忍び寄る崩壊
ノンナがいなくなった後のメルバ国は、すぐに何かが変わったわけではない。
邪魔な相手を追い出せたとディシュリーとガルシアが、では後はいかに相手を出し抜いて王子に自分を結婚相手として選んでもらうか……そんな風に策略を巡らせていたくらいだ。
少なくとも最初の二か月くらいまでは、平穏だった。
何となく変化が出てきたのは、ノンナがいなくなって二か月と半分が過ぎてからだ。
季節が夏から秋へと変わり、肌寒い日が増えた。
そのせいだろうか、季節の変わり目に風邪を患う者が出た。
そこまでは、別に珍しい事ではない。
しかし今年の風邪は性質が悪いものだったのか、爆発的に流行し平民も貴族も関係なしに広まった。
そうなると忙しくなるのは医者だ。
お抱えの医者がいる貴族たちはともかく、そうでない貴族は医者を呼び寄せ診察を受けるし、平民たちは医者のところへ足を運び診てもらう。
今年の夏は暑い日が多かった。そのせいで涼しくなればその分朝晩の寒暖差が激しかったのもあって風邪を引いたのだろうなぁ、と多くは思っていたし診断結果も大体そんなところだった。
ちゃんと暖かくしてご飯を食べて薬を飲んで早めに寝て下さいね、というのが大抵の人が医者から言われた言葉だ。
風邪なんてここ最近引く事なかったから、なんだか久々だな……なんて思う者が多く、慣れない不調にともあれ早く治そうと医者の言葉を聞き入れた者もいたけれど。
しかし一部の者たちはあまり深刻に考えていなかった。
確かに今までだって体調を崩す事はあったけど、寝て起きたら大体すぐ治ってたし、まぁそんな気にする事もないだろう。
そんな風に軽く考えて、一部の者は医者にかかる事もせず、とりあえず、でご飯を食べはしたけれど、夜更かしをした者や、逆に早めに寝はしたけれど食欲がないからと食事をとらなかった者。
まぁどうせすぐ治るだろ、とちょっと怠いけどまぁ、これくらいなら……と体調不良から目を逸らして普段通りの生活をしていた者もいた。
いつもなら、三日以内には大体治っていたはずなのに。
しかし今回の風邪はしつこく長引いた。
医者の言葉通りにしていた者たちはそれでも一週間以内に治ったものの、しかしそうじゃなかった者たちは治りそうで治らない微妙な状態が続いていた。
治りかけた頃に、このまま治るだろうと甘く見ていた者たちは、しかしそこから他の者の風邪をもらったのか悪化する者もいた。
治りかけてもまたぶり返す。それを繰り返して気づけば一月以上風邪を引き続ける者もいた。
その間に、風邪の症状もよけい強化されたのか、最初はちょっと寒気がするなぁだとか、咳が出るなぁ、鼻水が出るなぁ、くらいのやつが熱が出て寒気が止まらなくなって、食事をしても胃が弱っているのか食べた直後に吐いたり、かんでもかんでも鼻水が止まらず鼻の下の皮膚が擦り剝けてしまったなんて者も出るようになってしまった。
食べても気持ち悪くてすぐ吐き出してしまう者は下手をすると薬を飲んだ直後にも吐く始末だ。
今までは軽度だった風邪の症状はみるみる悪化していって、マトモな日常生活を送れない者が増えた。
ベッドから起き上がれない者が増え、薬を飲んでも症状が軽くなるでもない。そうこうしているうちに別の病気まで合併してしまった、なんて者も出る始末。
更に、患者の数が増えた事で医者の負担も大きくなって、とうとう医者までもが倒れた。
医者だけではない。薬師もだ。
それでもまだ国全体がそうなったわけではなかった。
王家主体でこの事態をどうにかするべく動いたが、しかし悪い事というのは立て続けに起きるもので。
トラム国とは反対側の隣国から、ならず者たちがやってきた。
国境沿いの小さな村へ流れてきた彼らは、まずその小さな村で略奪の限りを尽くした。
体調不良だからとて、ならず者たちがそんな事情を考慮して配慮してくれるわけでもない。
こいつぁいいタイミングだったとばかりに村人たちを殺した後は、それぞれの家にある金になりそうな物を根こそぎ奪った。
そうして彼らは、次の町へ繰り出して、そこでも同じように金品と命を奪っていったのだ。
ならず者たちは、隣の国でお尋ね者となってしまっていた。
