からん。いつ侵入されてもいいように備えておけ。今回は特例で大井統合安全保障のC4Iシステムにアクセスさせてやる。ちびのハッカーにこのコードとアドレスを渡しておけ」
「随分と太っ腹だな」
「それだけ失敗できないってことだよ、阿呆。抜からずやれ。攻撃の兆候が見えたら俺様に報告してもいいし、自分たちで阻止してもいい。とにかく、その目玉がガラス玉じゃなければしっかり見張ってろ」
「はいはい。分かりましたよ。頑張って見張ります」
「そうしろ」
ジェーン・ドウはそう言って出ていけというように扉を指さした。
東雲は喫茶店を出て、セクター13/6に電車で戻り、自宅に帰る。
「ベリア。起きてるか?」
『お帰り、東雲。今、戻るよ』
東雲がARで連絡を取るのにベリアがマトリクスから戻ってきた。
「で、何かあったの? また猫耳先生とデート?」
「残念。仕事だ。ジェーン・ドウと話してきた。ASAの連中が大井のAI研究者を狙ってるってさ。それを阻止しろって仕事」
「また面倒な。襲撃が行われるだろう期間なんかは分かってるの?」
「分かってない。大井統合安全保障に任せろよって言ったら、上が大井統合安全保障の能力を疑ってるとかでさ。別に研究者を使い捨てにするとかの案件じゃないらしい」
「どうしろっての? この広いTMCを見張れって? たったの4人程度で?」
「一応ジェーン・ドウから大井統合安全保障のC4Iシステムへのアクセスコードを貰ってきた。お前に渡せば分かるって言われたぞ」
東雲がそう言ってベリアに大井統合安全保障のC4Iシステムへのアクセスアドレスと認証コードを送信した。
「おー。これは、これは。本物の大井統合安全保障のC4Iシステムへのアクセス権限。期限設定がされてるけど、当面の間は有効だね」
「どうにかなりそうか?」
「さあ? 大井統合安全保障もこのシステムを使ってTMCを警備している。生体認証スキャナーやドローン、展開しているパトロールユニットの情報を分析AIが絶えず分析し続け、テロや犯罪の脅威を割り出してる」
「俺たちがその便利なシステム以上の結果を出せる可能性は……」
「ほとんどない。仮にも六大多国籍企業の運用しているシステムだよ? ただのアングラハッカーでしかない私や非合法傭兵の東雲がそれを上回るなんて、とてもとても」
「おいおい。それじゃ困る。ジェーン・ドウはしくじるなって厳命している。しくじったら不味い結果になるぜ?」
「努力はするよ。けど、そのAI研究者についてのデータは?」
「渡されてない。そうだよな。それがいるはずだよな」
「目標の所在が不明。作戦期間不明。敵の取るだろう行動も不明。あらゆるものが不明。これで仕事をしろって」
ベリアが呆れたように肩をすくめる。
「どうにかしてくれ。俺は八重野と現実で行動する。そっちはマトリクスで見張ってくれ。マトリクスってのは便利なんだろ?」
「マトリクスも人間が生み出したものだよ。魔法のアイテムじゃない。けど、できる限りのことはしましょう」
東雲が頼むのにベリアが頷いた。
「相手はASAなんだよね?」
「ジェーン・ドウはそう言ってる。動くとすればサンドストーム・タクティカルか?」
「彼らの手のうちにPerseph-Oneがあることを忘れないで。マトリクスにおいてもASAは優位に立っている。以前にヘレナを拉致されたことで内部の産業スパイ探しは徹底してるとは思うけど」
「会社の中のことには口出しできない。俺たちは外部からの敵に対応するだけだ。以前のインペラトルの連中が侵入してきたときは上手くやっただろ? 今回も何とかやって凌ごうぜ」
「オーキードーキー。頑張ってみるよ」
東雲が言うのにベリアが手を振る。
「俺は八重野に仕事を伝えてくる」
東雲はそう言って部屋を出ると八重野の部屋に向かった。
「八重野。俺だ。仕事が回ってきた」
東雲がインターホンを押してそう言うと扉が開いて八重野が顔を出す。
「仕事の内容は?」
「AI研究者の拉致の阻止。ASAが大井の研究者を狙ってると。大井統合安全保障は当てにならないから俺たちも手伝えってさ」
「分かった。一先ずどう動く?」
「情報屋を当たるかね。外部から仕事をしに来て、このセクター13/6にノータッチってのは考えられない。メティスもアトランティスの連中もここで犯罪組織を使った。そこから分かることもあるだろうさ」
「では、そうしよう」
東雲が言うのに八重野が頷いて支度をした。
「しかし、大井統合安全保障はどうしたんだ? 今回はまともな条件の仕事ではないのか?」
「前にしくじったせいで評価が落ちたらしい。傲慢なコントラクターどものボーナスに響いたかもな」
「ふん。民間軍事会社は不当に利益を得ている。連中が貧することはない」
「税金で養ってもらった技術を私物化してんだもんな。不当だぜ、全く」
八重野と東雲はそう愚痴りながらセクター13/6の通りを進む。
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