帝国主義者に死を//ジェーン・ドウ
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──帝国主義者に死を//ジェーン・ドウ
東雲は王蘭玲とのロマンチックなデートを終えて帰宅した。
王蘭玲とはいろいろなことを話し、彼女の博識さに東雲はさらにほれ込み、夕食を高級ホテルのレストランで取ってから、同じくホテルの最上階のバーで幾分かアルコールを味わってからクリニックまで送り届けた。
「ただいま」
「お帰り。デート、どうだった?」
「お前がお勧めしてくれたスポット最高だったぜ。先生は興味を示して会話が途切れなかった。かなり好感度が上がったと思う」
「それは何より。頑張って猫耳先生を口説き落としなよ」
「任せとけよ。それから王蘭玲先生と俺が結婚してもお前は相棒だぜ?」
「それって大丈夫? 私も一応女で男女の友情ってのは同性同士のようにはいかないって聞くよ。猫耳先生に浮気を疑われるかも」
「先生は疑ったりしないよ。それに俺たちが今になって別れるなんてないだろ?」
「まあ、苦楽を共にした戦友だからね」
東雲が言うのにベリアがそう返した。
「けど、ロスヴィータと八重野はどうするの?」
「一緒に逃げるなら連れていく。俺たちだけ逃げたら残された人間はヤバい目に遭う。だけど、一緒に行きたくないって言われたらどうしようもない」
「ロスヴィータに聞いてみようか?」
「ああ」
ベリアが尋ねると東雲が頷いた。
「ロスヴィータ。起きてきてくれる? 話があるんだけど」
ベリアがワイヤレスサイバーデッキを使って連絡を取るとロスヴィータが今までサイバーデッキに繋いでいた自室から出てきた。
「どうしたの? 東雲のデートが上手くいかなかった?」
「ちげーよ。なあ、ロスヴィータ。このままセクター13/6で暮らしたいか?」
ロスヴィータがからかうように言うと東雲がそう尋ね返した。
「どういう意味?」
「あのね。東雲が猫耳先生と国外に逃げ出すつもりなんだ。このままTMCにいたらいつジェーン・ドウに使い捨てにされるか分からないって」
「確かにいつまでもこの仕事が続けられるわけじゃない。肉体的限界や営利的な目的でジェーン・ドウがボクたちを使い捨てにする可能性は消えない。だから、逃げるか」
「東雲は猫耳先生と結婚するつもりみたいだから。ここじゃ子育てするには環境が悪いってさ」
ロスヴィータが考え込むのにベリアが冗談のようにそう言った。
「そういうことならボクも一緒に逃げるよ。ボクはメティスに追われる身だし、東雲たちに引っ付いてないと危ない。ジェーン・ドウだって信用できないしね」
「じゃあ、ロスヴィータも一緒に逃げるぞ。とは言え、いつ逃げるのか決まっているわけじゃないんだがな」
「なんだい。無計画な話だったんだね」
「そーだよ。まだまだ妄想しているような状態。だが、ずっとはここにはいられない。ここにいる限り、俺たちは使い捨て候補の駒なんだからな」
ロスヴィータが呆れるのに東雲が肩をすくめた。
「まずは資産を大井から切り離さないとね。無一文じゃ香港でもシンガポールでも暮らしてはいけない。あそこはセクター13/6より物価も高いし」
「だな。後は実行日までジェーン・ドウに感づかれないことだ。ジェーン・ドウも俺たちが逃げることに警戒している」
東雲がそう言ってすぐに空中に指を走らせた。
「で、噂をすればジェーン・ドウから呼び出しだ。ちょっと行ってくる」
「私も一緒に行くよ」
「分かった。セクター4/2だ」
東雲とベリアはアパートを出て電車に乗るとセクター4/2にある喫茶店に向かった。
「遅い」
ジェーン・ドウはいつものように不満げに東雲たちを出迎えた。
それから個室に移る。
「仕事だ。クソみたいな話だが、TMCがまたしてもテロの目標になっている。少なくともそういう情報がある」
「またかよ。今度はどこの六大多国籍企業から恨みを買ったんだ?」
ジェーン・ドウが渋い顔で言うのに東雲が心底呆れた。
