150話 陰陽同好会チャンネル
「同好会のYouTubeチャンネルを開設したのは、香苗の活動を支援するためだ」
花咲家の犬神が魔王領を駆け抜けた、翌々日の放課後。
一樹は陰陽同好会で、YouTubeチャンネルを開設した経緯を説明した。
香苗の活動を支援するのは、同好会に勧誘した際に一樹が出した条件だからだ。
妖狐の半々妖である香苗は、自らの存在を認めて貰いたい承認欲求がある。
4分の1という血統で純然たる妖狐だとは言い難く、運動部系の活動では人間枠にも入れない。どちらからも完全には認められない立場であるため、自分を承認されたい欲求があるのだ。
他人でも代替できるC級陰陽師としてではなく、歌や演奏を介した自己表現で認められたい。
そんな香苗に対して、一樹は約束を履行しようと考えている。
その第一歩が、同好会のYouTubeチャンネルを開設することだった。
「今は、魔王が暴れる情勢下だ。C級陰陽師で国家試験では2位だった香苗が、いきなり音楽系のYouTubeチャンネルを開設すると、場合によっては批判を受けかねない」
「確かに、批判を受けるかもしれませんね」
一樹の説明に、沙羅が賛同した。
そもそも陰陽師がSNSを開設するのは、個人の自由だ。
一樹自身も、八咫烏達の育成動画チャンネルや、広報用のTwitterを持っている。
八咫烏達の力はB級で、動画ではふざけているが、一樹は批判のコメントを受けた記憶が無い。
だがそれは、見た目には『カラスが遊んでいる動画』という内容もさることながら、チャンネル開設が魔王出現前というタイミングもあっただろう。
人間は、未来を予知できないのである。
その一方で、魔王の出現後であれば、配慮は可能だ。
配慮しなければ、無配慮だと批判を受けることもあり得る。
「魔王の出現と香苗は、無関係なんだけどな」
「関係があったら怖いです」
魔王の出現は、8月9日だった。
そして現在は11月5日で、3ヵ月が経とうとしている。
その間、世間では「犠牲になった人もいる」、「家を失って避難した人を思いやれ」、「不謹慎だ」などといった大義名分の元に、様々な活動に自粛が求められてきた。
香苗も批判されるリスクを予想できたために、活動開始を延期してきた。
「この自粛ムード、いつまで続くんだろうな」
「あたしは、歌とギターの配信をしたいだけなのに」
3年待てと言われたならば、香苗は高校を卒業してしまう。
社会人になってから、活動すれば良いのか。
高校生活は、一度しかない。
――歓送迎会とか、飲み会の自粛は、参加したくない人がネットで喜んでいるけどな。
それくらいならば良いが、不謹慎だと目を付けられる分野は広範囲に及ぶ。
根底にあるのは、「苦しみを共有しろ」だ。
対象は日本国民の活動で、必要最低限を上回れば疑義を呈される。
陰陽師の音楽配信など、大義名分を付けやすいので、真っ先に目を付けられる。
『皆が苦労している。陰陽師であれば、遊んでいないで煙鬼を1体でも減らしてこい』
そのような大義名分は、一見すると理があるように見える。
だが魔王対策は、宇賀を中心とした協会本部が、完全な制御下で緻密に行っている。攻勢時には、不測の事態に備えてバックアップ要員を配備しながら、着実に削ってきた。
・空からは、羽団扇を持つ五鬼童と春日による煙鬼削減。
・陸からは、雇った陰陽師達の式神による防衛線の構築。
そこに誰かが割って入れば、宇賀の予想と緻密な調整が、崩れてしまう。
自棄になった魔王が、蜃を御殿場市から動かしたり、東京に侵攻したりしたら、どうなるのか。
したがって素人の「煙鬼を1体でも減らしてこい」は、本部からすれば「やめろ馬鹿」なのだ。
だが道理を説いたところで、相手が受け入れたりはしない。
相手が求めているのは『苦労の共有』であって、『道理』ではないからだ。
そのため自粛を求める期間は、相手の多数が飽きるまでという曖昧なものになる。
「そもそも、収益化できるYouTubeを禁止すれば、陰陽師から収入源の一つを奪うことになる。自粛とやらで、陰陽師は活動資金の調達を妨害されているんだが」
「迷惑ですよね。少なくとも、あたしは迷惑です」
活動を自粛させられている香苗は、大いに不満を呈した。
そこで一樹は、本題を持ち出した。