最初から一団となっていたわけではなかったけれど、逃げるうちに同じような状況になっている連中と出くわして、そうして手に手を取って隣国の警邏の者たちを翻弄し逃げてきた、言ってしまえばどうしようもなく救えないタイプの悪党だった。
そんな彼らが国境沿いの守りの薄い場所からメルバ国に逃げてきた事こそ、メルバ国にとって最悪の事態となってしまったのだ。
最初の村で彼らはてっきり何か、流行り病でもあるのかとぎょっとしたというのに、しかしならず者の中にはかつて医者をしていた者がいて、どうにもただの風邪が悪化しているだけと知り、流行り病だったならそれこそ一目散に村から逃げただろうけれど、そうではなかったからこそ彼らは何を恐れるでもなく犯行に及んだ。
次にたどり着いた町でも同じように風邪で寝込んでいる者が多く、なんでこの国たかが風邪でこんな事になってんだ……? と思ったものの好都合なので遠慮も何もなく家に押し入っては金を奪い、時に命も奪っていった。
追いかけてくるような体力がある者は殺したけれど、寝込んで動けそうにない奴らは放置した。
仮に体調が回復した頃には、彼らだってここからとんずらしているという理由で。
勿論彼らを好き勝手のさばらせておくわけにはいかぬ、とどうにか生き残った者は上へ助けを求めた。
そうして事態を重く見た王は兵士を派遣したのだ。
ディシュリーの加護によって、この国の兵士たちは一騎当千とばかりの活躍ができるくらい強い。
多少統制がとれていようとも、所詮ならず者たち相手に後れを取るはずなどない……はずだった。
兵士たちとて普段から鍛えていたので、国中で流行した風邪にかかっても寝込むまではいかなかった。
それでも、風邪を引かなかったわけではない。何せ国中で流行していたのだ。自分がまだ風邪を引いていなくても、同僚の家族や友人が感染してしまえばそこから結局自分たちも感染してしまった。
寝込む程ではないとはいえ、それでもいつもと比べると若干の怠さは否めなかったが、しかし犯罪者を放置するわけにはいかない。
すっかり略奪と殺戮に慣れてしまったならず者を相手に、兵士たちは速やかに彼らを討伐するつもりであったのだが――
負けた。
国内で凄まじい勢いで感染した風邪に、ディシュリーも倒れていた。
そのせいで祈る事もままならなくなって、結果的に加護の力が薄れたのが原因だった。
ディシュリーは戦の神から祝福を与えられていたからこそ、その加護は戦いにおいて発揮されるものではあったものの。
逆に言えば戦い以外ではあまり役に立たない加護なのである。
いくら加護があっても、戦うべき者が病に侵されていればその加護は万全とは言えず、十全に機能しない。
身体の内から滾々と力が湧き出るにしてもその器が弱っていれば、最悪器が壊れてしまいかねない。
軽度の風邪で済めばまだしも、ならず者たちと対峙した時点で兵士たちのほとんどは本来ならばちゃんとベッドで寝ていなければならない程度には重症であった。
本来ならば、ならず者たちなど敵ではなかった。
しかし今の彼らは船底に穴が開いて浸水してしまった船のようなもので。
折角の加護があっても、しかしその力は彼らの思うような結果を与えてくれなかったのである。
最初から全兵力を投下したわけではないが、しかし送った兵士たちが負けたという報せを受けて、騎士たちはならず者と見せかけて実は隣国が侵略のために送り込んだ軍の人間なのではないか、という疑いを持った。
騎士たちもまだ寝込むまではいかなかったが、しかし発熱のせいで思考がぼうっとして上手く定まらない。
上の指示をもらうにしても、この頃には国王も発熱と頭痛のせいで、上手く考えがまとまらない状態であった。
会議をするにしても、ふらつく身体でまともに立っているのも辛いのだ。
それ以前に、身の回りの世話をする者たちもほとんどが倒れてしまったのもあって、とてもじゃないが人前に出るに相応しいとは言えない状態でもあった。
だがしかし、身だしなみが整わないから人前に出ないというわけにもいかない。
これ以上悪党を野放しにしておくわけにはいかないのだ。
だが、何かを言おうにもふわふわとした意識が、口を開いても何を言うべきだったのか、それすら即座に忘れさせてくるので。
会議は遅々として進まなかったし、そうこうしているうちにならず者たちは他の場所へ移動して……どうやら王都がある方へ近づいているらしいという報告だけはかろうじて聞く事ができた。
