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【8巻4/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師8巻4/15発売
第9巻 布引の竜宮城

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247話 新たな使役

 花咲市にも、初夏の匂いが漂い始めていた。

 緑豊かな山々の上空では鳥達が飛び交い、衣替えの季節が近づく5月下旬の風が心地よい。

 講師室から見下ろす浜辺は、柔らかな光を受け、穏やかな波音が聞こえてくるようだった。


「そろそろ2ヵ月ですね」

「左様でございますね」


 模擬戦を行った翌日の放課後。

 一樹はR棟の講師室で、春と前日の指導内容について振り返りを行っていた。


「昨日の模擬戦を以て、三次試験までの練習を一通り終えたことになりますね。本番まで半分未満の期間で終わるとは、流石に思っていませんでした」


 本番とは、8月1日の二次試験のことだ。

 5月下旬の時点で、二次試験の霊符作成と三次試験の模擬戦を体験済みというのは、一樹が想像していたよりも早いペースだった。


 ――入学した時点の後輩達は、ろくな指導を受けていない状態だった。


 後輩達の大部分は、中学三年生の夏、一次試験に合格できた一般人だ。

 だが一次試験の呪力検査と、二次試験の霊符作成の結果を踏まえた協会からは、元下級陰陽師の師匠を割り振られて、見込みが低いと判断された。

 それから進学先を花咲高校に切り替えて、受験勉強を行い、春に合格してやってきた。

 元下級陰陽師の指導は、本人達に彼らから教わる気が乏しい以上、手厚かったとは思えない。

 そのため一樹は、高校受験のように前日まで詰め込む光景になるだろうと、想像していた。

 だが現在のペースであれば、霊符作成や模擬戦を何度も繰り返して、質を高めていける。


「海鼠を使役していない者は、三次試験の練習は出来ておりませんが」

「それは使役の機会を与えた上で、本人が自分の意思で嫌だと断ったのですし、呪力的に三次試験までは進めないでしょうから、別に問題ないと思います」


 後輩達から指導料を受け取っているわけではなく、師弟関係でもなく、あくまで同好会だ。

 一樹の社会通念上の責任は、部活動の先輩が後輩に教える程度でしかない。

 ある程度の体勢を整えるのは、同好会を創設した当事者の責任だと考える。

 また後輩に教えて下さいと頼まれれば、その時の気分や後輩の態度で、可能な範囲を教えなくもない。だが、教えなくて良いですと言われれば、わざわざ押し付ける気はないわけだ。

