137話 文化祭閉幕
宇賀が去った後、一樹は文化祭の仕事に戻った。
9時の開店から3時間も経ったが、客のSNS投稿が新たな客を呼ぶのか、客は増え続けている。
駐車場は満車のはずで、周辺の道路は、路上駐車が大変なことになっているはずだ。
道路脇への駐車は、駐車禁止の標識がない場所で、3.5メートルの道路幅を確保した上であれば、駐車違反にはならない。
それでも近隣には迷惑が掛かるが、一樹は政府に対して事前に申請している。
――政府の許可、取っておいて良かったな。
押し寄せた人々は、港ドックに並べられた大量の椅子に座って昼食を摂りながら、幽霊巡視船を眺めたり、心霊写真を撮ったりしている。
周囲の船着き場にも、千人単位が座っており、幽霊巡視船のほうを眺めていた。
誰かが交渉したのか、近くの4階建ての倉庫の窓際にも、客の姿がズラリと並んでいた。
「終わらないよーっ!」
絵理の悲鳴が、一樹の耳に届いた。
現状は、誰かが「車で業務用スーパーに行って」と言ったことに起因する。
食材が足りなくなることは、押し寄せる客の数で予見できた。そして売り切れにしてしまえば、この行列は終わっていた。
だが、誰かが食材の調達方法を示したことで、焦っていた生徒達が解決に動いてしまったのだ。
生徒達は売上金を掴み、学校から椅子を運んできた教師の車を使って、業務用スーパーと巡視船を往復し始めたのである。
尽きない食材、伸びていく行列、聳え立つ牛太郎、写真映えで喜ぶ客。
かくして生徒達は、デスマーチへと突入したのである。
――客の大半、喜んでいるからなぁ。
生徒達が駆け回る姿を眺めるのも、来校者にとっては楽しかったのだろう。お祭り騒ぎに喜んで、気長に列に連なっていった。
大人である担任は介入して、止めるべきだったかもしれない。
だが宇賀の来店が、それを阻んでしまった。
300万人以上が避難民と化した日本で、宇賀とA級陰陽師達は、対策の中心を担っている。
来店した宇賀と、A級陰陽師達が話し合いをしている中で、誰が中止にしろと言えるだろうか。しかも万単位の人々が、注目しているのだ。
担任どころか、大臣だろうと、止めろと言えるわけがない。
「ええと、わたし達も手伝うよ」
二十余名からなる卿華女学院の生徒達は、そのように申し出た。
そして委員長の北村と、女子をまとめる絵理が受けたことで、販売所の規模は拡大していった。
中止の指示が出ないままに、効率化が図られていった結果が、被災地の物資受け渡し所と化した現状である。
「巡視船で災害支援物資を運んだら、こんな感じになるのかな」
「ほらそこ、サボってないで手伝いなさい」
現実逃避する一樹に対して、紫苑から活が飛んできた。
花咲高校の1年3組が行っていたはずのメイド喫茶は、半ば卿華女学院の1年2組に引っ張られていた。
他校に頼らずに自分達でメイド喫茶を企画したからか、外側から見て足りていない部分を把握したからか、そもそも優秀な集団であるからか。
企画立案者であり、観察していた優秀な彼女達は、最初に販売所を船着き場に移した。
『販売所のスペースを広げて、列を増やして、混雑緩和を図る』
『会計と品出しの人間を分けて、販売所での処理速度を上げる』
『行列にメニューを回して、販売所で検討する時間を短縮する』
それらの工夫によって、行列は小さくなり、客の待ち時間も短縮されていった。
なお担任は、どうにでもなれという悟りの境地に達したのか、黙々と生徒に求められた車の運転を行っている。
現状を把握した一樹は、大きな溜息を吐いて、サボるなと言った紫苑に尋ねた。
「俺は、何をすれば良いんだ」
「幽霊船員を最後尾に送って、販売終了をアナウンスしなさいよ。そうしないと、夜まで終わらないわよ」
「幽霊巡視船員だと、大人しく引き下がるかなぁ」
目の前で販売終了となれば、わざわざ来た人間は、不満を抱かざるを得ない。
たとえ相手が幽霊巡視船員であっても、文句の一つも付けてくるかもしれない。
