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【7巻12/15発売】転生陰陽師・賀茂一樹  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第5巻 昇神への道程

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117話 二重の願掛け

『糧に与するとは、愚かなり』


 まるで拡声器で伝達するように、箱根山の山頂から放たれた呪力が、山裾の小田原市に響いた。周囲の煙鬼達は、羅刹の呪力に恐れ戦き、身を縮めて震え上がっていく。

 だがキヨは、まったく怖れずに平然と言い返した。


『糧というのは、コレのことですか』


 キヨは羅刹を挑発するように、周囲の煙鬼を次々と捕食してみせた。

 煙鬼は抵抗の術もなく、次々とキヨに吸われていく。

 キヨの行為は、羅刹を引き寄せるために行われた、あからさまな挑発だ。

 挑発されていることは羅刹にも理解できていたが、だからといって放置は出来ない。なぜなら煙鬼を撒き散らして、気を回収するのは、羅刹が従う荒ラ獅子魔王の方針だからだ。

 せっかく撒いた煙鬼を潰す、外部からの侵入者。

 それに対して羅刹が取り得る選択肢は、排除の一択だった。


『小娘、身の程を分からせてやろう』


 キヨは1000年以上も昔に発生した白蛇の怨霊だが、羅刹は2000年前、阿弥陀如来が率いた神仏と戦った悪鬼邪神の1体だ。

 羅刹にとっては、キヨですらも若輩の小娘に等しい。

 そんな小娘に挑発された羅刹は、斧を携えながら、箱根山を駆け下り始めた。


 箱根山の山頂から、小田原市の酒匂川付近までは、距離にして10キロメートル程度。

 全長8メートルの黒鬼を人間サイズに直すのであれば、2キロメートルの距離だ。しかも、羅刹という種族は足が速く、下り坂でもある。

 瞬く間に迫る羅刹を目の当たりにした堀河は、車を降りて、自らと契約する相手に呼び掛けた。


杜若かきつばた


 まるで陽炎のような揺らめきが生まれて、紫髪で紫の着物を着た少女が、スッと姿を現わした。

 彼女こそが、堀河が願掛けを行った2つの存在の片割れ、杜若の精である。

 杜若とは、湿地に群生して、5月から6月にかけて紫色の美しい花を咲かせるアヤメ科の花だ。

 古来より布を染めるために使われており、『書き付け花』と呼ばれ、それが転じて『かきつばた』と呼ばれるようになった。


 杜若の精は、『駿国雑志』(1843年)などに伝えられる存在だ。

 徳川家康の孫にして、三代将軍となった家光(幼名・竹千代)と争った弟の忠長(国千代)が、駿府城(静岡県静岡市)の城主だった頃。

 忠長は、三河国(愛知県)の八橋に、美しい杜若の花があると聞き、それを駿府城の泉水に植えさせた。

 ある日、春雨が降る中で杜若を眺めていた忠長が謡曲『杜若』の一節を口ずさむと、年の頃は17から18歳で、紫の着物姿をした上臈(御匣殿別当、尚侍、二位および三位の典侍で禁色を許された高級女官)が現れて、自分が杜若の精であると名乗りを上げた。

