66話 服選び
「中間テストが終わったら、2人で水族館に行こう」
一樹が蒼依を誘ったのは、協会長から話を聞いた翌日だった。
正確には「仕事の打ち上げに行こう」なのだが、仕事の打ち上げと言えばガッカリ度合いが上がる。そのためデートと誤認される誘い方をした次第だ。
俗に言う『陽キャ』ではない一樹は、誘って断わられると普通にへこむため、名目が無ければ誘い難い。
豊川の労いは、丁度良い理由付けだった。
「はい、分かりました」
動機も目的も問わず、蒼依はすんなりと承諾した。
一樹にとっては、非常に有り難い対応だ。
「テスト後の土曜日かな。都合が悪ければ、日曜や翌週に変えても良い」
蒼依の機嫌が良さそうだったので、誘い方の正しさを確信した一樹は、曜日を指定して自室に逃げ帰った。
ちなみにデートは、男女が日時を決めて会う事である。
一樹は自分を騙してみたが、結局のところデートに誘った次第であった。
(世の中の陽キャは、良く平然とデートに誘えるな)
莫大なエネルギーコストを消費して、自室でベッドに倒れ込んだ一樹は、30分ほどゴロゴロと転がった。
人には、得手不得手がある。一樹にとっては、女子をデートに誘うよりも、大鬼を1体倒す方がよほど楽なのだ。
仕事の打ち上げであるため、別日には沙羅を労わないといけないが、沙羅は絶対に断わらないと分かっているので、多少は気が楽ではある。それでも誘うのは大変だが。
なお水族館を選択したのは、高度な情報収集の結果だ。
一樹が閲覧したインターネットのサイトによれば、女性が行きたいデートスポットは、1位がレストラン、2位が動物園や水族館、3位が映画館であった。
どれくらいの女性を対象に集計を行ったのかは、全く書かれていなかった。そして閲覧者がコメントを載せる事も、一切出来ない仕様だった。
それでも検索で1ページ目に表示されたため、一樹は正しいのだろうと信じた。
(多分、合っているのだろう)
信じる者は救われる。
ちなみに、同じく1ページ目に表示された別のサイトによれば、人気1位は遊園地であった。だが遊園地は人が多すぎて大変なため、一樹は自分にとって都合の良いサイトを選択した次第だ。
1位のレストランと、2位の水族館を兼ねれば、完璧であろう。
動物園を選択しなかったのは、猫島に誘った事があるためだ。その時は、猫カフェが良いというサイトを見た記憶もある。
無意味にゴロゴロと転がり続けた一樹は、やがて気力を回復させて、自室のパソコンでインターネットを閲覧した。
同時にアドバイザーとして、水仙も喚び出す。
『水仙、ちょっと手伝ってくれ』
式神の水仙は、蒼依の家に自室を持っている。『ダーリンと同室で良いのかな』と呟いた結果として、蒼依から部屋をもぎ取ったのだ。
その代わり、一樹に呼ばれた時しか2階に上がれない事になっている。
『えー、スマホでゲームしていたのに』
一樹に呼ばれた水仙は、渋々と応じて2階に上がってきた。
「何のゲームをしているんだ……いや、それは良いから手伝え。服選びだ」
水族館へ赴くに際して、まさか学校のブレザーや、妖怪退治に着ていく陰陽師の正装を着ていくわけにも行かない。
何かしら探さなければならないが、生憎と一樹にはセンスが無いのだ。
一樹はYouTubeのチャンネル登録者数が多いので、彼らに相談すれば、二股や三股の猛者も居るかも知れない。
だがデートで着ていく服を教えて下さいと書いたなら、爆速で世界へ拡散されるに決まっている。
おそらく『友達の話なのですが……』と、前置きして相談したところで、ネットの有識者からは10秒でバレるだろう。
そのため、やむを得ず水仙に相談する事にした。
そもそもイケメンや美女は、何を着てもイケメンや美女である。
筋肉マッスルなイケメンのアメリカ人は、無地のインナーシャツを着ていても、やはりイケメンのアメリカ人だ。
よほど服装が酷くて、『働いたら負け』という文字が入った白いTシャツでも着ていれば、いかに容姿が優れていても誤魔化せないかもしれない。
あるいは女性で、二十余年前に、渋谷などでコギャル文化から発展して流行った伝説の「ガングロ」や「ヤマンバ」の姿であれば、可愛い以前の問題だろう。
