運び屋//アナウンス
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──運び屋//アナウンス
東雲とベリアはジェーン・ドウに呼び出されてTMCセクター4/2にある高級喫茶店を訪れた。電車でセクターを移動し、東雲とベリアはTMCセクター4/2に入った。
「遅いぞ」
ジェーン・ドウはいつものように不機嫌そうにそう言い、東雲たちを個室に招き、いつものように技術者が盗聴の可能性について調べた。
「大井とメティスの停戦交渉については聞いたか?」
「ある程度は。人工食料の優先取引権で本当に停戦するの?」
「俺様は大井の人間じゃないから知らない。だが、大井とメティスは停戦に合意しつつある。しかし、あくまで停戦に合意しつつあるのは反白鯨派閥であり、白鯨派閥と理事会は無視してる」
「不味いんじゃないの?」
「知るか。俺様は停戦交渉に関わっていない。だが、条件のひとつを達成するように頼まれた。そして、お前らは俺様のために仕事をする」
ジェーン・ドウはそう言ってコーヒーを啜った。
「仕事の内容は何だ? 殺しか? 拉致か?」
「どっちでもない。護衛だ。送り迎えすればそれでいい」
「随分と楽勝だな。で、エスコートする要人はどこのどいつなんだ?」
「運び屋だ」
ジェーン・ドウが短くそう言う。
「とある生物医学的サンプルをメティスがとある六大多国籍企業から強奪した。で、メティスの反白鯨派閥はそいつを売るってわけだ。元々強奪を主導したのは白鯨派閥だ」
「生物医学的サンプルを運び屋が持ってくるのを助けろって? 運び屋ってのは荷物をちゃんと運ぶから運び屋っていうんだろう?」
「黙ってやれ。重要な荷物なんだよ。手抜きはできない」
東雲が呆れたように言うのに、ジェーン・ドウが東雲を睨む。
「分かったよ。具体的な仕事の内容は?」
「ホノルル発成田着の航空便で到着する。そいつを指定された場所まで連れてこい。当然ながらメティスの妨害はある。白鯨派閥は荷物にご執心だ。連中の起死回生の手段だったらしいからな」
「おいおい。メティスの連中は停戦もクソもなしじゃないか。理事会も白鯨派閥を野放しにしてるじゃないか。いい加減にしてほしいぜ」
「お前には何の決定権もないんだよ。俺様が斡旋した仕事をやる。それだけだ。分かったか?」
「はいはい。運び屋とできれば荷物のデータをくれ」
東雲がトントンとこめかみを叩く。
「荷物のデータは必要ない。それは運び屋の仕事だ。いや、運び屋自身も基本的に何を運んでいるか知らないのが望ましい」
「運び終えたら使い捨てにするからか?」
「そうだな。お前も無駄口を叩くなら使い捨てだ」
「ああ。クソ」
東雲がうんざりしたようにコーヒーを飲んだ。
「無論、運び屋のデータは送ってやる。こいつだ」
ジェーン・ドウが東雲のARデバイスにデータを送る。
「ふうん。暁涼。日本人か?」
「国籍はどうでもいい。こいつは信頼できる運び屋だ。これまでいくつも仕事をこなしてきた。お前ら並みにな。使える運び屋だよ。今回も上手くやった」
「へえ。運び屋も飼ってるのか」
「強奪でなければ運び屋が役に立つ。奴らは非合法で危険な代物をスマートに運んで届ける。荒事はなし。問題は起きない」
「今回はそうじゃない」
「そうだよ。奴がカナダから荷物を運び出すところまではスムーズだったが、それから白鯨派閥が荷物の紛失に気づいた」
「で、追ってきた」
「ああ。連中も非合法傭兵を雇ったらしい。前と同じ連中だ。お前らが殺し損ねた」
「畜生。連中かよ」
“インペラトル”のことだ。
「奴らが乗り込んでくる可能性もある。その場合、そいつらを始末するのはお前らの仕事だ。一応、大井統合安全保障が警戒態勢に入るが、運んでいる荷物が荷物だけに大井統合安全保障は介入できない」
「いつも通りだな」
援軍は期待してないよと東雲が言った。
