帝国主義者に死を//偵察任務
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──帝国主義者に死を//偵察任務
東雲とベリアはジェーン・ドウから仕事を引き受けるとTMCセクター13/6の自分たちのアパートに戻った。
「どうだった?」
「仕事だよ。テロを止めろってさ」
「また? ボクたちいつから対テロ特殊作戦部隊になったの?」
「知らねえ」
ロスヴィータが呆れたように言うのに東雲が肩をすくめた。
「で、次はどこの六大多国籍企業の仕業?」
「それが違うんだってさ。反グローバリズムテロリストの仕業だって。“人民戦線”って連中。メティス製の危険なナノマシンを持ってるって話だよ」
「わお。また大変そう」
「大変だよ。本当に」
ロスヴィータが軽い調子でそう言い、ベリアが肩をすくめた。
「問題はどこで連中がテロを起こすか分からないことだ。メティスの白鯨派閥が前に仕掛けたテロと同じ。標的は不明。最初は中国の外相の訪日が怪しかったけれど、ナノマシンのせいで分からなくなった」
「ふうむ。とりあえず“人民戦線”について調べるしかないね。以前の犯行から次の犯行を予想するってこと。それからマトリクス上で怪しい動きがないかどうか」
「オーケー。俺は情報屋を当たる。ジェーン・ドウによれば連中のバックには韓国の軍事政権とそれにつるんでいるコリアンギャングがいる。コリアンギャングなら情報屋も情報を持っているはずだ」
ロスヴィータが提案し、東雲が自分の行動を示す。
「具体的にテロがいつ頃起きるかは分かってるの?」
「分かってない。何もかも不明。ただテロが起きそうだとしか」
「なんとも情報不足。大井の保安部は仕事してるのかな。テロが起きそうってことしか分からないだなんて。あいまいすぎるよ」
「同意する」
東雲たちが愚痴り合う。
「ジェーン・ドウは自分がどこまで把握しているのはいつもはっきりさせないところがあるのは事実だけどさ。彼女だってどうあってもテロは防ぎたいはず。必要な情報を握っているなら渡すよね?」
「渡さないってことは情報がない? 素人の集まりに等しいテロリストにしては上手くやったのかな」
「予想以上に上手なのかも」
ベリアがそう言った。
「まあ、調べてみよう。統一ロシアから盗まれたナノマシンについては統一ロシア軍が公式発表を出してるみたいだし、何かわかるかも」
「そうだね。じゃあ、情報屋の方は任せたよ、東雲」
ベリアとロスヴィータがサイバーデッキに向かう。
「じゃあ、俺は情報屋を当たるとしますか」
東雲はアパートを出る。
「東雲? 今から出かけるのか?」
「おう、八重野。仕事だよ。あんたにも伝えなきゃいけなかったな」
アパートを出ると奇遇にも同じく外に出ようとしていた八重野に東雲は会った。
「仕事か。どういうものだ?」
「テロの阻止。TMCってのはしょっちゅう狙われているよな」
「逆に考えるんだ。この日本でTMC以上に狙うべき標的があるのか」
「まあ、田舎を狙ってもインパクトは薄いと思うが」
八重野の言葉に東雲が唸る。
「そういうことだ。ここには崩壊しかかっている日本政府の政治中枢と同時に六大多国籍企業で構築される経済中枢がある。攻撃する価値がある」
「だからって勘弁してほしいぜ。TMCって言ったって広いんだからさ」
東雲はそう言いながらセクター13/6を歩く。
そして、情報屋である清水のいるだろう居酒屋に入った。
だが、清水はいたものの同席している先客がいたのを東雲は目にする。先客は20代前半ごろだろうショートボブの髪をショッキングピンクに染めた女性だ。
「清水。取り込み中か?」
「ああ、東雲さん。大丈夫。こいつは弟子だよ」
「弟子?」
東雲が怪訝そうにショッキングピンクの髪をした女性を見る。
「吉野ミアだ。こいつも情報屋を目指して修行中なんだよ。まあ、今は俺の手足になって仕事してくれてる」
