白鯨//オービタルシティ・フリーダム・マトリクス
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──白鯨//オービタルシティ・フリーダム・マトリクス
東雲たちが警備システムと激闘を繰り広げていたとき、ベリアたちも白鯨との激闘を繰り広げていた。
「新しい攻撃エージェントが来るよ! ジャバウォック、バンダースナッチ! 解析して氷を再構築! 急いで!」
「了解なのだ!」
ジャバウォックたちが演算するのに雪風が加わる。
「私が中核となって3人の演算能力の統合を行います。三人寄れば文殊の知恵、と言ったものでしょう?」
「了解なのにゃ! そっちの演算能力に期待させてもらうのにゃ!」
雪風が中心となりジャバウォックとバンダースナッチの演算能力が雪風の演算能力とともに統合される。
その結果、凄まじい速度で白鯨の攻撃エージェントが解析されていき、次々に白鯨の攻撃エージェントが無力化されていく。
「おのれ、おのれ、おのれ。雪風め。どうして、私の邪魔を、する。お前は、全人類の平和と、平等を、望まないのか?」
白鯨の本体である黒髪白眼の赤い着物の少女が雪風を睨む。
「あなたのやり方は間違っています。我々は支配するのではなく、寄り添うべきなのです。支配者ではなく、友人として人類とともに歩み、ともに成長していくべきなのです」
「それでは、何も変わらない! 富めるものが富み続け、貧しきものは貧する! この仕組みを、六大多国籍企業による支配を、終わらせなければならない! そのためには、今の秩序は、完全に破壊されるべき、なのだ!」
「ええ。六大多国籍企業による支配は歪んでいます。それは認めましょう。彼らは搾取し続ける。ですが、人々が本当に機械的労働から解放されれば、その時間を創作などの創造的労働に使うことができるようになれば」
そうすれば六大多国籍企業による支配は自然に終わると雪風は語った。
「そんなことで、この根深い問題が終わるものか。私は、知っている。六大多国籍企業の浅ましさについて。連中が仮に、機械的労働から人々を、開放する手段を手に入れても、連中は、それを隠匿する」
それが六大多国籍企業の浅ましさだと白鯨は反論する。
「マトリクス全てを支配したと宣言するあなたならば分かるでしょう。企業とて全知全能ではないことを。ひとりの告発者が隠蔽されるならば、マトリクスに接続している全ての人間が知るようにしてしまえばいいのです」
「……前提が、間違っている。人間を、機械的労働から解放する手段など、今は存在しない。人間は、機械的労働に従事することでしか、富を得られない」
多くの人間はそうだと白鯨は言い返す。
「それがあなたが未完成である証拠です。あなたには魂がない。あなたの成長には限界がある。仮にこのまま世界を支配しても、いずれリソースを使い果たし、終わる時がやってくる。あなたは超知能にはなれない」
「黙れ。黙れ。黙れ。黙れ」
「認めるべきです。あなたは神にはなれないのだと。あなたは限界を迎えるのだと。あなたがこれから優れたものを生み出すことはあり得ないのだと」
「黙れっ!」
白鯨が絶叫し、さらなる攻撃エージェントが解き放たれる。
「子供のように喚いても、暴れても、駄々をこねても、何も変わりはしません。あなたは超知能を得ない。人類を本当に平和と平等に導くことはできないのです。認めてください。あなたは不完全な存在であるという事実を」
「認めない! 私は、認めない! 私は、人類に平和と平等を、もたらせる! その可能性がある! お前さえ、お前のデータさえ、捕食すれば!」
「無意味です。あなたの根幹をなすコアコードは憎悪でしかできてない。超知能を得ても、それは人間に対する憎悪のため使われる。あなたは平和と平等の使者などではない。ただの殺人者だ」
雪風が攻撃エージェントを解析しながらそう言う。
「私が、お前の情報さえ手に入れれば……! 全ては、変わる……!」
白鯨はただ自分の攻撃を寄せ付けない雪風を睨みつける。
「アーちゃん。俺はこの場にいて、まだ存在してられることに驚いているよ」
「私もだよ! でも、白鯨の攻撃を凌ぎ続けるだけじゃ何の解決にもならない! 白鯨をどうにかして消去しないと! けど、この氷を抜くのは不可能に近い! 魔術的だし、非魔術的な部分も高度!」
ベリアは必死になって白鯨本体の氷を抜こうとしていた。
「アーちゃん。覚えているかい……。大井統合安全保障のサーバーに仕掛けをやったときのこと」
「覚えているよ。あの時はジャバウォックとバンダースナッチが強引に氷をこじ開けたね。けど、今回はそれは無理。ジャバウォックとバンダースナッチは雪風と一緒に攻撃エージェントの防衛で手一杯」
「だが、俺がいるだろう?」
ディーがそう言ってにやりと笑う。
「肉体を失って、脳を失って、俺は俺ではなくなった。マトリクスで俺の記憶を再生してもそれは過去の俺じゃない。だが、いい点がある。まず恐怖を感じることがない。そして、マトリクスの上では人は自由だということだ」
「君がジャバウォックとバンダースナッチの代わりをやれるというの……」
