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第十二章・解散(六の2)

 ******


 病院の治療室では、雅と紀伊也がモニターに囲まれた司を見守っていた。

外傷がほとんどなく、治療自体すぐに終わったのだが、ほとんど息がないのだ。

心拍を示すモニターにも、ほとんど波が見られない。

脳波も同じだった。

そして、突然、ピーーという音と共に、心拍を示すモニターの波が直線に流れ、二人は青ざめて、そのモニターに釘付けになった。

「し、心拍、停止!?」

次に、他の全てのモニターからも、同じような音が聴こえ、慌てて見渡すと、全ての線がが一直線に伸びていた。

それと同時に、室内の電灯が一瞬消え、数秒間暗闇に包まれた。

再び灯りが点くと同時に、司とをつなぐ脳波が切れた。


 それは、スイスのユリアの自宅に居た和矢にも感じた。

「切、れた・・・」

「え?」

突然、茫然となった和矢を、ユリアが不思議そうに首を傾げた。

「どうしたの? いきなりボーっとして。私、何かおかしな事、言った?」

「切れた・・・よ・・。脳波が切れた、んだ。ユリア、司・・・、司に何か、あった・・」

ユリアを見つめる目が、宙を彷徨さまよっている。

ユリアは一瞬和矢が何を言っているのか解らず、窓際に立っていた翔に助けを求めるかのような視線を送ったが、翔と目が合った瞬間、二人ともハッとなって、奥の書斎へ走った。

隠し扉を開け、三台のモニターを見た時、ユリアは愕然と立ち尽くし、息を呑んだまま一台のモニターの前に、恐る恐る近づいて行くと、その一直線に流れる線をじっと見つめた。

「どういう・・・事、なの?」

振り向いたユリアの顔はこわばり、今にも泣き出しそうだ。

「ショウっ、ツカサがっ!?」

突然、取り乱したように、翔に掴みかかろうとするユリアを抱きかかえ、居間へ戻るとソファへ座らせた。

そこには、先程から動かず、耳を澄ましているかのように何かに集中している和矢がいた。

「カズヤっ、何してるのっ!? 早くキイヤとっ・・・」

「落ち着けユリア。・・・カズヤどうだっ!?」

ユリアの両肩に手を置いたまま、和矢に訊く。

「紀伊也が何とかしてくれるだろう・・・それを待つしかない」

「とにかくツカサの所へ行かないとっ。・・やっぱり、あの時、無理にでも引き止めて話しておくべきだったわっ。私のせいで・・・っ」

手で顔を覆い、震える体を必死で保とうとしている。

考えたくなかった。司が死んでしまった、などと。

「自分を責めるな。とにかく日本へ行こう。手配は俺がする」 

そう言うと、翔はすぐ受話器を取った。


 ******


「司っっ!?」

思わず、司の体を揺すったが、首がガクンとうな垂れるだけで、何も感じて取れなかった。

「こんな事って・・・、ボンっどうなってんだっっ!?」

「落ち着け紀伊也っ、とにかく蘇生室へ運ぶ」

雅も肩で息をし、何とか自分自身を落ち着かせようとしていた。

雅としても、司が死んでしまった、などと考えたくなかった。

 四方を壁に囲まれた部屋へ司を運んだ。

以前この部屋で、眠っている司の側で、雅の父が死んだ場所だ。

 何とか助ける方法はないのか、模索していた

タランチュラに関して、この病院では無情にもひろし一人に任されていた。

『親友の妹だから』ただ、それだけの理由で、二人の兄から押し付けられた。

 波の打たないモニターに、茫然と目をやっていると、突然、紀伊也が右腕を振りかざし、自分のチェーンを司の右手首のブレスレットに巻きつけ、自分の額を司の額に押し付けた。

しばらくそれを見ていた雅は、紀伊也に懸けてみようと思った。

 今紀伊也は、自分の気を司に送り込んでいる筈だ。

本来これが逆の立場なら、何ら問題はない。 が、紀伊也から司へ送れば、何らかの拒絶反応があって当然なのだが、今の司の中には多少なりとも紀伊也の血が残存している筈だった。もし、それと上手く結合してくれるのであれば、可能性がない訳ではなかったからだ。

がしかし、紀伊也の命の保障はどこにもない。

 心拍停止から、一時間程が経った。

長く重苦しい沈黙を破るかのように、突然、全てのモニターが動き出し、緑色の線が、正常に波打ち始めた。

 成功したのだ。

が、それと同時に、司の体の上から、紀伊也の体がずり落ちた。

右手首のチェーンはつながったままだ。


 ユリア達三人は、三台のモニターの波が正常に動いているのを確認すると、急ぎユリアの自宅を後にした。

 空港に降り立った和矢が一番最初に目にしたのは、売店に並んでいるスポーツ誌の一面の記事だった。

それを、2、3誌買い込み、慌てて翔の後を追う。

和矢の手にした新聞に目をやった翔は、「遅かったか」と、一言だけ呟き、ため息を一つついた。

 光生会病院に着いた三人は、病院を取り囲んでいる報道陣を尻目に、急ぎ最上階の部屋へ向かった。





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