最初こそ自らの足でもってこの国に入り込んだならず者たちは途中で馬を奪ったらしく、その速度はこちらの予想を上回る程。
こちらから向かうのではなく、待ち構えた方がいいというところまでは話が進んだけれど、しかしこの時点で薬が切れた。
効果が、という意味ではない。
物理的な意味で風邪薬がなくなってしまったのだ。
今まではあまり風邪を引く者も出なかったというのに、ここにきて爆発的に流行した風邪の薬は、しかし薬師たちまでもが風邪で倒れた事で生産量はそこまで増えるわけでもなく、今までの在庫でどうにかしていたがとうとうそれが尽きたのである。
朦朧とする意識。
止まらない鼻水。
そのせいで会話もままならない。
薬で多少症状が緩和されていたというのに、しかしここに来てその薬も尽きた。
最初、国内で風邪が流行った時はまさかここまでとは思わなかった。
多少長引いても一月程で治るだろうと思っていたのだ。誰もがそんな風に軽く考えていた。
これが別の病気であったなら深刻に事態を受け止めたかもしれない。
しかし風邪だったからこそ、そこまで深刻に受け止めなかった。
結果が今だ。
最初は数名だったはずのならず者たちは、途中で似たような悪党を仲間につけてその数を増やし、流石にシャレにならない規模になっていた。
まだかろうじて動ける兵士や騎士たちで王都の守りに入るにしても、このままでは明らかに不利。
せめて多少はこの症状を緩和しなければ……と彼らはダメ元でガルシアの加護に頼る事にした。
ガルシアは癒しの神から祝福を授かっている。
彼女もまた風邪で早々に寝込んでいたので、最近特に祈る事もしてなかったからこそ、その加護はあまり期待できないかもしれないが、それでも騎士たちは藁にも縋る思いで戦いの前に教会で祈って加護を得ようとした。
ところが。
そうして仄かな加護を得た直後は一瞬身体が楽になったような気がしたものの、そのすぐ後に症状が怒涛の如く押し寄せてきた。
先程まではまだ立って歩けていたのに今はもう視界からしてぐにゃりと歪み、マトモに立っていられなくなってしまった騎士は無様にもその場で倒れた。
普段であれば失態だと思っただろう。
しかし倒れた騎士はそんな風に思う余裕すらなかったのである。
くらくらする。
目が回る。
頭が痛い。
助けを求めようにも、喉が張り付いたみたいになってしまって声が出せない。
それでもどうにか出せた声は、しかし言葉にならなかった。
意識はまだあるものの、自分で発した声がまるで意味のないものだった事に「あれおかしいぞ」と思いはするけれど、それだけだった。
おかしいのは頭で理解できているけれど、身体がまるで自分のものではないみたいに動いてくれない。
熱が上がったのか身体は熱いのに、けれど指先がやけに冷えている、と感じた。
熱くて熱くてどうしようもないのに、身体は寒さに震えて止まらなかった。
恐怖で震えている方がまだマシだったかもしれない。
結局騎士たちはまともに動けないまま、倒れたその場で意識を失い――
その後押し寄せてきたならず者たちにあっさりとその首をとられたのである。
ガルシアが授かった祝福はあくまでも怪我を治すもの。治りを早めるだけのものだった。
失った身体の一部が復活するだとか、そういった効果はない。
癒しの神の祝福がもっと強ければ、もしかしたら欠損を治せるだとかの奇跡みたいな力になっていたかもしれないが、ガルシアに与えられたのはあくまでもそれなりの怪我を治すだけのものでしかなかった。
その加護にあやかる者たちの大半は、兵士たちだった。
魔獣や魔物、犯罪者を相手に戦う兵士たちは生傷が絶えない。
訓練などでも怪我をする事はあったし、ディシュリーの加護があっても無傷とはいかなかった。
それ以外で癒しの力に頼る者はといえば、体力仕事などで怪我をした者が多く、家の中でちょっとした怪我をした程度なら大半の者たちはすぐ治るからと別に神殿で加護を貰おうとはしていなかった。
それもあってガルシアもまた神殿で祈るのは数日に一度といった程度だったのだ。
ある程度聖女としての役目をこなした後は、ディシュリーもガルシアもお茶会を開いては自分の味方を増やすために活動していた。
味方になる者を増やすだけではなく、邪魔な相手を蹴落とすための情報操作。
