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【7巻12/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第7巻 継承の愛狐

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175話 豊川詣

挿絵(By みてみん)

 年明けを数十分後に控えた大晦日の深夜。

 花咲高校の陰陽同好会に所属する6名中5名が、愛知県豊川市の豊川稲荷へ初詣に訪れていた。


「小太郎が来られないのは、残念だったな」

「当主になった花咲家に、分家や親族から新年の挨拶があると言っていましたね」


 一樹が呟くと、香苗が小太郎の状況を慮った。

 花咲家は、売上高1兆円を超えるグループ企業を抱えており、親戚には支社を任せている。

 親戚を厚遇するのは、犬神が選んだ者が本家を継承するが故で、自分の子供世代では立場が入れ替わるかもしれないからだ。

 そのため本家を継いだからといって、親戚の挨拶を無視して同好会の初詣には来られない。

 そんな小太郎を除いた一樹、蒼依、沙羅、柚葉、香苗が同好会として集った。

 大晦日の夜空には、沢山の花火が打ち上がっている。


「凄い花火ですね」

「他所で花火を打ち上げて、参拝者を分散させたいらしい。効果は、まったく無いようだが」


 群衆を見渡した一樹は、溜息を吐いた。

 豊川稲荷は、日本に三万社もある稲荷社の中でも最大級の知名度を誇る。

 その理由の一つが、A級3位の豊川りんだ。

 彼女が陰陽師として活躍したことで、豊川稲荷の知名度が増した。


 あと数十分で昨年となる今年は、魔王に使役されていた妖怪の蜃を、霊狐の大集団が撃破した。それは豊川りんが召喚した、豊川稲荷の霊狐塚の霊狐達だった。

 そのように、人々が豊川稲荷に助けられたことは、過去に幾度もあった。

 御利益があった人々が、どこの稲荷社に感謝して参拝に訪れるかなど、考えるまでもない。

 豊川稲荷の敷地や施設は、過去に何度も拡張されたが、拡張した分だけ人が増える状況である。


「規制などは、しないのですか」

「初詣は、神社やお寺への参拝だ。禁止に出来るはずがない」


 あまりの混雑さに蒼依も尋ねたが、一樹は首を横に振った。

 すると柚葉が、根本的なことを尋ねてきた。


「そもそも豊川稲荷が祀っている豊川陀枳尼眞天とよかわだきにしんてんって、何なんですか」

「参拝に来てから聞くなよ。仏教の護法神になった女夜叉だ」


 豊川稲荷が祀る豊川陀枳尼眞天は、仏教の護法神だ。

 豊川陀枳尼眞天の『吒枳尼だきに』は、梵語(古代インド・アーリア語)で女夜叉だ。夜叉族は、大乗仏教(日本の仏教は全て大乗仏教)では、護法神となっている。

 その代表的な例が、夜叉族から仏教の護法神になった毘沙門天だ。

 名前の最後に付く『天』は、大乗仏教で護法神になった『天部』のことを表す。


 女夜叉が『吒枳尼』で、仏教の天部になった女夜叉が『吒枳尼天だきにてん』。

 なお豊川陀枳尼眞天は、最初に姿を現した時、頭に豊川とは付けずに『陀枳尼眞天だきにしんてん』と名乗った。眞は真でもあり、真の天部となる。

 そのため『豊川陀枳尼眞天』は、『豊川の地に祀られる仏教の天部となった女夜叉』だ。

 日本では、仏教の神である吒枳尼天を祀る寺院は多い。

 吒枳尼天は、稲荷信仰とも混同されて稲荷神と習合し、白狐に乗る天女の姿で表される。


「つまり豊川稲荷が祀っている豊川陀枳尼眞天は、仏教の天部ですか」

「そうだ。そもそも豊川稲荷は、妙厳寺という寺だからな」


 1868年、明治政府が行った神仏分離政策によって、吒枳尼天と稲荷神は分けられた。

 政府には王政復古、天皇の神権的権威を確立する目的があった。

 日本神話で天照大神は、神武天皇の曾祖父にあたる瓊瓊杵尊の天孫降臨に際して『三種の神器』を与えたとされる。