「援軍がないわけじゃない。今回の件にもHOWTechが関わってくる。連中の利益になる取引と引き換えにな。で、お前らのお友達の出番だ」
「呉とセイレムが手伝ってくれるのか?」
「そうだ。連中もこき使わないとな。この間の治療費はこっち持ちだったんだ。オーバーホール規模のボディのメンテナンスがいくらかかるか知ってるか……」
「あんたにとっちゃ端金じゃないのか?」
「ふん。あまり出費が過ぎるのは気に入らない。コストとリターンは釣り合ってないとな。赤字経営は許されることはない。こいつは名誉ある軍や貴族の義務ではなく仕事だ」
利益のための薄汚い仕事だとジェーン・ドウが言う。
「へいへい。あんたの会社のためにもしっかり利益を上げましょう。仕事はいつから? この暁って男はいつTMCに到着する? 何かこちらがエスコートだと知らせる方法は?」
「向こうには連絡済みだ。すぐに分かる。まあ、信頼するのは生体認証を済ませてからだろうが」
東雲が仕事に必要な情報を求めるのにジェーン・ドウが答える。
「到着は明日の15時30分。当日の成田国際航空宇宙港は特に大井統合安全保障を増強したりはしない。運び屋も法を犯している。そいつが大井統合安全保障に取っ捕まったら冗談にもならない」
「俺たちも見逃してくれることを祈るよ」
「仮にお前らが捕まっても俺様は何の便宜も図ってやらないからな。間抜けなことはするなよ」
「分かってますよ」
東雲が肩をすくめて頷く。
「じゃあ、仕事をこなせ。失敗はするな。運び屋が運んでいる荷物の価値は計り知れない。価値がある。お前らよりもな。報酬は弾んでやる」
「俺たちは財産を取り上げられないだけで十分だよ」
「じゃあ、やれ。それが取り上げられない方法だ」
ジェーン・ドウはそう言って出ていけというように扉を指さした。
「あいよ。頑張りますよ」
「オーキードーキー」
東雲とベリアはそう言って個室から出ていった。
「何だろうな、俺たちより価値のある荷物って」
「大抵のものは私たちより価値があるよ。ジェーン・ドウにとってはね」
「最悪だな」
ベリアが言うのに、東雲が愚痴る。
「でも、わざわざカナダの白鯨派閥から盗み出したってことはかなりのリスクを冒している。ジェーン・ドウが言っていたコストとリターンの問題を考えるなら、これのコストは大きい。下手したらメティスとの停戦交渉が頓挫する」
「もう停戦交渉なんて本当にやってるのか疑問だよ。白鯨派閥どころか、理事会も知らんふりってマジかよ。結局メティスの白鯨派閥は例のサイバーサムライとサイバネアサシンどもを送り込んできやがるし」
「そういう仕事なんだから文句言わない。で、価値があるのと同時に荷物はメティスが他の六大多国籍企業から盗んでいる」
「ふうん。ヤバイ生物兵器とか?」
「違うね。恐らくはマトリクスの魔導書絡み」
「ああ。なるほど。そういや理事会のデータベースにもあったらしいな。そして、八重野の呪いとも関係がある」
「八重野君の呪いとはどういう風に関係があるのか、まだ分からない。だって呪いだっていうのに八重野君、死ぬどころかブラックアイスを踏んでもピンピンしてるんだよ?」
「呪いというには親切だな」
「全く。君は他人事だと思って。八重野君がもし最初にマトリクスの魔導書に接触したハッカーと同じ末路を辿るかもしれないとしたらどうするの?」
「そうは言うけど、八重野を使い捨てにしたジョン・ドウについて何か情報があるわけじゃないだろ?」
「前のジョン・ドウについては少し情報があったけど、特定するまでには至らなかったよ。残念なことにね」
ベリアが首を振る。
「何が分かったんだ……」
「八重野君の前のジョン・ドウについて。元海兵隊の特殊作戦部隊のオペレーター。それから民間軍事会社に所属。その後、グレイ・ロジカル・アナリティクスってビジネスコンサルタント企業に移籍」
「グレイ・ロジカル・アナリティクス?」
「訳の分からない会社。恐らくはペーパーカンパニー」