「だから、まずは同好会で動画を流した実績を作る。それから個人のチャンネルに、活動をスライドさせていく」
「そうすると批判を受けないんですか?」
横から尋ねたのは、柚葉だった。
首を傾げる柚葉に対して、一樹は渋い表情を浮かべた。
動画を投稿した際、『良い』と『悪い』の評価を押すボタンがあって、全体で100以上の評価が付いたならば、そのうち1つも悪い評価が付かないことなど有り得ない。
「知名度があると、批判をゼロにするのは不可能だ」
周辺の鬼を狩って遊ぶ八咫烏達は、人気を博しているほうだ。
だが八咫烏が活動する時間と距離は、無限ではない。
家族が鬼の被害に遭った者達からは、「どうして自分の家族は助けて貰えなかったのだ」という怒りや失望を向けられる。
そもそも護衛や救命の依頼は受けていないのだから、助けられないとしても一樹達に責任は無いのだが、八つ当たりは向けられる。
動画のみならず、ヤワーニュースのコメントでも、的確で素晴らしいはずのコメントに対して、低評価を付ける人間は少なからず居る。
低評価を付ける理由は、嫉妬、嫌がらせ、ストレス解消、競合相手が相対評価で上回るためなど様々だ。
その際に内容は、どれほど立派であろうとも関係ない。
「批判をゼロにすることは出来ないが、減らす方法は有る」
渋い表情を浮かべながら、一樹は批判を減らす方法を答えた。
それは「高校の同好会での活動」という名目を使った投稿だった。
「高校にある同好会の活動動画であれば、ほかの高校が出している部活動や同好会の動画と同じだ。止めろというなら、ほかの高校の動画もすべて止めさせなければならない。出来ると思うか?」
総人口8000万人の日本には、全日制の高校が3000校以上あって、100万以上の部活に関する動画が投稿されている。
様々な高校が動画を投稿しており、それらの卒業生は大勢居る。高校の部活動動画を批判すれば、母校を批判された大勢の卒業生と対立関係になる。
そもそも活動記録を残すのは、本人の振り返りや、後輩の参考にするためで、学校教育の一環だ。それを消せというのは、無茶苦茶な要求であって、世間に受け入れられる余地は無い。
大勢の卒業生達が、おかしいと連呼してくれるだろう。
日本には『出る杭は打たれる』ということわざがあるが、横並びであれば打たれない。
逆に、横並びを打つ側が、奇行だとして大勢から打たれる側に変わる。
日本では多数派が少数派を排除するので、打たれないように多数派に属するわけだ。「出た杭で何が悪い」と言い切れるA級の自分ではなく、香苗のことなので、一樹は安全策を採った。
学校の活動で行ったのであれば、生徒個人への批判には成り得ない。
「出だしで、学校の活動という盾を使うわけだ」
「なるほどー?」
柚葉は首を傾げつつも、一先ず引き下がった。
種族として群れない龍神の娘で、その中でも我が道を征く柚葉には、共感され難い話だったかもしれない。
「それで、どのような形で投稿するのですか。いきなり音楽は、載せられないと思うのですけれど」
大まかな方針を理解した香苗は、具体的な手順を尋ねた。
「そうだな。まずは入学したときに各部紹介で流した、1分の紹介動画を投稿して、チャンネルの立場を確立させる。あれは魔王の出現前、各部紹介で流したやつだから、概要欄で説明しておけば不謹慎とは言われない」
一樹が挙げた紹介動画は、入学翌日に花咲高校の1年生向けに流された動画の一つだ。
26種類の部活と同好会が紹介されており、前日の入学初日に設立した陰陽同好会は、一樹が帰宅後に撮影して翌日に提出した。
動画の紹介時間は、1分。
冒頭20秒は、沙羅と蒼依が霊符を作る姿だ。
20秒目からは、日が落ちる山を見詰める沙羅が、最後に翼を生やして飛び立つ姿。
30秒目からは、薄暗い森の中に現れた3匹の小鬼を霊符で倒す姿。
50秒目からは、朝日が昇り始めた山に同好会のテロップが流れて終わる。
編集技術が乏しいので、テロップや音楽を除き、すべて実写だ。エキストラの小鬼達も、現地で確保した本物だ。
「小鬼だと、しょぼくて駄目かな」
「高校の同好会だって、分かっていますか」
小さく呟いた一樹に向かって、香苗は呆れた瞳を向けた。


























