79話 エキシビションマッチの誘い
「今年もエキシビションマッチを行おうと考えているが、どう思うかね」
試験会場の応接室でモニターを見ていた一樹に対して、義一郎が尋ねた。
一樹が周囲に視線を巡らせると、同席している沙羅は1年前を懐かしそうに振り返る表情を浮かべており、花咲はエキシビションマッチの開催について興味を示しながら話を窺っていた。
「確かに昨年と同様、1位と、2位および3位で、陣営が分かれていますね」
二次試験の結果は、1位の凪紗が、昨年の一樹よりも下。2位の香苗と3位の柚葉は、昨年の沙羅と紫苑と同等だった。
それだけであれば、昨年よりもバランスが取れており、試合になるように見える。
だが香苗はC級中位で、柚葉はC級下位の力だ。
そして凪紗は天才との前評判があり、実際に沙羅や紫苑よりも上の霊符を作成した。沙羅や紫苑は昨年C級上位だったので、凪紗の力はB級となる。
C級がB級に勝つのは、大番狂わせで、基本的には起こり得ない。
「ですが勝敗は、明らかです」
妖怪は、修行せずとも基礎能力が高くて強い。
柚葉は龍神の力の一部を宿しており、香苗は豊川稲荷で継承を行った。
そのため一樹に習って4ヵ月の部分については、単純な人間と比べてはいけないだろう。
だが訓練された人間も強い。戦闘では、昨年の沙羅と紫苑には負けると思われる。今回の相手は1人で、柚葉と香苗は2人掛かりだが、ランク1つの差は人数差を軽く覆せる。
「君は、両者をどの程度だと見積もっているのだね」
「祈理がC級中位、赤堀がC級下位、凪紗さんがB級中位ですね」
一樹は二次試験の結果から、凪紗がB級中位に届いていると見積もった。
断言された義一郎は、姪の力については否定せずに、意外そうな表情を浮かべた。
「私は2人をC級上位と見積もっていたのだが」
凪紗の力について否定しなかったのは、認めたようなものだろう。
――B級上位という可能性もあるが、それは極小だな。
柚葉と香苗がC級上位だった場合、試合が成立する相手の強さは、B級中位までだ。
龍神や豊川の件を踏まえても、C級上位2名とB級上位1名では、5倍差になってしまう。
そこまで差があれば、一方的な戦闘で一樹の弟子を倒す形になる。
一樹と五鬼童家の関係が、昨年のエキシビションマッチだけであれば、五鬼童家も強いのだと世間に見せるために一方的な蹂躙を行わせたかもしれない。
一樹は、絡新婦の件で五鬼童家に恩を売った。
それについては沙羅が返済中で、金銭的には幽霊船の共同依頼で五鬼童家からも支払われた。
だが義理堅い五鬼童家が、現在の一樹との関係で、一樹の弟子を一方的に蹂躙しようと思うはずがない。
一樹は人間関係の部分から、凪紗の力の上限を推察した。
その上で、義一郎の側が2人の実力を見誤った部分について、誤解を解くべく説明した。
「賀茂家は、先代まで呪力が高くなかったので、それを補う技術を高めてきました。秘術までは教えていませんが、霊符作成は基礎だけでも、我が家は他家に比べて1段階は上です」
「……そうだったね」
見積もり違いについて修正した義一郎は、改めて一樹に尋ねた。
「出場すれば、勝敗に拘わらず2人をC級に推薦するが、難しそうかね」
ここに至って一樹は、義一郎が善意で昇格を支援しようとしているのだと理解した。
「一般論としては、初心者のうちに早く昇格し過ぎない方が良いのですが、その部分について2人であれば問題無いでしょう」
経験を積まないままに危険な仕事をさせれば、失敗するリスクが上がる。
だがA級陰陽師が指導者ならば、一般的な状況からは隔絶しているために、一般論など不要だ。ようするに一樹が、どのように判断するかである。
香苗に関しては、C級妖怪に挑む無謀は想像できない。
柚葉に関しては、そもそも自ら妖怪に挑む姿が想像できない。