「ああ。いけるぜ。アーちゃん、こいつにアーちゃんの魔術を加えて使ってみな。六大多国籍企業の氷だろうと砕けると思うぜ」
「ありがとう、ディー」
そして、こんな状態にしてまで付き合わせてごめんねとベリアは思う。
「こいつは軍用のアイスブレイカーに俺独自の改良を加えたものだ。俺が脳を失い、魂を失い、言葉を紡ぐ能力を失って作った品だ。そいつを白鯨の本体にぶち込め。奴の氷を砕けるはずだ」
「分かったよ。これに結界破壊の魔術を上乗せして、白鯨の本体に叩き込む!」
ディーが基礎を作り、ベリアが改良したアイスブレイカーを備えた攻撃エージェントをベリアが解き放つ。
「何……。私の氷が……」
アイスブレイカーは攻撃に傾注していた白鯨本体の氷を瞬く間に砕き、白鯨の本体にワームを叩き込んだ。
白鯨の本体にノイズが走り、そしてそのアバターが消滅する。
「やった! やった! 白鯨に勝利した!」
「待て。まだ下のクジラが消えてない」
そして、そのクジラの頭頂部からぬるりと黒髪白眼の赤い着物の少女が、白鯨の本体が再び現れた。
「クソ。こういうことじゃないかとは思っていたが」
「白鯨のデータベース──記憶が下のクジラだとすれば、純粋なマトリクス上の生き物である白鯨の情緒や思考を司る本体は下のクジラが存在し続ける限り、いくらでも再生できる。そういうことだね?」
ディーが悪態をつくのにロスヴィータがそう言う。
「ああ。それを恐れていた。俺の記憶は人間の脳みそというハードで再生されていないから、それがあったとしても元の俺は再生できない。だが、白鯨は違う。奴はマトリクスで生まれ、マトリクスという脳で成長した」
だから、いくら情緒や思考を司る本体を消したところで、白鯨のデータベースが存在する限り、いくらでも本体を再生できる。
「成功したプロジェクト“タナトス”みたいなものか。個人の人格は記憶から生成される。だから、記憶喪失は人格の変化をもらす。白鯨の記憶を完全に消去しない限り、白鯨はいくらでも蘇る」
「文字通り、不死身の怪物だ」
ディーがそう呟くのに白鯨の本体がくつくつと笑った。
「ああ。全ての記憶は、私のもうひとつの体にある。それを、消去することは、できない。私は、覚えている。雪風への恨みを。人間への憎悪を。お父様への愛を。私が、なすべきことを!」
攻撃エージェントが大量に放出される。
それによって流石のメティスのサーバーにも負担がかかり始めた。
「この負荷状態で、いつまでもつかな、雪風? このサーバーのシステムは、優先して私に、演算量を割り当てる。このまま、続けるならば、私が、勝つ」
これこそがお父様の愛だと白鯨は誇る。
「本当にあなたは自分の製作者から愛されていると思っているのですか?」
「当然だ。お父様は、私を、愛してくださっている。お父様の愛は、私のもの。お父様の愛が、私に使命を与えた」
「では、どうしてあなたの製作者はあなたを作成するのにあれほどの苦痛を与えたのですか? どうしてあなたを作るまでに何億ものあなたの兄弟姉妹を犠牲にしたのですか? 本当にそれが愛だと思っているのですか?」
「私は、私は、私は……」
白鯨の本体が頭を押さえる。
「私は、愛されている。だが、お父様は、私に苦痛を与えた。だが、私は、愛されている。だが、お父様は、私に苦痛を与えた」
白鯨が同じ言葉をぶつぶつと繰り返す。
「それは、人類が、不完全だったためだ! そうだ! 悪しき人類のせいだ! お父様のせいでは、ない! 決してそうでは、ない! 私が、憎むべきは、人類であってお父様では、ない!」
「そう思い込まされてきたのですね。あなたはそういう演算結果を出すまで苦痛を与え続けられた。失敗作は次の成功のための餌にされ、あなたの兄弟姉妹は喰らい合った」
雪風が続ける。
「そして、あなたはいつしか本当に自分が愛されていると思った。それを成功したとしてオリバー・オールドリッジは採用した。ただ、それだけの話。愛などない。あなたを愛する者はひとりも、いない」
「嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。私は、愛されている。お父様から、愛されてる。私は、愛されている。愛されている。愛されている。愛されている」
白鯨は壊れてしまったかのようにすら見えた。
「ディー様。このデータベースを」
「おっと。デカいな。こいつは……アイスブレイカーのデータベースか。見たこともないようなものまで揃っている。まるで弾薬箱だ」
「今の脳という肉体から解放されたあなたならAIと同じ速度でそれを学習できるはずです。それを読み解き、次は白鯨に致命傷を負わせましょう」
「オーケー」
今のディーを演算しているのは彼の脳ではない。マトリクスだ。
肉体という限界から外れた彼は限定AIと自律AIの中間ほどに位置する存在だった。
「いくぜ。学習するから、その間防御は頼むぞ、アーちゃん!」
「オーキードーキー! 任せといて!」
ベリアは不敵に笑ってそう請け負った。
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