「六大多国籍企業の連中じゃない。反グローバリストどもだ。今の世の中で酔狂な民族主義だったり、愛国心だったりを信奉している馬鹿どもだよ。大抵は大したことはできずに自滅するものなんだが」
「どこかの六大多国籍企業がこっそり支援してるんじゃないか?」
「かもしれんな。馬鹿と鋏は使いようという。だが、馬鹿は馬鹿でもテロを実行する能力があるイカれた馬鹿だ。叩き潰す必要がある」
ジェーン・ドウはそう言って紅茶を啜った。
「この反グローバリストどもは“人民戦線”って連中で朝鮮半島や樺太で勢力を拡大してきた。朝鮮半島と樺太はこの手のクソ運動の巣窟だ。どっちも経済的、軍事的に安定せず、過激派が育ちやすい」
「樺太の連中がTMCに対してテロを企てるのは分かるぜ。あそこは酷い状態だ。だが、朝鮮半島だって? あそこは何かあるのか?」
「北朝鮮が自分たちの政治的安定のために外敵を作ることに必死になり韓国への挑発と限定的攻撃を繰り返したのが始まりだ。韓国の民主的な政府に事態は解決できず、ついに軍がクーデターを起こした」
「で、事態は解決?」
「いいや。軍事政権が復活し、北朝鮮と泥沼の消耗戦だ。砲撃とミサイルによる爆撃の応酬。軍事政権は北朝鮮の砲兵の射程内にあり砲撃を受けていたソウルから釜山に首都を移して戦争を継続した」
「ははあ。それでどこの企業も逃げちまったんだな?」
「まともな企業は巻き込まれてはたまらんと逃げ出し、経済は急降下。韓国の軍事政権は困窮する国民を無視して武器を買いまくってより経済を悪化させた。日米が必死に韓国を支援したがあまり意味はなかった」
東雲が言うのにジェーン・ドウがうんざりしたようにそう言う。
「国連が国連朝鮮半島安定化ミッションを発足させて混乱を収束させようとしたが、想定より出資者がいなかったことで役に立たなかった。あそこは今も38度線で危険な遊びをしている」
「準戦争状態ってわけだ。混乱の火種になる連中が身を隠すにはもってこい」
「韓国の軍事政権は表向きは六大多国籍企業と協力しているが、実際は民族主義的な政治をやってる。内乱に突入する前のパキスタンがアメリカ寄りの発言をしながら軍統合情報局がタリバンを支援していたようなものだ」
「韓国政府が反グローバリストのテロリストを支援してるってのか?」
「その疑惑は昔からあった。国連を傀儡にしている連中は中東の混乱に金を出したが、朝鮮半島は放置した。昔と一緒。国際社会はアジアに興味がない」
イランの核問題にあれこれ手を尽くしたのに北朝鮮については遺憾の意を示すだけだったとジェーン・ドウが言う。
「国際社会は冷淡なこったね。韓国もそりゃ国際社会を恨むさ」
「韓国がどう思おうとあそこの経済は末期だし、軍事政権は民間人をスナック感覚で投獄して殺してる。そんなところにリスクを冒して金を出す馬鹿はいない。中国ぐらいのものだよ。未だに講和を斡旋しようとしてるのは」
「ちょっと世話を焼いてやればテロリストをけしかけられることもないだろうに」
「どうしろってんだ? イスラエルが発狂したときのように北朝鮮が核戦争に踏み出したらアジアの経済圏はそれこそ破滅する。西側はMIRVに対応した弾道ミサイル防衛を確立したが、韓国も中国もロシアも蚊帳の外だ」
ジェーン・ドウが苛立った様子でそう言う。
「ほっとくしかないんだよ。連中の頭が冷めるまではな。それまでの経過には多少の損害にも目を瞑る。冷静になって報復合戦が終わり、軍事政権が倒れれば、復興のために六大多国籍企業が進出するだろう」
「あいよ。で、テロリストについては?」
「“人民戦線”は昔からの左派反グローバリストだ。地域主義的な連中。六大多国籍企業が台頭したときにその手の連中は腐るほど生まれた。やれ地域の雇用を守ろうだとか、環境汚染の押しつけをやめろだとか」
「思想はどうでもいいよ。どうせ殺すだけだ。武装の類と練度について知りたい」