それから、王子と会う時にいかに彼に自分を良く見せるか。
そういった部分に力を入れていたので、聖女として、という意味ではディシュリーもガルシアもある意味で最低限の働きしかしていなかった。
それでも効果があったし、今まではそれで困る事もなかったので。
けれども、困ったと思った時にはすっかり手遅れだったのだ。
ガルシアもディシュリーと同じように風邪を引いて、最初の内は部屋でのんびりと過ごしていた。
風邪の引き始めの時点では、自室で本を読む程度の余裕はあったくらいだ。
けれど、ガルシアの身の回りの世話をしているメイドたちにも風邪が広まり、このままではガルシアにも感染させてしまうかもしれない……とガルシアの周囲から人が減って。
最終的に風邪を引いていない者がいなくなった時点で、誰も世話をしないというのも問題であるとなって、症状が比較的軽い者がガルシアの身の回りの世話をするようになったけれど。
その頃にはガルシアも症状が悪化してベッドの上で上半身だけを起こして本を読むなんて事もできなくなっていた。起きていると身体の節々が痛むからとベッドに横たわり、浅い睡眠を何度も繰り返した。
外に出る余裕もなかったから、着替えて出かけるという発想は早々に消えた。
神殿で祈りを捧げなければ……と思っても、ベッドに横になっているだけでも辛いのに、身だしなみを整えて着替えて神殿まで出かける、という行程を考えるととてもじゃないが無理だった。
そうでなくとも食事ですら億劫なのだ。
どうやら料理人も何名かダウンしてしまったようで、今までのような食事を出される事も減ってしまった。とはいっても、豪勢な食事を並べられてもどのみちガルシアだって食べられる気がしないためそこに意識を向ける事もなかったくらいだ。
喉がカラカラになって水を飲むのも喉が腫れてるせいで痛いし、汗で身体はベタベタして気持ち悪いし、トイレに行くために起き上がるのも辛い。
何をするのも苦しくて、まさか風邪でここまで苦しむ事になろうとは……と。
そう思っていたのはガルシアだけではなかった。
その頃にはメルバ国の多くの者がそう思っていただろう。
ガルシアはここは神殿じゃないけれど、でももうそこまで行くのも大変だから……と言い訳をするような事を考えて、ベッドの中でとにかく祈った。
自分に祝福を授けてくれた癒しの神に、早く治りますようにと。
だがしかし、ガルシアに与えられた祝福はあくまで怪我の治りを早くするためのもの。健康な時はともかく、風邪を引いた挙句それが悪化した今となっては、その加護は体内のウイルスにも効果を発揮してしまって。
祈れば祈っただけ、ガルシアは自分の症状をより悪化させる事に気付けないまま意識を失い――そのまま目覚める事はなかったのである。
ディシュリーもまた、同じように祈り続けていた。
兵士たちがならず者に負けたという報せは、朦朧とした意識の中でぼんやりと聞いた記憶があるけれど、それが果たしていつの事だったか、すっかりわからなくなっていた。
一日の中で何度も寝て起きてを繰り返していたせいで、時間の感覚が早々に麻痺していたのだ。
それでもまだ動ける使用人たちに身の回りの事をしてもらっていたのだけれど。
しかしふと眠りに落ちて、そうしてその意識が浮上する直前で部屋の外から聞こえてきた声に。
お嬢様の加護はこういう時なんの役にも立たないのね。
そうね、戦の神ならこういう病にも打ち勝てる加護とかくれたっていいのに。
聞いた? よその国から来たならず者を倒そうとした兵士たち、負けたんですって。
えぇ、それじゃあ本当にお嬢様の加護とか役立たずじゃない。こんな時に発揮しないで何が加護よ。
聖女って言っても大した事ないじゃない。
ディシュリーの心は容易く折れた。
普段であったなら、そんな口を叩いた使用人を罰していたかもしれない。
しかし今のディシュリーは風邪で体調だけではなく、メンタルもやられていた。
そこにまるで自分が役に立たないかのような言われよう。
部屋の外での会話だというのに、やけに静かだったから思った以上にハッキリと聞こえてしまっていた。
それだけではない。
前に偽物聖女だって追い出された聖女様、あの人確か健康の加護だったっていうじゃない。
健康? まさしく今必要なものじゃない!