 だが天照大神は、大日如来の垂迹(仮の姿)とされて、仏教の立場が上だった。

 つまり明治政府は、天皇の立場が下では困ったのだ。

 神仏分離政策が行われた結果、寺院は吒枳尼天を祀り、神社は稲荷神(宇迦之御魂神)を祀るようになった。


 天照大神も神社で祀り、大日如来は寺院で祀る形に分けられた。

 だが吒枳尼を護法神にしたのは、大日如来。

 そして稲荷神(吒枳尼)は、高天原から追放されたスサノオの娘で、天照大神(大日如来)の姪だ。

 もしも天照大神が、追放した弟の娘の立場を引き上げたのだとすれば、人間側の都合とは関係なく、神話は整合する。

 付け加えれば、豊川陀枳尼眞天と稲荷神は、どちらも狐を神使とする。

 豊川稲荷でも狐は大切にされており、妖狐のほうも豊川稲荷を大切にしている。初詣の誘導でも、妖狐の子孫達が協力していた。


「総門が開くようです」


 沙羅の声で一樹が門を見ると、一時的に閉じられていた総門が、年明けの30分前にゆっくりと開き始めた。

 その先には妖狐が並んでおり、中心には豊川りんの姿が見えた。

 三尾の妖狐は、視線の一瞥だけで、お祭り騒ぎの群集を瞬く間に圧した。

 シンと静まり返る人々に対して、豊川が告げる。


『走らずに、ゆっくりとお進み下さい』


 強い口調ではなかったが、だからといって逆らう者は、一人も居なかった。

 目の前に、全長100メートルくらいの大蛇がとぐろを巻いており、ジッと見詰めてきたならば、誰だって極度の緊張感を強いられる。


 ――最初に動いた者が、喰われる。


 豊川の圧を受けて、一樹ですらも動きを止めた。

 瞬く間に群集を静めた豊川は、それから直ぐにスッと溶けるように姿を消した。

 それで周囲を圧していた気が薄れると、ようやく人々が安堵の溜息を吐いた。

 それから前方の妖狐達が先導を開始して、その後ろを人々が粛々と付いていく。

 随分と大人しくなった群集に合わせて、一樹達も動き出した。


「豊川様、凄かったですね」


 総門を入って左手に進み、右手に曲がって、鳥居を潜る。

 その間にマイペースに戻った柚葉が、脳天気に宣った。


「お前は、本当に凄いと思っているのか」

「えー、思っていますよ」


 龍神の娘である柚葉の危機感は、人間とは大分異なる様子だった。


 ――龍にとって妖狐は、怖い相手ではないか。


 格上の種族が、格下の種族を怖がるのは、無理があるのかもしれない。

 そのように思い直して納得した一樹は、話題を変えた。


「そう言えば柚葉は、龍神様の社には参拝に行かなくて良いのか」

「えっ、どうしてでしょうか」

「あちらも神だし、母親だから義理が有るかと思って」

「そんなことをしたら、姉妹から出戻りかと揶揄われますよ」


 柚葉は気にする素振りも見せず、あっけらかんと答えた。

 かつてムカデ神に突撃させられそうだった柚葉の身柄は、一樹が同好会の頭数を目的として、龍神から引き取っている。

 数百年前の倫理観を持つ龍神が納得する名目が、対価を払っての身請けだった。

 神と陰陽師との契約は成立しており、龍神は柚葉に関して、一樹の意向を無視した強制はしない。一樹が豊川稲荷を参拝するのなら、柚葉が付き合うのは当然だと思うだろう。


「それなら無理に参拝しなくても良いか」

「やっぱり、わたしは必要ですよね」

「同好会の頭数にも成るし」

「うぐっ」


 脳天気な柚葉とは異なるが、香苗のほうも怖がっては居ない様子だった。

 香苗の場合は、妖狐同士である。

 妖狐が妖狐に畏れを抱いていては、群れでは暮らしていけない。

 妖狐と、子孫達のコミュニティは数十万人ほどだと目されている。そして大半は、全国にある稲荷のどこかに属している。

 豊川稲荷に属している妖狐の筆頭が、豊川りんだ。

 群集を先導している妖狐達も、おそらく豊川稲荷に属している。


 ――香苗の場合は、豊川稲荷の所属になるのかな。


 100歳を超える地狐は、仙術を学ぶ。

 それで全国を巡ることもあるので、どこに属するのかは本人次第で、変更も簡単に出来る。

