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【8巻4/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師8巻4/15発売
第8巻 温羅伝説

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229話 鳴釜神事

 桃太郎伝説の起源となった鬼神の居城『鬼ノ城』があるのは、岡山県総社市だ。

 総社市は、県人口の約4割が集中する岡山市の西隣に位置しており、現在はベッドタウンとして機能している。しかし、かつては吉備国の中心地域として栄えた歴史がある。

 その総社市は、珍しいことに海には面していない。


「古代の日本って、首都が内陸にあることが多いよな」

「飛鳥京、藤原京、平城京、長岡京、平安京、みんな内陸ですね」


 思い付きで呟いた一樹に対して、沙羅がすぐさま応えた。

 古代日本には、大和、吉備、筑紫、出雲という四大王国があり、それぞれ内陸に拠点を構えた。他の古代豪族たちもまた、川や山を頼りに内陸に拠点を築き、海沿いのリスクを避けた。

 筑後国は上妻郡、出雲国は意宇郡がその例である。


「現代だと、内陸に首都があるのは珍しいよな」

「首都の大人口を支えるためには、海上輸送で効率よく物資を運ぶことが欠かせないですから」

「昔は、そうではなかったわけか」


 総社市はかつての繁栄から、時代とともに役割が移っていった場所だ。

 今も総社市内には、かつてこの地を守護した大国主神を祀る備中国総社があって、そこから市の名が取られている。

 その備中国総社から約8キロメートル北に進んだ山の上に、鬼ノ城が聳え立つ。

 総社市の人と妖怪の境界は、市中心部と鬼ノ城の中間地点にある砂川公園に広がっている。

 支部の車で砂川公園に到着した一樹達は、そこから険しい山道を徒歩で登り始めた。


「流石に市内は落ち着いていたな」


 一樹が軽く笑みを浮かべると、蒼依が少し眉を寄せた。


「自衛隊が来ていましたけど、特に緊迫感があるわけでもなくて、不思議な感じがしました」


 総社市には、実際に自衛隊の姿が確認できた。

 中部方面隊に属する第46普通科連隊で、迫撃砲や対戦車誘導弾を装備していた。

 隣の岡山市にも第13旅団が展開しており、平時とは異なる雰囲気がある。

 だが一樹は、自衛隊が温羅を殺害する目的で展開しているとは、考えていなかった。


「自衛隊の目的は、温羅が山から降りてきたら足止めすることだろう。温羅が怨霊化したら、自衛隊では手に負えなくなるからな」


 もし復活した温羅を現代兵器で撃ち倒せば、温羅が怨霊化して、現代兵器が効かなくなる。

 殺すと手に負えなくなるので、痛手を負わせて追い返すことを目的としている。

 それは極論すれば、「山から熊が降りて来たら、痛い目に遭わせて追い返す」ようなものだ。


「だから緊迫感が、感じられないのでしょうか」

「そうかもしれない。そもそも協会は、自衛隊を派遣するよう依頼していない」


 蒼依が疑問の声を上げた。


「自衛隊は、協会とは関係なく来ているのですか?」

「協会は、協力を要請していないぞ。恐らく、県知事の判断だろう」


 神社が破壊されて、神主と巫女が殺害されれば、市民は警察へ通報する。

 現場検証を行った警察が霊障と判断すれば、協会の岡山県支部に連絡する。

 支部が「対応不能で本部に報告する」と判断すれば、警察は県に報告する。

 県は、『国民保護法』第十五条に基づき、国に自衛隊の派遣要請を行う。

 防衛大臣は、『自衛隊法』第七十七条に則り、総理の承認を得て派遣する。

 総社市に自衛隊が展開しているのは、その一連の流れによると思われた。


「自衛隊は、市民の避難は行わせないのでしょうか」


 蒼依が疑問を口にした。


「確かに獅子鬼の時は、大人数を避難させていたな」

「はい。今回は、どうして行わないのでしょう」

「温羅が移動した鬼ノ城は、妖怪の領域だ」


 妖怪の領域には、妖怪が棲んでいるのが常識だ。

 その状況を危険だと訴えれば、国土の3分の2を占める妖怪の領域も、残らず該当してしまう。対応しろと言われても対応できないから、現状に至っている。

 妖怪の領域に居る相手については、「危険だ」と言われても、「そうだね」で終わるしかない。


「ですが温羅は、人間の領域の神社を破壊して、神官と巫女も殺していますけれど」

「温羅は動機が明確で、今のところ無差別に市民を襲っているわけではない。だから、市民を避難させる判断には、至っていないのだろう」

「どういうことですか?」

「温羅の伝承には、鳴釜神事なるかましんじというものがある」


 かつて温羅は吉備津彦命に敗れ、首を刎ねられて犬に食われ、骨だけになった。

 しかし怨念は残り、骨に宿った。

 そこで吉備津彦命は、温羅の髑髏(白骨になった頭蓋骨)を竈の下深くに埋めた後、生前温羅が寵愛していた阿曽女あそめに、朝夕と火を焚かせて食事の世話をさせて、怨霊を鎮めた。