 そして意欲的な後輩達が行った模擬戦は、上々の結果だった。


「1年生の大半は、三次試験には進めないと思います。ですが年数を問わなければ、いずれ陰陽師には成れると思います」

「元々、呪力的には受かる範囲内でございますからね」

「そして妖狐の先生方から、霊符作成の指導も受けました」


 妖狐達のほうが、大抵の人間よりも術に優れている。

 研鑽を蓄積させた陰陽大家と比べると、流石にどちらとは言い難くなるが、元下級陰陽師の師匠などとは比べるべくもない。

 しかも一樹が、絵馬の式神で手を貸している。

 今年受からなくても、いずれ受かって陰陽師に成るだろう。


「今回負けた1年生達は、調伏の現場であれば死んでいました。あれは、とても良い経験でした」

「もしかすると、逃げ切れた者も居たかもしれませんよ」


 春の指摘を受けた一樹は、各自が霊符を持っていると想定して、妖怪に追われて逃げ切れるかを想像してみた。

 後輩達は、式神が戦闘不能に陥った状態で、呪力が尽きており、守護護符だけを所持している。なお神気を帯びた木材は、1年以上が経って神気が抜けている。

 そして相手は、昨日の海鼠であれば、人間よりも早い速度で追ってくる。

 猫ほどの大きさのネズミなのだから、猫と同等だと考えれば、時速48キロメートル。

 はたして人間は、逃げ切れるのか。


「式神が相手の足を負傷させた状態であれば、逃げ切れるかもしれません」


 あるいは相応に負傷させていた場合も、逃げ切れる可能性がある。

 それらは互角に戦って削れた場合で、劣勢だった者の生存率は極めて低くなるだろうが。


「1年生達は、呪力が尽きる前に逃げようとか、複数人で調伏に赴こうとか、霊符は多目に用意しようとか、色々と考える機会に恵まれました。得難い経験です」

「地力も、上げてほしいところでございますが」

「もちろんです。それらについて考える機会となった模擬戦は、とても有意義でした」


 後輩達は、花咲高校を卒業するまで2年10ヵ月もの猶予がある。

 受かった後も学べるので、後輩達の前途は、暗くはない。

 問題は、海鼠を使役しなかった者達のほうだ。一樹が一部の後輩達を思い浮かべていたところ、春が引き出しから紙の束を取り出して、一樹に差し出してきた。


「それは何でしょうか」

「旅のしおりです」


 一樹がパラパラと捲ると、海鼠の使役に参加しなかった33人の後輩を対象として、ほかの式神を獲得させる補習計画が記されていた。

 後輩達は、中級以上の実力者と見なした凪紗達7人、おゆう班7人、海鼠を使役した148人、使役していない33人で、合計195人。

 33人も、妖狐の春達から、一樹の式神・大根を用いた霊符作成の指導を受けている。協会が斡旋した元下級陰陽師の師匠には、指導内容で負けていない。

 それで充分だと一樹は考えていたが、春は再チャンスを与える計画を用意していたようだった。


「式神を持っていない33人に、使役の再チャンスを与えるわけですか」

「何か問題はございますか」

「いえ、問題は有りません。立派な指導だと思います。ですが、意外だと思いまして」

「意外とは、何でございましょう」

「断った相手に再び手を差し伸べるのは、かなり手厚い指導だと思いまして」

「妖狐の印象に似合いませんか?」

「率直に申しますと、ご推察の通りです」


 一樹が指導を手配した理由は、自分のためだ。

 一樹が所属している陰陽同好会は、会の活動場所として、立派で便利なR棟を宛がわれている。そして同好会の会員が国家試験で合格することは、部活動が大会で出す結果に相当する。

 つまり一樹が、R棟で気ままに過ごすためには、相応の結果を出す必要があるわけだ。

 さもなくば、ほかの部活から「結果を出せないのに場所だけ立派だ」と妬まれてしまう。

 それに安倍晴明の師匠であった賀茂家の末、現役のA級陰陽師として、自分達が立ち上げた同好会の後輩が悲惨な結果になれば、二大宗家の家名に傷を付けることにもなる。


『かつての賀茂家は、安倍晴明すら指導した。だが現代の賀茂家は、術者としてはA級だが、指導者としては力不足か』

『賀茂と花咲、A級が二人居ても、大したことは無いな』


 そのように思われるのは、一樹としても心外だ。

 だから一樹は、相応の結果を出して、周囲を黙らせる必要がある。

 他所で学んでいた上の7人を除いて、5人以上が合格すれば立派。

 10人以上が合格すれば、賀茂家の末であるA級陰陽師として面目躍如。

 10人を大きく超えれば、「やはりA級陰陽師はおかしい」と呆れられる。

 そのような状況で、相応の結果を出せそうな手応えも感じつつあった。


 一樹は、全員を合格させる意思までは無くて、元下級陰陽師に学ぶよりは良い環境を提供して、10人以上が受かれば良いという考えでいる。

 合格人数が増えるのは一向に構わないが、そのために駆け回って骨を折るほどでもない。

 そんな一樹とは裏腹に、春はしっかりとフォローを考えていたらしい。


「最初から全員が、正しく判断できるとは思っておりませんでした。式神の有無による差を見せ、反省させて、改めて使役させる。それも指導の内でございましょう」

「この事態は、織り込み済みだったのですね。なるほど、感服しました」


 クールな妖狐には似付かわしくない行動だと思ったが、春が付いて来られない者達を想定して、最初から第二弾も考えていたのであれば、予定通りに指導をしているだけだ。

 一樹は妖狐の招聘に際して、相応の寄進を行った覚えがある。

 報酬に見合う指導をするのは、むしろクールな妖狐の印象に似付かわしい仕事ぶりだと言える。


「守護護符は防御の手段で、攻撃には使えませんからね」

「左様でございます。このままでは33人の大半は、いずれかの調伏現場で命を落とすか、大怪我を負うことになるでしょう。何か持たせませんと」

「春先生が仰られるとおりです」


 後輩達の殉職率が平均を上回れば、それはそれで一樹がケチを付けられかねない。

 その際、「式神の使役にも付き合った」と言えば、充分に指導したのだと思われる。

 それ以上のことは、師弟関係にある師匠でも出来ない。


「一度くらいは再チャンスを与えようというお話、良いのではないでしょうか。そもそも、指導はお任せしておりますし」

「是との由、ようございました」


 椅子に深く座り直した一樹は、改めてしおりを読み始めた。

 そして、気付く。


「次の候補も、ネズミなのですね」

「相手がゴネたからといって、要求を飲む必要はございません。要求を受け入れてしまうと、次もゴネますでしょう?」

「ごもっともです」

「むしろ素直だった148人のために、33人には多少の苦労をして頂きませんと……」


 獲物をいたぶるような春の態度に、これは紛れもなく妖狐だと、一樹は納得した。

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― 新着の感想 ―
なるほどなぁ。使役する式神を持ってなくて死なれたら困るから、もう一度だけチャンスはやる。 そしてネズミを嫌ったからといって良い式神ではなくネズミを 苦労して式神にさせると言うわけか。 飴と鞭のバラン…
選別、楽しんでらっしゃいますな
>「最初から全員が、正しく判断できるとは思っておりませんでした。式神の有無による差を見せ、反省させて、改めて使役させる。それも指導の内でございましょう」 それは確かに。 >「相手がゴネたからといって…
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