 豊川稲荷で教わった香苗は、豊川稲荷に属するのではないかと一樹は想像した。


「御本殿が見えてきましたね」


 整然と進む群集の流れに合わせて、一樹達も御本殿に向かっていった。

 すると周囲の人々からは「オン・シラバッタ・ニリウン・ソワカ」と、豊川陀枳尼眞天の真言を唱える声が聞こえてくる。


「豊川様によれば、真言を21回唱えると、抜苦与楽(苦しみや悲しみを、楽しみや喜びに変える)の功徳が得られるらしい」

「「「「オン・シラバッタ・ニリウン・ソワカ……」」」」


 一樹を除く四者は、律儀に真言を唱え始めた。

 自分も唱えるべきだろうかと悩んだ一樹は、結局唱えずに前へと進んでいく。

 そして最前列まで辿り着けそうにない賽銭箱に向かって、小銭を投げ入れる。


「賽銭箱の横にあるケヤキの柱に触れると、いっそうの御利益があるらしい」


 一樹が説明すると、やはり4人は律儀に柱に触った。

 そして群集の移動に合わせて、流されていく。

 流れは2つあって、おみくじを引けるおみくじ堂と、霊狐塚のほうだ。

 おみくじ堂は、紅白の紙でクルクルと巻かれたおみくじが入っており、1回百円で引ける。


「そっちよりも、奥の院の手前にある『きつねみくじ』のほうが、良いらしい。大人気で、すぐに無くなるそうだ」

「それじゃあ、すぐに行きましょう」


 女性陣は占いが好きなのか、すぐに応じて奥の院のほうへと向かう。

 三重の塔や七福神巡り、大黒堂などがあったが、寄っていると『きつねみくじ』が売り切れる。

 途中の全てを飛ばして、一樹達は目的地に辿り着いた。

 そこには白狐、黒狐、金狐、赤狐、青狐という五色の小さな人形がちょこんと並んでおり、その傍には『おみくじは一人一日一回まで』という注意書きがされた立て札も立てられていた。

 そして既に、数十人の行列も出来ている。


「あの狐人形の胴体の底には、おみくじが入っているそうだ」

「可愛いですね。それで人気なのですか」


 真剣な表情を浮かべた人々の行列を前に、蒼依が首を傾げる。


「豊川様曰く、ちょっとした御利益もあるらしい。程度は知らないが」

「……それは大変ですね」


 そんな御利益を与えれば、売り切れは必至であろう。

 行列に並んだ一樹達は、五色のきつねみくじを一つずつ買って、売り場を離れた。


「やった、大吉ですよ」

「流石、幸運の白蛇」


 運の良い柚葉が、当然のように大吉を引き当てた。

 ほかには一樹と沙羅が吉、蒼依が末吉、香苗は凶だった。

 不満げな表情を浮かべた香苗が、一樹に尋ねる。


「枝に結んだら、悪い運気を留められるのでしたっけ」

「それに利き手の反対で結ぶと、凶が吉に転じる」

「それなら、帰りに結んでいきます」

「そうしてくれ。この後、少し寄らないといけないからな」


 それこそが、一樹達が豊川稲荷に訪れた目的である。

 視線で蒼依達を促した一樹は、奥の院の裏手に回り、更に奥へと進んでいく。

 すると沢山居た初詣の参拝客が、誰一人として居なくなった。

 違和感に気付いた沙羅が、周囲に置かれている狐の石像を注意深く観察する。


「人払いの結界ですか」

「結界造りの名人がいるらしい。招かれなければ、統括陰陽師でも迷うそうだ」


 統括陰陽師には、修験道を修めた沙羅の父親や伯母クラスもいる。

 そんな者達すら迷わせる結界を抜けると、その先には巨大なお堂が建っていた。

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6巻分のWEB版読ませて貰ったので応援として書籍6巻と漫画2巻購入させて頂きました! めっちゃ面白かったです。 続きのWEB版読みながら書籍7巻を待っています。
[良い点] 感謝!
[良い点] やったー楽しみ ダキニは読み仮名振っていただけた方がいいかなと
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