 だが話は、そこで終わらない。

 いつしか人々は、髑髏を使って吉凶禍福を占う『鳴釜神事』を行うようになった。


「鳴釜神事とは、何ですか?」


 蒼依が小首をかしげ、一樹が説明を続けた。


「阿曽女が竈の火を焚いたとき、釜が震えて、吉凶を告げられた。それを占いに利用されるようになったのが、鳴釜神事だ」


 鳴釜神事は、神官と阿曽女役の巫女の二人体制で行われる。

 儀式はまず、阿曽女役が釜に水を張り、湯を沸かすことから始まる。

 その後、神官が祝詞を奏上して、阿曽女役が竈に座してこしき(昔、強飯などを蒸すのに使った器。現代の蒸籠)に入れた玄米を振る。

 その時、鬼が呻るような低い音が釜から鳴り響くので、音の大小や長短で吉凶禍福を占う。

 なお阿曽女役は、総社市北東部の東阿曽・西阿曽一帯出身の巫女が務めてきた。


「もしも他人が、自分の頭蓋骨を使って勝手に占いをしたら、嫌だろう」

「それは、物凄く嫌ですね」


 一樹の説明に、蒼依が強く同意した。


「だから温羅が、自分の頭蓋骨を占いに利用している神官と巫女を殺したのは、怨恨だ」

「そうですね」

「しかも温羅は、妖怪の領域に移動した。温羅が無差別に襲ってくるから、すぐに市民を避難させるべきだ……とは、現状では言えないだろう」

「そういうことなのですね」


 一樹には、温羅の怒りが理解できた。

 そもそもがヤマト王権による地方の平定で、吉備国に住んでいた温羅は、侵略された側だ。

 その時は人間で、怨みが募って鬼神と化したのかもしれない。

 寵愛していた阿曽女が食事を捧げる間であれば、温羅も怨念を静められた。

 だが今の阿曽女役は、温羅が愛した阿曽女ではなく、自分の頭蓋骨で占いをする知らない女だ。


「ちなみに阿曽女役の募集は、55歳以上の女性限定だ」

「どうしてですか?」


 蒼依は驚いた表情で聞き返した。


「温羅が寵愛した阿曽女の役だから、だろうな」


 それとは対照的に、神社で募集している正職員の巫女は、18歳から23歳までの独身女性だ。

 正月から節分までの短期アルバイトの巫女は、女子大生限定である。

 温羅が怒りを募らせ、復活に必要な呪力が満ちて爆発に至っても、何ら不思議ではない。

 一樹が温羅と同じ立場であれば、自分の頭蓋骨で占いをしている神社を叩き壊し、実行役の神官と巫女を踏み潰した後、蒼依姫命の神域に帰るかもしれない。


 ――最低限で済ませた温羅は、温厚なほうじゃないか。


 温羅の行動に対して、一樹は深い理解と強い共感を覚えていた。


「総社市には、阿曽女の家族や親戚の子孫が住んでいるかもしれない。温羅がどこまで暴れるか、現時点では不明瞭だ。この状況で市民を避難させていたら、ハッキリ言ってキリがない」

「そこまで事情が分かっていて、よく調伏を引き受けましたね」


 同行している香苗が、一樹を見つめて、溜息交じりに問いかけた。

 すると一樹は山道の左手に視線を移し、指差した。

 皆が向いた先には屋根が建てられており、その下に大釜が設置されている。


「例えば、あそこに大釜があるだろう。あれは温羅が、人を茹でて喰った釜だと伝えられている」


 香苗が釜を見ながら、半信半疑に尋ねた。


「本物なんですか?」

「偽物らしい。だが温羅は鬼で、鬼は人を喰う存在だ。それなら人としては、調伏するしかない」


 牛太郎のように人間側に立つ大鬼であれば、使役して、実績で神社に祀れるかもしれない。

 だが温羅に関しては、人間側に立ちようがなく、調伏以外の選択肢は見出せない。

 一樹は陰陽師が生業であり、経緯について思うところはあったが、鬼退治を引き受けた。

 なお今回は、岡山県、神社があった岡山市、温羅が居る総社市が、岡山県支部に依頼料を支払う話になっている。

 一先ず県が立て替えて、両市と話し合って負担割合を決定する予定だ。


 ――桃太郎関連の収入から出したらどうだ。


 桃太郎関連の年商は、一体どのくらいだろうか。

 そんなことを考えながら、一樹はさらに山道を登っていく。

 足元の石がきしむ音に耳を澄まし、冷たい空気が漂う中を慎重に進むと、やがて鬼ノ城の跡地が近づいてきた。

 蒼依が気配を察し、周囲を見渡して呟く。


「鬼達が働いていますね」


 見れば、城の跡地に幾体もの鬼がいる。

 鬼達は、城の残骸を整理したり、石材を運んだりと、建設現場の作業員のように働いていた。

 山に棲んでいた鬼の群れを従えたのだろうか。

 鬼達は、温羅の命令に従って、鬼ノ城の再建を行っているようだった。

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― 新着の感想 ―
これは意思が聞ける方の鬼神かな 一樹くんの怨みについての推察が当たっていたか聞き取ってほしい
吉備津彦神社と吉備津神社両方とも温羅関係してて、どっちが潰されたのかと思ってたけど、鳴釜神事って事は吉備津神社の方か。 同じ山にあって歩いていける距離だから初詣で両方に参拝したり出来るけど、どっちも綺…
>桃太郎関連の収入 一番は桃鉄だろうなぁ
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