122話 男子禁制?
「卿華女学院は、明治時代に開校した私立の女子校です」
一樹、蒼依、沙羅の3人は、文化祭を見学するために卿華女学院へ赴いた。
沙羅が中学時代に通っていた学校であるため、道中に概要の説明を受ける。
卿華女学院の開校経緯は、明治12年に出された教育令だ。
教育令では、『中等教育以上は男女別学とすべし』と定めた。
そのために国公立の女学院が不足して、私立の女学院が全国で作られた。
――結果が出た後だから言えるのかもしれないけれど、明治政府は、いつも後先を考えないよな。
京都市にある卿華女学院は、当時は不足した女学院を補っていた一校だ。
現在では、一般人も通える中高一貫の女子校となった。だが立地や、過去のネームバリューで、相変わらず家柄の良い子女が集まっている。
沙羅から説明を受けた一樹は、首を傾げて、ふと思い付いた疑問を口にした。
「五鬼童の本拠地から通学するには遠いよな。五鬼童とは、何か関係があるのか」
現在の五鬼童家は、協会本部が置かれている奈良県御所市を活動拠点としている。
そこから京都市までは、車で片道1時間15分も掛かる。
もしも近所の中学校に通えば、片道15分で済むだろう。
五鬼童家であれば運転手くらい雇えるし、遊べない車内で勉強でもしていれば成績も伸びるが、なにゆえ遠方まで通わなければならないのか。
これが花咲学園に通う小太郎のように、五鬼童家が設立・運営する学校ならば順当だ。
もっとも奈良県を本拠地とする五鬼童家であれば、京都府には学校を作らないだろうが。
――よほど設備や教育が良いのかな。
沙羅の成績は、それなりに偏差値が高い花咲高校でも、クラスで一番だ。
しかも沙羅は、企図して一樹と同じクラスに入っており、本来の成績はもっと上だ。
優秀な進学校には男子校や女子校も多いが、それは異性との色恋沙汰が無いからだとも言われる。学校は第一に学問を学ぶ場所であるから、より成績が良くなる学校を選ぶならば、目的に適う。
そのように考えて、納得しかけた一樹に対して、沙羅は予想外の答えを口にした。
「母が通っていて、娘も通わせたかったからです」
「そんな理由なのか」
それで片道1時間15分は、はたして如何なものか。
だが実際に自分が通っていれば、学校の雰囲気や教育方針を知っている。
当時は若かった顔見知りの教師達も、20から30年ほど経って、相応の影響力や発言力を持っているだろう。
それらを保護者側が知っていれば、学校で娘に問題が起きたときの判断材料が多くなり、対応力も高くなる。そのような理由で通わせたいのであれば、一樹にとって理解が及ぶ話だった。
「母親が娘を同じ女子校に通わせたがるのは、良くある話ですよ」
「そうなのか。まったく知らない世界だ」
一樹が蒼依に視線を向けると、蒼依も首を横に振って知らないと応えた。
花咲市には女子校が存在せず、蒼依も地元を離れたことは無い。
そんな一樹達にとって未知の卿華女学院は、明治に開校しただけあって立派だ。なにしろ京都御所がある鴨川沿いの一等地に、広い敷地面積を持っている。
最寄り駅に着いた一樹達は、卿華女学院に向かって歩き出した。
晴れ渡った青空の下、緑溢れる鴨川沿いの並木道を進んでいく。
やがて一樹の視界に、高い塀に囲まれた卿華女学院が見えてきた。
◇◇◇◇◇◇
男性が女子校に入る際のチェックは、流石に厳しかった。
沙羅や蒼依の場合は、チケットを提出して、入場許可証を受け取るだけで良かった。
それに対して一樹は、顔写真入りの身分証明書を提示して、事前に届け出のあった名簿と照らし合わせて確認された。
「中等部2年4組、伏原綾華さんのお兄さんですか」
「そうです」
受付の教師は、一樹と妹の苗字が異なることに疑問を抱いた様子だった。
――両親が離婚して別々に引き取っていながら、子供達が勝手に交流しているのは、あまり無いかもしれないな。
流石に相手も、「苗字が違いますね。両親が離婚して別々に引き取られたのですか」とまでは聞かなかった。
「賀茂さんがA級陰陽師であることは、存じています。不審者と思っているわけではありませんが、規則で確認が必要でして」
A級陰陽師である一樹のことは、応対する教師も知っていた。
それを分かった上で、男子高校生を女子校に入れることについて、職務上の懸念があったのだ。
「ええ、分かります」
妹が通う学校であるため、一樹も丁寧に対応する。
教師の立場から見れば、女子校に男子高校生を入れたいとは思わないだろう。なぜなら絶対に、文化祭を見に来たのではないと考えられるからだ。
常識的に考えるならば、動機はナンパである。
