12話 圧力機と鰹節
「嘘だろ、早過ぎないか」
試験会場に入った一樹は、当然ながら注目を浴びた。
本来であれば時間が足りないはずの試験が、僅か3分の1未満で終えられたのだ。会場に居る試験官達が一斉に注目して、続々と周囲に集まって来る。
一樹は、会場に用意されていた実技試験用の機械50台のうち、わざわざ中央にある1台まで案内された。
実技試験用の機械は、50トンの圧力を掛けられる油圧プレス機だ。
案内した試験官は、守護護符を入れた箱を台の上に置くと、一樹に指示を出した。
「それでは開封して下さい」
指示された一樹は、箱から6枚の守護護符を取り出して、テープで印を付けられているテーブルの上に並べておいた。
するとプレス機の前に居た2人の実技試験官のうち若手側が、3回サイコロを振って、1、4、6の数字を出した。
(サイコロが6までだから、6枚を作らせたのかな)
一樹が適当に予想する中、機械の前に居た実技試験官によって、1枚目の朱雀、4枚目の玄武、6枚目の閻魔大王をイメージした3枚の守護護符が選び取られた。
「残る3枚を箱に入れて、サインした紙を貼って、封をして下さい」
一樹は選ばれなかった3枚を箱に入れると、テーブルに置かれていた封印の紙に名前を書き、それを箱と蓋の間に2枚貼って封印した。
「それでは実技試験を開始する」
案内してきた試験官に代わって、プレス機の前に立つ若手側の実技試験官が、試験の説明を始めた。
実技試験の内容は、作成した守護護符の効果を確かめるものだ。
試験には、守護護符とプレス機、そして鰹節を使う。
鰹節とは、言わずと知れた海を泳ぐカツオを食品に加工した物だ。
カツオを蒸して干し固め、黴付けと、日干しを繰り返してカチカチに固めて作る。
(勿体ない……いや、1000円もしないだろうけどさ)
一樹が2時間も早く来たからか、それとも手順を確認するためか。
3名の実技試験官のみならず、会場に居る100名の実技試験官や、その他のスタッフも集まってきて、一樹の試験を見守り始めた。
大勢の人達と、複数台のライブカメラが見守る中、若手側の実技試験官は鰹節を3本取り出して、その先端を削り取ると、3枚の守護護符に封入した。
もう1人いる年配の実技試験官は、若手側試験官の監督を行っている。
実施者が年配側で、監督役が若手側であったなら、実施者が何かしらの不正を行っても、若手側は口を出せないかも知れない。
実施者を若手、監督者を年配にした協会側の差配に、一樹は納得した。
今年1人目の実技試験だからだろう。
試験官はカメラに向かって、試験内容を口頭で説明した。
「守護護符は、持ち主が受ける衝撃を代わりに引き受けてくれる。これより鰹節に圧力を加え、耐えられる最大圧力で、何秒保つのかを試験する。耐えられた圧力と時間が、受験者の成績となる」
陰陽道では、大祓で川に流す人形は、流した者の一部として扱われる。人形に罪や穢れを背負わせて流し、罪や穢れを流している。
また、かの有名な『丑三つ時に五寸釘で人形を打つ呪い』も、呪いを掛けたい相手の髪などを入れた藁人形に、相手の魂を籠めて呪っている。
守護護符は、それらと同じ理論で所有者を守ってくれる。
予め、自身の身体の一部である髪や爪などを守護護符に入れておき、本体が衝撃を受けると、代わりに衝撃を引き受けてくれる。
試験に使う鰹節は、生き物のカツオであり、守護護符で守れる。
そして加工したとは言え、所詮は魚1匹であるし、鰹節は生き物では無く食べ物なので、残酷だという考えにもならない。
なお試験で使われた鰹節は、世間からの勿体ないという批判対策で、食品用のポリ袋に入れて受験生に渡される。
受験生は持ち帰って食べても良いし、邪魔なら捨てても良い。ようするに、陰陽師協会から受験生個人への責任転嫁である。
「それでは、1回目の圧力を掛ける」
先端が欠けた鰹節が、50トンの油圧式プレス機の上に乗せられて、プレス用の金属板が降りてきて、圧力が加わり始めた。
1トンが1000キログラムで、体重58キログラムの人間17人分。
そして50トンは、体重6トンのアフリカ象8頭分となる。
まずは300キログラムの圧力から始められたが、鰹節は小揺るぎもせず、鰹節の先端を封入された守護護符も、まるで変化する様子が無かった。
10秒後、圧力が600キログラムに変わり、その様子がデジタルで表示される。
さらに10秒後には1トンに変わり、それから10秒後には3トンに変わり、10秒刻みで6トン、9トン、12トンと上がっていく。
守護護符は、淡く輝き始めて、その光が次第に強くなっていった。
そして守護護符の気に守られた鰹節は、完全に圧力に耐えていた。
「凄い、一体どうなっているんだ」
「1枚だけで、もう例年の合格者のトップクラスだぞ」
周囲を取り巻く試験官達が、驚きの声を上げた。
未だ試験中ではあるが、試験官達が声を上げても、既に提出済みの守護護符の効果には影響を及ぼさない。
例年の合格ラインの目安は、300キログラムの圧力に3枚で合計30秒耐える事だ。F級の小鬼がその程度の力であるため、最低限それくらいは耐えなければならない。
上位100人に入りたければ、600キログラムの圧力に3枚で30秒以上を耐える必要がある。そんな合格ラインに対して、一樹は既に耐えられる圧力が遥かに突き抜けていた。
守護護符の試験は受験生同士の相対値ではなく、どれだけの圧力に何秒耐えられたかの絶対値だ。
この後に実技試験を行う受験生の全員が、一樹より良い成績を出したとしても、一樹の合格は確定している。
カメラで中継されている事を想起した一樹が、平然とすました表情を作る中、担当している実技試験官が一樹に尋ねた。
「何トンまで耐えられる?」
守護護符を立派な素材で作った経験が無い一樹は、答えを知る由も無い。
だが今後の客引きのためには、インパクトが大きい方が良いだろうと考えた。
「測定限界の50トンでやってみて下さい」
「よし、50トンだ」
ゴクリと、生唾を呑み込む音が聞こえてきそうな程に静まり返った会場で、プレス機が圧力を掛ける音だけが聞こえてきた。
おそらく会場の外側、インターネット上では、実況掲示板などで盛り上がっているだろう。
動画の切り抜きは禁止されているが、勝手にアップロードする人間は居る。そちらに宣伝効果を期待した一樹は、デジタル表示されている圧力計の数値が次第に上がって行くのを見守った。
「…………50トン」
表示されている圧力は、50トンにまで到達した。
守護護符は赤く輝きながら、未だに鰹節を守り続けている。機械に繋がって、デジタル表示されているカウントは、10秒、20秒と過ぎていった。
(頑張れ、頑張ったら森の小鬼を振り回して、遊んでも良いぞ)
内心でエールを送った時、一樹は朱雀をイメージして作った守護護符から、「マジで?」と、嬉しそうな反応が返された気がした。
そして守護護符の気が逸れた瞬間、プレス機が鰹節を押し潰した。
「……あっ」
鰹節はバキバキと割れて、潰れた木の様な姿に成り果てていく。
赤い中身がさらけ出されて、かつて魚であった事も見て取れた。
「50トン、23秒です」
守護護符に籠めた気は、無言で見詰める一樹から、フイッと目を逸らしたような反応を示した後、霧散して消えていった。


