ガングロやヤマンバとは、当時のファッションの1つだ。
肌を黒人のように黒くして、口紅やアイシャドウは明るくして、髪はオレンジやシルバー、ブロンドなど派手な色合いにする。
服装は、ミニスカートに薄いヒラヒラの上着。沢山の指輪やネックレス、ブレスレットを付けて派手に見せる。
そしてガングロのヤマンバは集団で、大都会を闊歩したのだ。
まさに異世界ファンタジーの世界である。
当時のヤマンバ達は、何を目指していたのだろうか。
現代を生きる一樹には、全く見当も付かない。そして蒼依の祖母の山姥に聞いても、分からないと答えるだろう。
一樹が容易に思い付く理由としては、周りに合わせる日本人が、友達がやったから自分も合わせて……と、ウイルスに感染するように広がっていった可能性がある。
あるいは、男避けでやっていた可能性も拭えない。
基本的に普通の男性は、ガングロやヤマンバを見ると、警戒感や忌避感を抱き、性欲が減退する。
それは自然界において、蛍光色や派手な色合いのカエルを見て、有毒性を想像するのに近い。本能が『コレを食べると腹を下す』と、危険性を訴えるのだ。
ヤマンバと普通の娘が居れば、注目を浴びるのはヤマンバで間違いないが、モテるのは普通の娘である。
(完全武装したヤマンバだと、本当の容姿が分からない。化粧を落としたら、もしかしたら美人かもしれないと期待させる、ガチャシステムか?)
現代のソーシャルゲーム、通称ソシャゲで、ランダムにアイテムが出てくる課金システムの『ガチャ』を先取りしたのが、当時の女子高生のヤマンバなのだろうか。
水仙がゲームをしていると聞いた一樹が、おかしな妄想に進んでいたところ、ゲームを終えた水仙が2階にやってきた。
現実に帰ってきた一樹は、水仙に質した。
「蒼依と水族館に行く。服装や如何に」
「はぁ、ダーリン、そんな事で呼んだの」
水仙は、使役者に対する尊敬の念が皆無な瞳で一樹を見詰めた後、自説を唱えた。
「TPOって分かるかな。カレーに福神漬けは合うけれど、きんぴらゴボウは合わないでしょう。奇抜な格好はしないで、水族館に合った清潔で、高くない服を1着買えば良いだけじゃない」
「なんで高くない服なんだ」
「デートで服は、女性側が主役でしょう。男性が勝ってどうするの」
水仙の指摘は、至極尤もだった。
服選びで蒼依に勝ったところで、誰にとっても意味など無い。一樹の役割は、蒼依を褒める事である。
「逆に相手を振りたければ、奇抜な格好で行くと良いよ。貴女とデートする気は有りませんって意味になるから。女性が初デートでズボンを穿く時も、意図的か否かは別として、脈無しって意思表示だからね」
「なるほど、それはテレビで見た気もする」
水仙の説明に対して、一樹は大いに納得した。
「ちゃんと若い男性用の専門店もあるし、忙しくない時間帯に行けば相談できると思うけれど、一見さんだと、売れ残りを処分しようとする事もあるからなぁ」
そう言いながら、水仙はパソコンのキーボードとマウスを操り、服の販売サイトを探し始めた。
検索ワードは『格好良い服 10代 メンズ』である。
すると検索に出たページには、お洒落のシルエットが乗っていた。
Iラインは、上下ともに細身で、万人受けの印象を与える。
Yラインは、上がボリュームで下が細身で、大人らしく見える。
Aラインは、上が細身で下がボリュームで、男らしく見える。
崩してラフすぎても、キッチリしたスーツのような形でも良くなくて、バランスが大事とされている。
上下の色の組み合わせは、白黒グレーの無彩色のみか、それに1つないし2つを合わせるのがお勧めであるようだ。
「ズボンは黒がお勧めかな。足が長くて格好良く見えるよ」
「そんなものなのか」
「そうだよ。下が黒い代わりに、上は明るめにして。靴は、お洒落なキャンバスシューズ、大人用のシンプルなスニーカー、クールなレザーシューズを服に合わせて」
「靴まで必要なのか」
一樹が驚愕したところ、水仙は呆れた表情を浮かべた。
「女子は、10倍くらい考えているからね」
「マジか」
水仙に恐れ入った一樹は、言われるが儘、お勧めの服をネットで発注した。


