そのように考えている間にも、列の最後尾に新たな人が加わっていく。そんな光景を眺めた一樹は、うんざりした表情を浮かべた。
「魔王対策を名目にして、式神を使う許可を国から取っているのでしょう。だったら、みなし公務員で、活動を妨害されたら公務執行妨害じゃん」
「そっちか。まあ、最終手段だな」
大前提として、万単位で客が来れば、文化祭の模擬店が売り切れになるのは必至だ。
常識的に考えて、文化祭の模擬店が販売できる量は、とっくの昔に超えている。
相手がごねたところで、売り切れという事態への過失は無い。
周囲も写真や動画を撮って、ネット上にアップロードするだろう。
売り切れを説明して、相手が暴れた場合に、やむを得ず最終手段を行使する。そのように一樹は決定して、幽霊巡視船員を送り込んだ。
それから1時間以上が経って、最後尾の巡視船員達と合流を果たし、ようやく模擬店は終了したのであった。
◇◇◇◇◇◇
「あー、疲れた。死ぬかと思ったー!」
昼下がりとなる14時。
巡視船の第二公室にある椅子にもたれかかった絵理は、疲れ切った声を上げた。
後片付けは、疲れを知らない幽霊巡視船員達が行っている。15時には椅子の回収も行って、教師が運転する車に詰め込む予定だ。
なお牛太郎は、閉店の看板を持たせて、船着き場に立たせている。そうやって、後から来た客の不満を解消しようと目論んだ次第である。
他方、北村達は水を得た魚のように、卿華女学院の生徒間を駆け回っていた。
「それじゃあ連絡するから」
「良いですよ」
北村達は数人で、同じく数人の女子生徒達に話し掛けて回る。
そこで会話をしては一緒に写真を撮り、SNSのアカウントを交換し合い、連絡の約束を取り付けて回っていた。
――どんな娘か、後で思い出すために撮っているのか。
一緒に撮った自分の写真を相手にも渡しており、テクニックは巧妙である。
お嬢様達の鉄壁ガードは、現在緩くなっている。
それは、ある種の吊り橋効果だろうか。それとも万単位の客が押し寄せる危機に際して、共闘したことから、仲間意識が芽生えたのか。
北村の行動を皮切りとした男子達は、十数名ものお嬢様の連絡先を獲得していた。
「おい賀茂、一緒に働いた仲だろう。お前も連絡先を交換しろよ」
陽気な阿呆が、ノリと勢いで、一樹を巻き込んでくる。
応じなければ空気が読めない奴に認定されかねず、さりとて蒼依の視線も痛い。
促された一樹は、やむを得ず、紫苑のほうに向かった。
「そう言えば、直接の連絡先を知らなかったな」
スマホを差し出した一樹に向かって、紫苑はムスッとした表情を浮かべた。
だが一樹はA級陰陽師で、11月には紫苑もB級陰陽師になる。
――上級陰陽師同士が連絡先を交換するのは、仕事の一環だ。
一樹にとっては、空気を読んで交換したという名目も、蒼依に対する大義名分も立つ。
対する紫苑もスマホを取り出して、一樹と連絡先を交換し合った。
「よし、次だぞ賀茂」
走り出した陽キャは、止まらない。
一樹は小太郎関係で、小太郎の相手である三戸愛奈と、連絡先を交換し合った。
それで北村は満足したのか、台風のように過ぎ去っていった。
なお北村達は、クラスメイトの女子には一切ナンパをしない。この差異について、一樹は有識者の意見を知りたかった。
「キタムー、アホじゃない」
1年3組の女子の心情を代表して、絵理が宣った。
「まあ良いや。三戸さん、経費を差し引いた利益は、手伝ってくれた全員で頭割りするけれど、計算が大変だから、あとで沙羅を経由して、双子の紫苑さんに渡すね」
「それで良いよ。楽しかったから、また誘ってね。こっちも誘うから」
「ぜひぜひ!」
絵理と愛奈の会話を耳にした一樹は、来年もやるのかと戦慄した。
かくして1年の文化祭は、幕を閉じたのであった。
コミックシーモア様にて、立読み(無料)増量中です!
https://www.cmoa.jp/title/1101385105/
すごく綺麗な口絵も、大きく載っています!
お気に召されたら、ぜひ買って下さい(*`・ω・)ゞ


























