190話 受け入れ準備
後輩達の入試が迫ってきた。
近年の私立高校では、インターネットを用いた出願も増えている。
『ネットで出願登録を行い、受験料を振り込み、受験票を印刷して、試験当日に持参する』
花咲高校は、2月上旬に行われる受験日の10日前までに高校のホームページにアクセスして、出願登録をして受験料を支払えば、受験が可能だ。
替え玉受験対策で、顔写真の登録は必要だが、スマホがあれば誰でも出来る。
遠方から受験も可能で、担任から「学力が足りないから止めておけ」と阻止されたりもしない。そのため受験の敷居は低い。
「受験生の数が出た」
校長室に寄ってきた小太郎が、同好会で重々しく口を開いた。
小太郎は理事長なので、校長から報告を受けられる。
情報を共有するのは、受験生の一定数は同好会が目的だと予想されるからだ。
昨年の国家試験は、一次の合格者が8293人、二次の合格者は579人。
二次試験に落ちた7714人のうち、2割が呪力の確認を兼ねた初受験だったと仮定した場合、現役中学生は1543人になる。
陰陽師は稼げる職業で、資格を取りたい人間は少なくない。
そして花咲高校の陰陽同好会では、一樹に出会うまで陰陽道を学んでいなかった柚葉と香苗が、わずか4ヵ月で国家試験の2位と3位になった。
すると陰陽師の資格を取りたい者の一定数が花咲高校を受けるのは、火を見るよりも明らかだ。
「聞かないわけにもいかないか」
「当然だろう。準備をせずに、4月になってから焦ってどうする」
小太郎に念押しされた一樹は、渋々と聞く姿勢になった。
「受験生の総数は、1520人だ。去年が366人だから、1154人が増えた」
「それが、同好会が目当ての人数か。多いな」
「うちは偏差値が高いから、絞れているほうだ。高校生の再受験も有り得るが、私立高校だから、他校からの再受験は落としていく」
「……高校としては、同好会目当ての再受験なんて困るよな」
花咲高校は、大学の施設が使えて、教材費も安く、進学や就職先にも困らない。
そのため人気が高く、市では一番、県でも県立高校に次ぐ偏差値となっている。
同好会目当てで入学したいと思っても、偏差値という壁が立ちはだかる。
さらに花咲は私立高校なので、内申点に様々な加点も出来る。
漢検・数検・英検の級、部活動、生徒会、地域加点、現役生。それらへの加点は思いのままで、現役生に1000点を加点すれば、再受験を全員落とせる。
「受験倍率は、およそ5倍だ。同好会目当ての受験は、推定で4人中3人」
「花咲高校は、優秀な生徒を選び放題になるかな」
一般的には、一樹が言ったとおりだ。
300人の合格枠に対して1520人が受験を申し込むなら、生徒を選べる。
倍率が5倍なのだから、受験結果で上から順に合格させれば、生徒の偏差値は大いに上がる。
生徒達の地力が上がれば、進学する大学のレベルも上がる。すると花咲高校は、偏差値が高い私立高校として、少子化の中でも生徒を確保していける。
だがそれは、一般論でしかない。
「うちは、将来就職する人間の育成も兼ねる。県外から来ても、地元に帰る」
花咲学園は、花咲家が地元のために開校した学校だ。
それと兼ねて、花咲グループで働く人材の育成も行ってきた。
高校や大学が生徒に就職先を斡旋する場合、花咲グループの企業も紹介対象となる。
『花咲グループは、借入金が無くて、A級陰陽師の会長が自分で年間100億円を稼げる。妖怪や悪霊が日本から消滅しない限り、花咲グループは潰れない企業だ』
『花咲市は、花咲家が村長で、市民が村人だ。何百年単位で村を良くするためにやっているから、花咲が村人を使い潰したりはしない』
生徒の性格を知る教師が、生徒に合わせた説得をするのだから、効果は抜群だ。
花咲で就職するとトラブルになりそうな生徒も分かっているので、その場合は他所を斡旋する。そのため高校と大学を運営する花咲グループは、必要な人材の確保に困ることは無い。
だが生徒が陰陽師を目当てに県外から来た場合は、それが機能しない。
陰陽師に成った場合は、花咲に就職しないのが目に見えている。
陰陽師に成れなくても、大学へ進学したり、地元に帰ったりするだろう。
「グループの人材確保で考えると、良くない流れか」
「そういうことだ。花咲グループには他所からも人が来るし、陰陽師の育成はA級の責務の範囲だと考えれば構わないが」
花咲家の当主は、花咲グループの会長であると同時に、陰陽師協会で代々の常任理事でもある。
協会の常任理事という立場で、小太郎は状況を受け入れた様子だった。
「4分の3が同好会目当てなら、新入生の300人中225人が同好会に来る」
「うわぁ」
横で小太郎の話を聞いていた柚葉が、思わず声を上げた。
「出来ることと出来ないことを明確化してくれ。おかしな期待を持たせると、後が面倒だ」
「確かにそうだな」
小太郎の主張に、一樹は頷いた。
高校の同好会である以上、新入生が入会希望をするのは常識の範疇だ。
だが囲碁や将棋の同好会に入会しても、棋士に成れるわけではない。
同好会に入れば国家試験に必ず合格できるとか、手取り足取り教えてもらえるという誤解をしているのならば、それは最初に否定しなければならない。
入会前に「同好会は、同じ趣味の集まりです」と説明すれば、相手の期待値は下がる。その上で同好会から数人の合格者が出れば、一樹達の面目も立つし、不合格者は個人の努力不足になる。
「場所は、提供できる。R棟の3階以上を使って良い」
「どれくらい入れるんだ」
「3階から5階には、240人用の講義室がある。各学年の8割が入会しても、場所はある」
流石は大学の建物だと感心した一樹は、不意に実現した場合の問題点に思い至った。
陰陽同好会は、兼部を認めていない。
少なくとも香苗を勧誘するときは、そのようなルールだった。
「全員を受け入れたら、ほかの部活動と同好会が、続々と消滅するな」
同好会への入会希望者は、一樹達が卒業するまでは激増すると見込まれる。
高校は3学年なので、陰陽同好会への一極集中が3年も続けば、ほかの部活動や同好会が人数を揃えられなくなる。
新入生の2割以上は一般人なので、全ての部活の消滅は無いだろうが、半減くらいはする。
「ほかの部活動との兼部を認めるか?」
小太郎がルールの改定を提案した。
1年でルールが変わるのは好ましくないが、状況は大きく変わっている。
最初のルールで入会した香苗も納得しそうに思えたが、一樹は首を横に振った。
「兼部を認めると、質が下がる。陰陽師に成った後、それが原因で命を落とすかもしれない」
「そうだな。兼部は、認めないことにしよう」
一樹の言い分に、小太郎が同意した。
物事には、優先順位がある。
学校の部活動の多様性は、生徒の命よりも優先されるものではない。
「問題は、管理だ。同好の士が集まる同好会とはいえ、場所だけ与えて好きにしろとは言えない。賀茂には、何か考えはあるか」
「一応、考えていることはある」
一樹が考えたのは、豊川稲荷の妖狐だった。
豊川詣に行ったとき、霊狐ではなく、存命の妖狐達が先導をしていた。
妖狐の大半は陰陽師の資格を取らないが、術は並の陰陽師よりも遥かに上手い。
自分が騒動の原因を作ったと自覚しなくもない一樹は、渋々と動き出した。
ミナサマ ゴヨヤク シテクダサイマシタカ
ウェブノ ジュウバイ オモシロイデス
トテモ オススメ


