「ふうん。まあ、それは追々やっていこう。というか、聞けばよかったな。ジェーン・ドウにグレイ・ロジカル・アナリティクスって知ってるかって」
「聞いても教えてくれないよ。ジェーン・ドウだもの」
「それもそっか。あいつケチだし、情報を出し渋るしな」
東雲がため息を吐く。
「今回の仕事だけど東雲も言ったように運び屋ってのは基本的に単独、あるいは2名で行動する。彼らが重要視するには目立たないこと。素知らぬ顔して、非合法な荷物を依頼主に届ける」
「なのに、今回はソロのそいつを現実で4名、マトリクスで2名が支援する。とてもじゃないが目立たないってのは無理だな」
「ジェーン・ドウはそれほど荷物を重要視している。どうあっても荷物を無事に運ばせたいらしい。けど、生物医学的サンプルってのは何なんだろうね? マトリクスの魔導書はデジタルデータだよね」
「マトリクスの魔導書は誰かの記憶のデータだと言ってなかったか?」
「まさか記憶の持ち主?」
「考えられないか?」
東雲が何気なくそう尋ねる。
「難しいね。記憶のデータだってのは憶測であって、まだ証拠があるわけじゃない。そもそも人の記憶のデータだとしてもどういう経緯で採取されたのか」
ベリアがそう言って考え込む。
「その上、人の記憶だとしてもどうして魔術なんてものが関わってくるのか。白鯨は分かるよ。白鯨はホムンクルスの技術で作られた。だけど、マトリクスの魔導書は私たちの知っている魔術ではない。でしょ?」
「確かにな。知らない魔術が使われている。そんでもってその効果まで意味不明。何が何やら。知れば知るほど意味不明になっていくってのは地獄だな」
東雲はため息を吐きながらぼやく。
そうしている間に東雲とベリアが電車でセクター13/6に戻り、自宅に帰った。
「おかえり。ジェーン・ドウからの仕事は?」
自宅ではロスヴィータと八重野が待っていた。
「運び屋の護衛だ。途轍もなく価値のある荷物を運んでいて、それを指定地点にまで護衛しろってこと。で、この前殺し損ねたインペラトルっていう非合法傭兵集団って連中を相手にしなけりゃならんとな」
「あの連中か。凄腕のサイバーサムライだ。相手にするには危険だな。またやり合うとなれば覚悟しなければならないだろう」
「それから熱光学迷彩を使用するサイバネアサシン。面倒な奴がまたこのTMCにウェルカムわけさ。全く嬉しくて泣けてくるね」
東雲は本当にうんざりした様子だった。気の毒なほどに。
「けど、ジェーン・ドウが明確な脅威として上げたのはその連中だけでしょ。とすれば、東雲が装甲車やアーマードスーツを相手にしなければならないということはないんじゃない? “月光”も君から血を吸わない」
「いいんだよ。“月光”から血を吸われても文句は言わない。造血剤があればある程度どうにかなる。ナノマシン万歳」
「君も随分と慣れてきたね。この2050年に」
「どうあろうとなれるさ。もはやナノマシンが使われていない医薬品はないんだ。だが、俺はどうあってもナノマシンを脳みそに叩き込んだり、脳みそを直接ネットに繋ぐようなことだけはしない」
東雲は渋い表情でそう言った。
「さて、作戦について考えておこう。成田から不明の目的地まで護送。メティス白鯨派閥の非合法傭兵に襲われる可能性あり。せめて最終的な目的地が分かれば計画を立てやすいんだけどさ」
「最大限の警戒態勢でお出迎えするしかない。どんな敵が来ようともぶち殺す。そんでもって運び屋と荷物を運ぶ。誰か装甲車持ってる知り合いいないか?」
「いるわけないでしょ。足は適当に準備するからそれを使って。後は東雲が血反吐吐きながら頑張る。以上」
「ひでえ」
東雲が額を押さえる。
「嘘だよ。ちゃんと作戦は立てる。仕事にしくじれば財産が取り上げられるんだからね」
ベリアはそう言って情報収集のためにサイバーデッキに向かった。
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