「使い走りか」
清水が紹介するのに東雲が肩をすくめる。
「よろしく、お客さん。私は気にせず話をして」
「そうするよ。清水、情報をくれ。まずはコリアンギャングに妙な動きはないか?」
吉野という情報屋見習いが席を勧めるのに東雲たちは座って清水に尋ねる。
「コリアンギャングかい。妙な動きはあるよ。いくら出せる?」
「8000新円」
「いいよ。それから1000新円引くから吉野の仕事を手伝ってくれないか?」
「今使い走りにしてるって話を聞いたんだが?」
「そう。だが、育ててもいる。よく考えてもみなよ。俺たちのようなセクター13/6で暮らしている人間に退職金や年金があるか?」
「自分でコツコツ積み立てるしかないな」
「無理無理。金が入ったら分捕られる前に使っちまう。ここじゃ持ってる人間から奪うのが一番経済的なんだからな」
「ま、このクソみたいな場所で大金抱えてるのは不安だわな」
清水が言うのに東雲が同意した。
「だから、後継者は必要だ。引退した後も酒の一杯でも奢ってくれるようなね」
「それがこいつ?」
「そうだよ。俺のコネやこのセクター13/6の権力構造を教えている。俺がよぼよぼになって昨日の晩飯すらも覚えてられなくなったら、少しばかりの金を恵んでくれることを祈ってね」
「そうかい。で、そのあんたの年金の仕事ってのは?」
「仕事としてはただの連絡。とある重要人物に言伝だ。それだけだよ。まあ、実際は吉野の顔をその重要人物に売っておくことにある。この業界じゃマトリクスだけの取引ってのは好まれない」
「護衛すればいいのか?」
「それをお願いしたい。堅気の人間相手じゃないんでね」
「あいよ」
東雲が頷く。
「で、情報は?」
東雲が差し出された清水の端末に指定された金額をチャージしてそう尋ねる。
「コリアンギャングと韓国の軍事政権の関係については知ってるかい?」
「つい少し前に知ったところだ。実際のところコリアンギャングを軍事政権が支援してるってのか?」
「コリアンギャングってのも複雑でね。軍事政権が発足してから逃げてきた連中が組織したものもあるし、軍事政権が違法な外貨を獲得するのに組織したものもある。後者はがっちり釜山と繋がってる」
「今回の問題は後者だな。俺が扱ってるのは異国の大地で食うものに困って犯罪を犯し、それが過激化していた連中じゃなくて、最初から真っ黒の連中だ」
「オーケー。その韓国の軍事政権が使ってるコリアンギャングに怪しい動きだ。トーキョー・ボーイズって連中が最近頻繁に韓国から物資を受け取ってる。売りに出してないところから見るに花火を打ち上げる準備だ」
「俺の掴んでいる情報だとそいつはかなり確証性が高い。読み通り武器弾薬の類だろう。そして狙いは対立している犯罪組織じゃなくてTMCだ」
「詳細な情報はこいつを。殴り込むなら準備していきなよ。トーキョー・ボーイズには韓国国家情報院と韓国海兵隊が関わってる。連中の不正規作戦部隊が日本での活動のカバーに使っているからな」
「大井統合安全保障は野放しにしてるのか。明らかな海外勢力の首輪付を」
「大井にとっちゃビジネスチャンスだ。見逃してやることで韓国の軍事政権に恩を売り、TMCでの組織犯罪の脅威を煽って日本政府から金をせしめる。連中に愛国心なんてものはないんだよ」
「みたいだな」
東雲は清水から渡されたコリアンギャングのひとつであるトーキョー・ボーイズの情報を眺める。問題の韓国からの積み荷が運ばれた場所が記されている地図付きだ。
「じゃあ、次だ。統一ロシアと樺太。ここから妙なものが流れてきてないか?」
「いくら出す?」
「相場通り。8000新円」
「了解」
清水が端末を差し出し東雲がそれに再び指定された額をチャージする。
「統一ロシアでは事件があった。もっとも統一ロシアで分離独立派がテロを起こしてない日はないんだが。それでも今回のは派手な暴れ方だ。統一ロシア東部軍管区の陸軍基地が襲撃を受けた。基地には大量破壊兵器があるって噂が前々から」
