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外伝・出逢い(一)

司と秀也の出逢いの章。第五章・誘惑の中での晃一の回想シーンの続きです。

外伝 出逢い(一)


「悪かったな。で、どうなの?」

「いいよ」

男が応えると司はニッと笑って手を差し出す。男はその手を握り返した。

「決まったよ。オレ達のギターだ」

突然現れた見知らぬこの男が、ジュリエットの新メンバーに加わった事に周囲は驚いたが、他のメンバーは当然の成り行きのように見ていた。

「名前、何だっけ?」

「秀也。須賀秀也」

それが、司と秀也の最初の出会いだった。


 その後、司は秀也に話しかける訳でもなく、メンバーと離れ、一人カウンターでグラスを傾けていた。

 翌日の日曜日、スタジオを借りてバンドの練習があったが、司は顔を出さなかった。

「何だよアイツ。どうしたんだよ、せっかく秀也が来てくれたっていうのにさ。悪いな、呼び出してこれじゃぁ、印象悪いよな」

申し訳なさそうに晃一が秀也に頭を下げる。

「別に気にしてないよ。 けど、ホントに俺なんかでいいの? ジュリエットって言えば、すっげぇ人気のバンドなんだぜ」

秀也もO.Kしたものの、幾分恐縮してしまう。

昨夜も晃一が引き抜きに来た時、他のメンバーから散々嫌味を言われた挙句、憤慨した晃一と危うく喧嘩になりかけ、それを制しながら秀也も逃げるように去ったのだ。しかもメンバーからは絶縁状まで叩きつけられてしまった。

「アイツが決めたんだからそれでいいんだよ」

「アイツ?」

「そ、司が決めたんだ、俺達は何も言わねぇよ」

「ま、そういう事で、ヨロシク」

ナオが手を出す。

秀也は笑みを浮かべると頷いてその手を握り返した。

紀伊也の番になった時、一瞬紀伊也は息を呑んだが、慌てたように手を握ると

「司を頼むよ」

と一言だけ言った。それを軽く聞き流した秀也は

「しばらくは二人でやるんだろ、アメリカに行く前までに教えてよ」

と紀伊也の手を握ったまま言った。


 *****


 夕方、一人 鎌倉の海岸線を歩いていた。

春の夕陽が海の向方に沈みかけている。

「綺麗だなぁ」

胸が押し潰されそうな程に切ない気持ちとは裏腹に出て来た言葉だった。

しかしその言葉を口にしたとたん、何故かその切なさも何処かへ消えていた。

ガードレールに手をかけて、司は夕陽を見つめていた。

まるでその向方に亮がいるかのように話しかけていた。

「兄ちゃん、決まったよ。ジュリエットのギター。これからオレの隣で弾いてくれるんだ。ねぇ、兄ちゃんが探してくれたの?」

昨夜ゆうべの秀也を思い浮かべた。

「そうだとしたら嬉しいな。ありがとう」


 あれ? 

ポケットに手を入れて、沈んで行く夕陽を見つめながら歩いていると、目の前に見た事のある少年がいる。

夕陽に反射して、髪の色がまるでブロンドのように明るい綺麗な栗色に、思わず見とれていた。

 人の立ち止まる気配に振り向いた司は、「あ」と言ったまま固まってしまった。

「司?」

眩しそうに目を細めながら近づいて来ると、目の前で止まって見下ろされた。

 昨夜は然程さほど気にならなかったが、身長の差が10cm以上はあるだろうか、それにスタジアムジャンパーを羽織っているからだろうか、肩幅がやけに広く見えた。

何かスポーツでもやっていたのだろうか。 他人の体の事など気にした事もなかった司は、思わず面喰ってしまった。

「秀也・・・?」

「うん、・・・あ、今日、スタジオ行ったんだぜ。なのに司が来ないから、みんな怒ってたよ。どうしたの? こんな所で」

「え、ああ。ちょっと、その・・墓参り・・・」

宙に視線を泳がせながら応えた。

「墓参り?」

辺りを見渡しながら言うと、司の先の夕陽に目を止めた。

「もうすぐ沈むよ、・・・ホラ」

瞬間的に司は振り向いて、沈んで行く夕陽をじっと見つめた。

徐々に辺りが暗くなって行く。

二人は水平線の朱い色が無くなるまで、黙って同じ方向を見ていた。

 すっかり暗くなり、波の音が夜の闇に響き始めた。

「帰ろうか、送ってくよ。家は何処? 都内?」

「あ、ありがとう、でもいい。車待たせてあるから。それに今日は戻らなきゃならないし」 

コートのポケットに手を入れながら、秀也の好意を嬉しく思った。

「戻る?」

「うん、平日はね静岡にいるんだ。高校があっちにあるから」

「へぇ、静岡か。俺もそうだよ」

「え?」

嬉しそうに言う秀也を見つめた。

「実家がね清水にあるんだ。でも何でわざわざ静岡なの? こっちなら、いくらでもいい学校あるでしょ」

「ん・・・、まぁね・・。環境、がいいかな。空気は綺麗だし、水は美味しいし、東京にも近いし・・・」

「ま、田舎だからね。・・・それだけ?」

「え・・・ま・・」

「ふーん」

他にも理由はあったが、えて言わなかった。

それに心臓の事も。

日本の何処に住むかはどこでも良かった。

ただ、東京だけは避けたかった。 実家に住むなど到底出来ない。 毎日Rと顔を合わす事だけは、何としてでも避けたかった。

それに、ロンドン・パリに住んでいる頃から、心臓の容態が思わしくない事も確かだった。

初めて発作を起こしたのは13歳、ニューヨークにいたあの時だった。

一時治まったのだが、ロンドンで亮と関係を持った時からおかしくなっていた。風邪をひいて熱が出た時は最悪だった。特異体質で高熱が続いた挙句の発作だ。その時程自分の体を呪った事はないだろう。