教師が事前申請書の一覧を確認する中、一樹は呪力で繋がる水仙に話し掛けた。
『念入りに確認するよな』
『だって、女子校の文化祭だよ。男子を入れたら、金魚掬いみたいに、たくさんの生徒を持って行かれるじゃない』
『……表現がおかしい』
一樹が水仙に話を振ったのは、水仙が取り繕わず、ストレートに物事を話すからだ。
日本人は、あまりストレートに物事を言わない。
たとえば日本人が、「ちょっと難しいですね」と言えば拒否であるが、日本の文化に不慣れな外人が聞けば「難しいのなら、どうすれば解決するのか」と尋ねる。
すると日本人は、「いえ、難しいです」と、外人にとっては意味不明なことを宣う。
たとえば夏目漱石は、「I LOVE YOU」を「月が綺麗ですね」と訳した。
それに対して受け入れる場合は、「今なら月に手が届くかも知れませんよ」で、貴方から告白してみなさいよと促す。
逆に断る場合は、「手が届かないからこそ綺麗なのです」など、直接的には断らない形で、告白した側のショックを和らげる。
ストレートに伝えないことが美徳とされるのは、日本の文化であろう。
だが一樹としては、受付で「ちょっと難しいです」と言われるよりも、「うちの文化祭、女子生徒の金魚掬いは、してないんですよ」と言われるほうが分かり易い。
『そんなに成功率が違うのかな』
『だって考えてみて。町で女性に「ヘイ彼女、お茶しない」とか、「姉ちゃん、茶しばかへんか」と言ったら、どうなると思う』
『それは警戒されて無視されるか、通報されるかもしれないな』
それほど想像しなくても、町でナンパするのは困難だと一樹にも分かる。
『でも文化祭で校内に入って、クラスの出し物の喫茶店で店員さんに話し掛けたら、どうかな』
『それは無視も通報も、出来ないな』
文化祭で客を無視するとクラスメイトに怒られて、通報すると警察に怒られる。
一樹は、女子生徒が入場者を通報する姿と、応対する警察官がチベットスナギツネの顔に化ける姿を同時に想像した。
『そこで男子が声を掛けたら、女子に興味が無ければ注文だけに応じるし、興味があれば会話に応じるよね。むしろ周囲のクラスメイトは、彼氏が欲しい女子を接客に回して協力するかもね』
『ふむふむ』
『そうやってSNSの連絡先をたくさんゲットして、後日にデートの誘いを掛ければ、何人かは釣れるでしょ。だから金魚掬いみたいなものだよ』
『成程なぁ』
何人かは釣れるが、誰にでも声を掛けていると知られれば、金魚掬いの網が破れる。
どれだけ持ち帰れるのかは、挑戦者の腕次第。
――言い得て妙だな。
水仙の比喩的表現に感心した一樹は、男性に不慣れな女子校では引っ掛かる可能性が高いかも知れないと思い直した。
異性に興味のない人間よりも、興味のある人間のほうが多いだろう。
そうでなければ子孫を残せなくて、人類は滅ぶ。
だが女子校に居る男性は、教師だけだ。
しかも教師は、生徒と付き合うわけには行かないので、付き合うハードルは極めて高い。
そんな『異性と付き合ってみたいが相手が存在しない』女子校に、男子高生を入れてしまえば、需要と供給が完全に一致する。
文化祭の喫茶店で、店員までテイクアウトされてしまうのは、不可避だろう。
『いまどき、男女交際禁止の学校なんて古くないか』
『その男子高生に節操があれば、良いかもしれないね。女子校の文化祭に突撃する男子に、それは期待できないと思うけれど』
一樹が生徒の立場で訴えると、水仙は教師の立場に立って答えた。
『避妊しない、妊娠したら無責任に捨てる。ヒドいことは、色々想像できるかな』
『そういう男は……居るかも知れない』
『女子校だと、比較できる相手が居なくて、経験もないから、騙され易いんじゃないかな』
そして悪い男に引っ掛かった女子生徒が、妊娠でもしようものなら、クラス全体が動揺して教師も頭を抱えることになるだろう。
逃げなくても、暴力で苛立ちを発散させる者もいる。
責任を取って結婚しても、貧困で経済的虐待を行ってしまう場合もある。
誰しも完璧には出来ないが、社会的に許容できる水準というものはある。
共学校の同級生であれば情報が入るし、周りの目もあるので逃げ難いが、他校であれば抑止効果に乏しい。
――俺は、普通に文化祭を見に来たんだけどな。
一樹が保護者以上の年齢であったならば、まだ確認は少なかったかも知れない。
受付役の教師は、可能な限り応じずに粘ってみせた。
だが一樹の事前申請は、正規のものだ。
「ようこそ卿華女学院へ」
態度と言動が不一致な教師から入場許可証を受け取り、一樹は卿華女学院に踏み入った。


