 杜若の精は、忠長の荒い気性が身を滅ぼすことになると、何度も優しく忠告した。

 だが忠長はまったく聞き入れず、乱行を繰り返した果て、切腹となっている。


 杜若の精は、如何ほどの力を持つのか。

 一樹は、伝承の内容や年月などから、椿の精である牛鬼と同等ではないかと想像した。

 一樹が出会った当初の牛鬼は、B級中位の力を持っていた。

 堀河の力に加えて、大鬼相当の与力も得られれば、大抵の鬼は倒せる。

 そして祈願に失敗しても、力を借りた相手が杜若の精であれば、力を大きく損なうようなことにはならない。

 堀河の傍に陣取った彼女は、周囲に杜若の花が咲き乱れる幻覚を生み出していく。


 ――堀河陰陽師の呪力が、急速に高まっていく。


 それは外部から力を得るドーピングのようなものだ。

 加算される呪力は一樹の想像よりも上で、堀河の力はB級上位にまで高まった。

 無論、それだけではA級中位の羅刹には、到底及ばない。

 新たな人間が出現したことを知覚した羅刹も、呪力から脅威を推し量った上で、駆け下りる歩みは緩めなかった。


 だが、堀河が借り受けた力は、杜若だけではない。

 堀河の父親を殺した鬼は、静岡県で暗躍していた羅刹である可能性が極めて高かった。羅刹はA級中位の力を持っており、杜若の精の力だけでは抗えない。

 そのため堀河は、追加で別の神仏に願掛けを行った。

 それは杜若の精とは異なり、祈願に失敗すれば命を危うくする。

 それでも堀河は、羅刹に対抗するために、静岡に由来する神仏から新たに力を借りた。


『召喚・護法一龍八王大善神』


 堀河が式神術を行使した直後、杜若で覆われた地面から、赤い牛が迫り出してきた。


「ムウォオオッ、ムォオオオオッ」


 現れた赤牛は天に向かって顎を突き出し、激しく鳴き出した。

 それは静岡県田方郡対馬村(現・伊東市)に、古くから伝わる赤い牛だ。

 かつて対馬村の山奥に、現在は廃寺となっている福泉寺という寺があった。

 福泉寺は住職が去ってから荒れ放題となり、新たな住職が定まって寺に入っても、すぐに姿を消してしまった。一夜限りの宿を借りた修業者ですら、誰も帰って来ない。

 やがて人々は、福泉寺に、物の怪が住み着いたのだと悟った。


 その話は、とある行脚僧に伝わる。

 戦国時代に織田信長と争って敗れた戦国大名・斎藤龍興の三男に、和泉守良孝というものがいた。出家した武士である良孝は、物の怪の正体を見極めようと、福泉寺に泊まった。

 その夜、庭から鳴き声が聞こえてきたので良孝が外に出ると、大きな牛が立っていた。

 牛は頻りに鳴くが、良孝には伝わらない。

 人の姿に成れと伝えると、牛は女に変じて訴えた。


『私は、対島の池の主です。千年も住みましたが、未だ仏法を知らず、功徳を受けようと住職に教えを請いましたが、害を加えようとするので殺してきました』


 それを聞いた良孝は、赤牛に三帰戒を授けて説法した。

 夜が明けて戻ってきた良孝から話を聞いた村人は、徳の高い良孝に住職となることを願い、良孝は聞き入れて龍渓院という寺を開いた。

 また赤牛は、護法一龍八王大善神として祀られ、正式に土地を守る土地神となった。


 堀河は、龍渓院に祀られる護法一龍八王大善神に祈願して、その力を借りたのだ。

 戦国時代に千年も生きていたのであれば、キヨよりも古い存在だ。

 神として祀られていた土地神であるならば、地脈の力も得ている。

 そして赤牛の力は、キヨにも匹敵した。


「ボーオッ、ブオオオオオッ」


 至近に迫っていた羅刹の足が止まる。

 強大な力を持つ羅刹も、神力を持つ大きな赤牛に、警戒したのだ。

 その立ち止まった羅刹の足に、白蛇の胴体が巻き付いた。


「どこへ行くのですか。身の程を教えてくれるのでは、ありませんでしたか」

「ぬうっ、離せ!」


 キヨが絡みつけた胴体を引き寄せて、斧を振り上げた羅刹の身体を横倒しにする。

 そこに怒れる赤牛が、突っ込んできた。


 五行には、相性がある。

 黒鬼で水行の羅刹は、五行相生で金行に対しては優勢で、木行に対しては劣勢。

 五行相剋で火行に対しては圧倒的に優勢で、土行に対しては圧倒的に劣勢となる。

 だが相手は水行のキヨと、同じく沼の主で水行の護法一龍八王大善神だ。この場合は五行の優劣が存在せず、ただひたすらに力での勝負となる。


「ヴヴヴヴォオオオオッ!」


 赤牛には、メスの頭部にもツノがある。

 キヨに転ばされた羅刹に突撃した赤牛が、そのツノで羅刹を打ち、力で弾き飛ばした。

 キヨに放された羅刹は、小田原市の酒匂川を転がっていく。

 それを追いかけたキヨが再び羅刹を捕まえて、追撃した赤牛に再び頭突きをされた。


「よし、行けっ!」


 父親の仇である羅刹に対して、堀河は最大級の力を投じて、赤牛の攻撃を続行させた。

 A級の赤牛を使役するのは、堀河の呪力を超える術の行使であり、命を削る所業でもある。攻撃を続ける堀河の顔色が急速に悪化し、病的に白い肌となって、髪の艶が落ちて色褪せていった。

 それを見た杜若の精霊が、堀河の左手を握る。

 すると神力が継ぎ足されて、堀河の顔色は改善した。


『キヨ、支援してやってや』

『はい、御前様』


 キヨは羅刹の右腕に絡み付くと、斧と腕を雁字搦めにして、武器を封じた。さらに羅刹の身体を引っ張って、川底に押し倒す。

 赤牛は倒れて動けなくなった羅刹の胴体に向かって、負担が少ない単調な突進を行った。


「ぬううっ。貴様ら、人間に与して、恥を知れ」

「あなたは、顔が嫌いです」


 かつて清姫が追いかけた安珍は、見目能僧であったと記される。

 面食いのキヨは、醜陋な羅刹の訴えを容赦なく切って捨てた。


「晴也、顔がキヨさんの好みで良かったな」

「……お、おう」


 陰陽師達が見守る中、清姫が引き摺り倒した羅刹を赤牛が打ち、痛めつけていく。

 赤牛のツノは鋭く尖っており、打たれた羅刹は皮膚を裂かれ、血を流して苦しんだ。あるいは、肋骨の一つも折れたかもしれない。

 羅刹は明らかに、戦闘力が落ちている。


 このまま順当に戦えば、堀河の赤牛が勝利して、悲願を果たせるだろう。

 だが静岡県に現れた羅刹は、荒ラ獅子魔王の配下だ。

 煙鬼を削る程度では現れない魔王も、羅刹を倒すとなれば、流石に介入してくるはずである。

 そして一樹達が予想していたとおり、箱根山の山頂には、新たな存在が顕現していた。

――――――――――――――――――

1巻を宣伝して下さる、出版社様のツイートが

『5,695件の表示』と出ています

https://twitter.com/TOBOOKS/status/1628959911920160769


これって、ヤバイですかね?(・∀・;)

出版社様から「次の作品を探すか」と思われそうで、毎日気になっています


何かの間違いで、一回だけでもアクセスして頂けませんでしょうか?(´・ω・`)

気が向かれたら、「いいね」や「リツイート」もお願いします(o_ _)o

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― 新着の感想 ―
[一言] 「あなたは、顔が嫌いです」 一刀両断w 遂に魔王も動くか…。
[一言] いいねとリツイートしました。
[気になる点] 地獄で散々なぶられた鬼の登場の割に主人公君の反応が薄い気がしますがこれからですかね? 実際なぶってた鬼とは同種別鬼な訳ですからさほど心に来るものはないのかな?
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