「よくできた非合法傭兵になったな。装備は韓国の軍事政権が支援しているだけあって結構なものだ。そして、コリアンギャングどもと軍事政権が繋がっている疑惑もあって、TMCに武器を持ち込むのも不可能じゃない」
「クソだな。練度は?」
「素人と脱走兵の組み合わせ。日本から朝鮮半島や樺太に逃げた連中に旧ロシアや韓国の脱走兵が加わっている。まあ、そこまでの練度はないし、機械化率も低い。お前みたいに訓練された非合法傭兵なら軽く蹴散らせるだろう」
「じゃあ、大井統合安全保障で始末してもらえませんかね?」
「無理だ。大井統合安全保障が正式にテロを認めて動けば背後関係について調査が入る。コリアンギャングと韓国の軍事政権が関与してるとすぐに分かるだろう。そうなると困るんだよ」
「何だよ。韓国政府に配慮してるってのか?」
「そうだ。日本政府は韓国の軍事政権がどれだけクソッタレだろうと知っていながら大金を援助した。韓国が崩壊すれば次の標的は日本だからな。冷戦時代にアメリカが自由とはほど遠い中南米の軍事政権を支援していたようなものだ」
「自分たちが援助した金がテロリストの支援に使われていたらみんな腹を立てるよな」
「そういうことだよ。だから、テロが起きてから鎮圧する分にはテロリストの正体は不明で済ませられるが、テロが起きる前に調査するのは困るんだ」
「了解。じゃあ、テロリストを始末しましょう」
東雲が頷く。
「具体的なテロの計画は?」
「今週末に中華人民共和国の外相が訪日して首相と会談する。第三次世界大戦の際に実行されて今なお有効な経済制裁の完全撤回に向けての会談だ。それが目標じゃないかと見ている」
「中国に恨みでも?」
「ある。中国は日本の雇用を奪ったと連中は思っているし、韓国の軍事政権も中国はずっと北朝鮮を支援してきたと思っている。それに六大多国籍企業が主導しているんだよ、今回の会談はな」
「なるほどね。六大多国籍企業は中国に進出したい。中国市場は儲かるだろうし、労働力にもなるってそんなところだろう」
「そんなところだ。今のところ六大多国籍企業は堂々とは中国に進出していない。共産党政権も歓迎してない。あそこは第三次世界大戦以降閉じこもっている。だが、今回の会談で突破口を作り、進出する機会を得る」
「六大多国籍企業は大儲け。そりゃ反グローバリストも標的にしようと思うな。だが、確実だろうな? 連中が他の標的を狙っている可能性は?」
「ないわけではないが、標的を絞るとなるとこの会談が一番デカい。もちろん、前にメティスの連中が仕掛けてきたように無差別にやるって可能性も──」
そこでジェーン・ドウが一度口を閉じた。
「新しい情報だ。連中は危険なナノマシンを入手したようだ。人体に致死的な影響を及ぼすナノマシン。メティス・バイオテクノロジー製だ」
「おいおい。そんなものを韓国政府は支援したのか?」
「メティスは朝鮮半島問題には無関心だ。連中がこういう物を連中と取引するはずがない。考えられるのは樺太方面。統一ロシアだ」
「統一ロシアに危険なナノマシンを?」
東雲が眉を歪める。
「クソッタレな白鯨派閥だろう。連中は以前統一ロシアから戦術核を持ち出した。それと引き換えにナノマシンを供与したってところだろう」
「で、統一ロシアがテロリストに危ないナノマシンを?」
「正規の手続きで渡したわけじゃないな。テロリストどもが分捕ったんだよ。統一ロシア軍を襲撃して分捕った。統一ロシア軍が発表した戦死者が事実ならば、この仮説が成り立つだろう」
「はああ。で、ナノマシンの中和剤は?」
「すぐに手配する。これで目標は分からなくなった。この手のナノマシンを使うならば無差別テロだ。TMCの何が標的になってもおかしくない」
「嬉しいニュースだ。どうすりゃいい?」
「決まってるだろ。テロを止めろ。中和剤は明日には渡す。それでどうにかしろ」
「あいよ」
ジェーン・ドウが告げるのに東雲は肩をすくめた後に頷いた。
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