「ナノマシンか?」
「かもしれない。ゼータ・ツー・インフルエンザの遺伝子操作種だとも言われていたが。何にせよバイオセーフティレベル4の実験室があるって話だった。そこが重武装のテロリストに襲撃された」
「で、大量破壊兵器とやらが盗み出された」
「襲撃したのは極東ロシア共和国臨時政府の残存戦力だとも言われているが、統一ロシア軍の中にも内通者がいたようだ。統一ロシア軍は襲撃される前に高度な電子攻撃を受けて無人警備システムが全てダウンしていた」
「結論だけで十分。その危ない品物は樺太に運ばれて、日本に流れたか?」
「せっかちだね、東雲さん。だが、その通りだとみているよ。樺太連隊がつい最近大規模な掃討作戦を実施した。その結果、反グローバリズムテロ集団“人民戦線”のテロリストたちが見つかったそうだ」
「その“人民戦線”に大量破壊兵器が渡ったんだな?」
「樺太連隊が“人民戦線”のアジトから樺太の日本国防四軍及び太平洋保安公司、大井統合安全保障の拠点を狙ったテロの計画書を手にしている。そいつには巨大な爆弾を使った攻撃も計画されていた」
「オーケー。そいつが例の統一ロシア軍から盗み出された大量破壊兵器で、樺太で使うはずが樺太連隊によって頓挫。そして、TMCへってわけか?」
「可能性としては。大井統合安全保障は明らかにしてないが、海上保安庁から業務委託を受けている部門が樺太連隊の掃討戦の後に樺太から北海道に向かう不審な高速船を見つけたって話もある」
清水がそう語る。
「韓国から運ばれた銃火器。統一ロシアから樺太を経由して運び込まれた大量破壊兵器。どうやら俺の持っている情報は事実らしい。面倒なことになりそうだ」
「東雲さんも何か掴んでいるのかい……」
「まあな。俺の仕事に関わっている」
東雲は清水にそう言った。
「で、だ。樺太にいた“人民戦線”って連中がTMCに忍び込むならどこだ?」
「テロリストが潜伏するならそれこそこのセクター13/6みたいな場所だよ。ここはテロリストだろうが、犯罪組織だろうが、何が潜んでいても大井統合安全保障は放置だ」
「ここか。妙な連中は見なかったか……」
「最近は人の出入りが激しい。妙な連中がうろうろしている。そいつらが“人民戦線”の連中である可能性はゼロじゃあない」
「具体的な情報をくれ」
「こいつだ。倉庫街で見かけたって連中が大勢いる」
「助かった」
東雲が頷く。
「で、こいつの仕事はすぐにやるのか?」
「ああ。先方はお待ちだ。早く知らせてやらないとな」
「あいよ。じゃあ、行こうぜ、見習い」
東雲が吉野にそう声をかける。
「ちなみに聞いておくが、あんた銃の類は?」
「持ってないよ。丸腰。情報屋はよく回る頭があれば十分だって」
「銃は持っておいた方がいいぞ。よく回る頭もここじゃ周りの鈍い連中が持った銃でふっ飛ばされるからな」
吉野がポケットを叩いて言うのに東雲がそう返した。
「じゃあ、そのうち手に入れるよ」
「撃ち方も教わっておけ。実に単純だが当てるのにはコツがいる」
吉野が首を傾げてそう言い、東雲が清水に手を振って居酒屋を出た。
「あんた、どうして情報屋なんかに? ぶっちゃけ、情報屋なんてリスクとリターンが釣り合わない商売だぜ。いつ殺されてもおかしくない割には客はとにかく値引きしようとして碌に代金を払わない」
「知ってるよ。けど、マトリクスでハッカーやって電子掲示板で自慢するだけよりも少しでもお金が入れば儲けものでしょ」
「ハッカーなのか?」
「一応、ね」
吉野が軽くそう言う。
「ふうん。ハッカーって奴も危ない仕事だがね」
「今の世の中、六大多国籍企業の重役だって危険な仕事だよ、お兄さん」
「らしい」
東雲は吉野に同意してセクター13/6を目的地に向けて進む彼女の後をついていった。
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