C級の実力を持つ2人にC級の資格を与えることについて、一樹は問題ないと判断した。
「あとは、試合が成り立つか否かですが……」
香苗はC級中位で、柚葉はC級下位。
その2人が、B級中位の凪紗に勝てる可能性はあるのか。
一樹は香苗に対して、雪女を使役するために滑石製の勾玉を1つ譲り渡している。勾玉に籠められる呪力はC級中位くらいで、それを加算した香苗の呪力はC級上位になる。
柚葉に関しては、C級下位のままだ。
滑石製の勾玉は3個あって、戦闘で使うには信用が置けないので、試合で使い切らせても良い。
それらを合わせた香苗と柚葉の呪力は、合計9000ほどになる。
対する凪紗は、B級中位であれば2万ほど。
――せめて、半分の1万は欲しいな。
一樹としては、勝てる可能性が皆無の戦いなどさせたくはない。
だが試合に持ち込める武器や道具は、本人の所有物だけだ。
一樹が獲得した勾玉には翡翠製もあるが、7個のうち2個は蒼依と沙羅に分配済みで、残る5個も蒼依が神域を作る練習用にしている。
蒼依が神域を作れるようになっても、賀茂家の子供が成長するための呪物にしたり、儀式の呪具にしたり、取引や金銭に困ったときの売却にするなど、様々な用途があるので譲る考えはない。
詭弁を使って一時的に所有させて、試合後に戻させるような真似は、認められない。
試験の不正は資格を剥奪の上で、一定期間は受験資格も停止される。
そして再取得しても、協会に嘘を吐いて不正をするような人間に、大きな仕事を任せることは無くなる。
一樹が柚葉と香苗に渡せるのは、譲り渡しても良い滑石製の勾玉3個だけだ。
「難しそうかね」
義一郎に問われた一樹は、右手を顎に添えて、検討中であることを示した。
ほかに強化する手段としては、柚葉の式神化、あるいは呪力を流すことだ。
一樹が使役した式神は、1段階強くなっている。
牛鬼はB級中位から上位、水仙はC級上位からB級下位、鎌鼬や幽霊巡視船も同様だ。
理屈としては、使役者である一樹が持つ穢れが流れ込んで、使役する妖怪を強化したのだと考えられる。
例外は槐の邪神だが、完全には下らせておらず、魂が繋がっていないからだと思われる。
柚葉に関しては、龍神から支配権を譲渡されているが、式神として使役はしていない。
式神化したら龍神への返品が不可能になりそうなので、呪力を流す形で済ませるにしても、柚葉に1段階の強化を行えば、C級中位に到達して、柚葉と香苗の総呪力は1万に届く。
――1対2か。
これが実際の戦闘であれば、一樹は2人でB級中位に立ち向かわせたりはしない。万が一の敗北も起こり得ないように、槐の邪神と戦ったような総力戦で臨むだろう。
A級下位の牛鬼と信君を正面に出して、B級中位の水仙は側面からの支援に使う。
B級上位の蒼依と、B級中位の沙羅は予備兵力だ。
そして柚葉と香苗は最後尾に下げて、B級中位の鎌鼬3柱に守らせるくらいする。
その上で、鳩の式神を使って事前に削りまくる。
だが2枚目の霊符が壊れた時点で勝敗が決する安全な試合であれば、不利な状態で戦う経験を積ませることも、学びになるだろう。
一樹はエキシビションマッチについて、受けることを決めた。
「エキシビションマッチ、お受けします」
返答を受けた義一郎は、一樹と沙羅の表情を観察した。
「勝てる可能性を見出せたのかね」
「いえ、負けることも経験だと思っただけですよ」
「君の瞳は、反撃のタイミングを狙う狼の眼差しだ。それに仲間も、負けると思っていないね」
義一郎に話を振られた沙羅は、微笑みながら一樹の回答に合わせた。
「負けることが経験になると仰った一樹さんの意見に、賛同しただけですよ」
「楽しみにしているよ」
義一郎は楽しげな表情を浮かべながら、試合を手配すべく、内線で運営スタッフを呼んだ。


