そこで、亮とも相談した結果、東京に近く、住みやすい所と言えば、静岡だという事になったのだ。

それにもう一つ重要な事は、若宮わかみや和矢かずやがいる事だった。

タランチュラの右腕とも言うべき、獰猛どうもうなハヤブサである和矢に、司を守らせる事だった。


「ね、今度・・・」

「え? 何?」

秀也が何か言っていたが聞いていなかった。

「今度、実家に帰った時、案内してやるよ」

「ありがとう」

秀也のその少し垂れ下がった目が笑うと、亮の優しい微笑みと重なる。

思わず司も微笑み返していた。

「じゃ、また来週」

片手をポケットから出して軽く手を振ると、再びポケットに手を入れて秀也の前から去った。


 ******


「・・っさ、司っっ」

「え? あ、ああ」

「何、ボケーっとしてんだよ。もうすぐ授業始まんぞっ」

校舎の渡り廊下の窓から、ボーっと外を見ていた。

さっきまで下の中庭では、上級生達がボールを蹴って遊んでいたが、ふと気付くと誰もいなくなっている。

振り向くと、呆れたように和矢が立っている。

「 ったく、大丈夫か? ・・・まだ、ダメ、か?」

亮の死のショックから立ち直れないでいるのは解ってはいた。しかしもう死んでしまった者は生き返っては来ない。和矢としても亮の死は大きかった。それ故、司に亮の事を忘れろとは言えずにいた。

「あ、いや、・・・大丈夫だよ、ごめん」

司は首を横に振ると、教室に向かって歩き出した。


「 っきっ、こうづきっ、光月っ!」

「え? あ、はいっ」

ハッと顔を上げると、教壇の上から英語の教師の鎌田が睨んでいる。

「まったく、新学期早々何ボケーっとしてんだっ。春に眠くなるのは解るが、他の動物は冬眠から覚めてるぞ。今言ったページ、読んでみろ」

「はいはい」

仕方なく立ち上がると読み上げる。

噂には聞いていたが、ここまでネイティブな発音で読むとは思ってもみなかった。2年生になり、新しいクラスでの初めての英語の授業に、クラス中の注目を浴びた。

「ついでに訳せ」

「はいはい」

そのまま、何のためらいもなく訳していく。

司にとっては、一体何の為になるのか解らない。ただ、ここまで詳しい文法をやる事には興味を持っていた。

「そう言えば、昨年の成績は学年でトップだったよな。今年も頑張ってキープしてみろ。もし、1年通して全部の試験でトップだったら、逆立ちして校舎を1周してやるぞ 」

一斉に笑いが起こる。

恰幅かっぷくのいい男の教師だったが、柔道部の顧問もやっており、根が明るく、生徒からもウケがいい。 刃向う生徒には平気で技をかけていた。

司も嫌いではなかった。海外にいた時には、決して見る事のないタイプだった。

「おおっ、言ったね。そのセリフ、後悔すんなよ。みんなも覚えとけよ。来年の3月には逆立ちしてもらおうじゃねぇの」

いつもの調子で応えると、教室の中は笑いに包まれた。


「なぁ、司、ホントにお前大丈夫なの? 食欲もなかったみたいだけど」

自転車をこぎながら、後ろに座る司に振り向いた。

ちょうど目の前の信号が赤になった。

「大丈夫だって、心配すんなよ。ホラ、明日ライブだから少し緊張してんのかも」

「何で?ライブくらいで」

「だって、先週が久々だったんだぜ。明日なんてオリジナルやるからもっと久々だよ。・・、11月以来なんだから・・・」

「そっか・・・、そうだよな。そう言えばさ」

言いながら自転車をこぎだす。信号が青に変わったのだ。

「新しいギター、見付かったんだって?」

「・・・・」

「良かったな。で、紀伊也の代わりは務まりそうなの?」

「う、うん・・心配ない。秀也なら大丈夫」

「秀也?」

「うん、あ、ギターのヤツね」

「ふーん、誰の紹介?」

「え・・・、晃一」

「ふーん、大丈夫なの?」

「何が」

「いや、晃一の紹介で・・・」

「そう? でも、ナオだってそうだし、アイツの見る目も悪くないと思うけど」

「まぁ、お前がいいって言うんならいいけど。今日だってそいつの事考えてたんじゃねぇの?」

「え・・・?」

思わず見透かされたような気がして、ドキッとしてしまった。

和矢がこちらを見ていない事が幸いだった。

 本当はこの前の日曜の練習には、行かなければならなかった。

しかし、土曜の夜に秀也に会ってしまってから、次の日に顔を合わせるのが少し怖かった。もしかしたら会えないのではないかと思ってしまったからだ。

あの時、秀也を一目見て、いつも傍に居て欲しいと思った。

何故なら秀也には、亮の面影が残っているからだった。

それ故、もし、亮の生まれ変わりなのだとしたら。今日だけ、亮が甦ったとしたならば・・・。

そう考えると、次の日にはけてしまった魔法のように、何もないのではないかと思い、会いに行くのが怖かったのだ。

だから、日曜に実際、亮が眠っているかどうか確かめたくて鎌倉へ行き、墓参りをしたのだが、偶然にもばったりと、その秀也に会ってしまった。

その時、司には亮の魂が抜け出て、秀也に乗り移ったのではないかと、錯覚しそうになっていた。

でも、明日のライブには秀也は来る。

ステージにこそ立ちはしないが、必ず来るのだ。

本当に会えるのだろうか。その事だけをずっと考えていた。


「司、着いたぞ」

ブレーキをかけて自転車を止めると、和矢が振り向いた。

「サンキュ」

言いながら司は飛び降りた。




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