本当にねぇ……お嬢様とガルシア様がせっせと役立たずの聖女だなんて噂流してたけど……
えぇっ、もし今もいたらこんな風にたかが風邪で大変な目に遭ってなかったかもしれないのに。
こんな時だとお嬢様の聖女としての力の方が、役立たずというかなんというか……
決して大声で喋っているわけではない。
部屋の外で話をしている使用人だって、風邪でそれなりにきつい状況の中仕事をしているのだ。
疲れもあって、ぼそぼそと低い声で喋っているそれが、静まり返った屋敷の中でやけに響いて聞こえているだけに過ぎない。
普段よりも声を潜めているから、まさかディシュリーの部屋にその会話が聞こえているとは思っていないに違いなかった。
元気な時ならディシュリーはなんて失礼なの! と怒ったに違いない。
けれど、心が弱ってしまった時に、まさか自分が役立たずなんて言われるとは夢にも思っていなかったのもあって。
あっけないくらい簡単に、ディシュリーの心はぼっきり折れてしまったのだ。
知らず流れていた涙を拭う事もせずディシュリーはベッドの中で身体を丸めて縮こまった。
声を上げて泣くだけの体力も気力もなかったし、すっかり泣き疲れてまた眠って。
そうして目が覚めたのは、すっかりと暗くなってからだ。
身体がギシギシと痛んで悲鳴を上げている。
本当は起き上がるのも辛いし、ずっとそのままでいたかった。
けれども、眠る前に聞こえてきた会話がディシュリーの中でぐるぐると回っていて。
あれは悪い夢だったんじゃないか……そんな風に思おうとしたけれどできなくて。
痛む身体を無理矢理起こしてベッドから降りる。
「助けてください神様……
助けてよ……アレフ……」
真っ暗な中、窓から差し込む月明かりだけが唯一の光源だった。
アレフ、と口にした名前に一瞬ディシュリーは何を言ったのか自分でも理解できなかった。
そうだ。アレフ。
騎士になるんだって言って、そしたらディシュリーを守るからって言っていた優しかった幼馴染。
けれど、初めての遠征で魔獣と遭遇して不幸にも死んでしまった幼馴染。
どうして忘れていたのだろう。
わたくしの加護が、もっと早くにあったなら。
そうしたら彼は死なずに済んだのかもしれない。
悲しくて泣いて泣いて、その後は神殿でアレフのような犠牲者がこれ以上でないようにと祈っていたはずなのに。
その気持ちが薄れてしまったのは果たしていつだっただろうか。
イアン殿下と結婚できなければ、他の貴族に嫁ぐ事になると言われて、その候補と殿下なら殿下と結婚した方がいいと思って。
そうしてガルシアと殿下を奪い合うような形になって。
殿下の事は嫌いではないけれど、でも他の結婚相手になるかもしれない相手よりマシ、なんていう妥協みたいな考えが根底にあって恋をしていたとは言い難いし、ましてや愛なんて言えるはずもなかった。
だって。
本当に好きだった人はもうとっくに――
役立たず。
その言葉が突如蘇る。
「あ……あぁ……」
頭の中で使用人の声が反響する。
役立たず。
言われた事はないはずなのに、父の声で、母の声で、その言葉が頭の中で響く。
ズキズキと痛む頭を顔をしかめて押さえた。
役立たず。
それは、忘れたと思っていた幼馴染の声で。
「ちがう、ちがっ……わたしは、わたくしは……っ」
アレフはそんな事を言わない。言った事なんて一度もない。
なのに。
やけにハッキリと聞こえた声に。
ディシュリーはまるで逃げ出すようによろけた足を動かして――
窓を開け、バルコニーへ出る。
そうして――
「わたくしはっ……やくたたずなんかじゃな――」
言葉は最後まで続かなかった。
ドサリと重たい音がして、ディシュリーの身体はバルコニーから地上へと落下して動かなくなったから。
けれども、ディシュリーにとってはこれで良かったのかもしれなかった。
何故ならこの後、ならず者たちが屋敷に襲撃を仕掛けてきたからだ。
もしディシュリーもまだ生きていたのなら、ならず者たちに襲われていたに違いないし、ただ死ぬ以上に酷い目に遭っていたかもしれないのだから。
ディシュリーの加護で兵士たちが強化されて一騎当千って作中で言ってるけど、あくまでも人間の範疇。某無双ゲームみたいに一人で数千人マジで倒せるくらいにはなってない。
RPG風に言うなら加護無しの状態だと大体LV5~10くらいの兵士たちは加護バフでLV25~30くらいまで上がる程度。
ゲーム終盤の気持ちで見るとどっちにしても雑魚ステータスだけど、序盤目線で見れば結構大きい。
実際某戦闘民族みたいにものっそい修行したとかでもなしにこんだけ上がれば普通の人間からすればまぁすごく見えるよねっていう。
ついでにガルシアの癒しの加護はホ〇ミとかケア〇とかではなく、竜がまたいで通る系ヒロインのラノベの治癒と同じようなもの。骨はくっつくけど風邪は悪化するよ。




