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13 パラソルをさす女。そんなありふれた瞬間が、俺のすべてだ。

「落ち着け、俺。落ち着いて、深呼吸だ。大丈夫大丈夫大丈夫がゲシュタルト崩壊していくけど大丈夫。なんか一文字間違えてそうな気がするが、大丈夫だ」

「あぁもう、さっきからホントうるっさいわねっ」


 ピシャリと怒鳴られて、現在ノミ以下のレベルまで心臓が縮小している俺は、ぴえっと首をすくめて亀になった。むしろ本気で甲羅が欲しい。できれば重くないやつで。


「シャキっとしなさいよ、恥ずかしい」


 怒りながら呆れる、とかいうムダな高等テクニックを駆使する八神の溜め息に、俺はそろそろと顔を上げて横の般若顔(はんにゃがお)を盗み見た。


「え、でも緊張しないか……?俺はする……」

「アンタがガクブルしてるお陰で、こっちが緊張できないんでしょうが!」


 そうか、俺の緊張のお陰で八神が緊張せずに済んでるなら、この程度安いものだなと安心してガクブルすることにする。


「そもそも、何故この()に及んで緊張なさっているのですか?今日は展示会と受賞者の発表だけですし、既に受賞者は決定しているのですから、今さら緊張したところで何も変わりませんし。むしろ、私は提出した時の方が緊張しましたが」


 いつものように淡々と、本気で意味が分からないとでも言うように神代が首を傾げる。俺はお前が強い心臓を持って生きてくれているみたいで嬉しいよ……


 ついに来てしまった、桜花賞の授賞式である。桜花賞は例年、最低限の予選審査を経て残った数十点の作品の中から『日本一』の作品が選ばれる、絵画という枠に収まるものならジャンル問わずの特殊な賞だ。それらに提出されて予選を通過した作品は、授賞式の当日にデカい展示場でズラリと並べられて、参加者の誰もが全ての作品を見ることが許される。


 さっきから、かつて知り合いだった画家と何度もすれ違ってるし、そういう同業者だけじゃなくて記者っぽい服装のヤツらの視線がさっきから突き刺さってくる。実際、何度か突撃を受けそうになってるし。


「もう帰りたい……」

「それ、今日だけでもう何回目?アンタが桜花賞にチャレンジしてるワケじゃないんだし、私達がさっきからちゃんと守ってあげてんでしょ。これくらい我慢しなさいよ」


 そうなのである。俺は先程からこの二人に、お姫様か何かみたいに警護されていた。報道関係者っぽい人間が近付いて来ようと思えば、ツインテールゴリラ八神に全力の威嚇攻撃で出迎えられ、楚々とした大和撫子(やまとなでしこ)っぽい神代が絶対零度の視線で追撃してくる。


 二人が学生服を着てるし、ずっとこうして三人で固まっているからこそ報道陣もグイグイ迫って行きにくいんだろうが、こうして本来は報道の目から守られるべき八神と神代に、むしろ守られている構図というのは忸怩(じくじ)たるものがある。ありがたく守られてるけど。


「大体ね……この展示ザッと見れば、まともな審美眼持ってる芸術家ならどのあたりが受賞候補かなんて理解できるでしょ。自分で描いたんだから、この中で自分の作品がどの程度のレベルなのかくらい把握してるわよ。アンタだって、さっき一周見て回っただけで何となく目星はついたでしょ」


 あまりに頼もしい八神に、俺は申し訳ないとは思いつつも正直に申告した。


「いや、緊張しすぎてて記憶にない……」

「……アンタ、本気で何のために来たの?」


 引率、のはずである。すっかり引率される側になりさがってはいるが。


「まあ、良いわ。本当に気付いてなかったみたいだから教えてあげるけど、私達狙われてるわよ。絶対にこの待機時間内か、下手したら授賞式の時にひと悶着あるわね」

「……は?」



 どうして八神がそんなことを予言できるんだとか、こいつ実は某国のスパイだったりするのかとか、そんなアホな方向に思考が拡散していくよりも先に、神代が黙って『その作品』に視線を向けた。



「な……」



 何が起きているのかを一瞬にして理解した俺は、血の気が引いていく音を耳の奥に聞いた。やられた――




「盗作者め!」




 芝居がかった声で放たれた言葉に、時が止まった。


『この盗作者っ!』


 かつて親友だと思っていた男の声が、重なって聞こえたような気がした。


「……それ、誰に向かって言ってんの」


 やけに静かな八神の声が、水の中で聞いているみたいに遠い。


「神代梓だ。お前だろう?学生服着てる身の程知らずなんて、この場にお前達だけだ」


 高飛車に聞く青年が指差したのは、確かに神代だった。


「あの穂高燿が常磐学園とか言う学校で教師なんてしてるって言うから、そこの生徒がどんなレベルなのかと見てみれば、僕の作品とまるで同じ構図じゃないか!よくも、この神聖な桜花賞の場でっ。画家としての誇りがないのか?」

「アンタねっ」

「僕が話しかけてるのは、お前じゃないぞ。八神奏っ」


 フルネームを叩きつけるようにして叫ばれた八神は、一瞬だけ周囲の目を気にするように視線を走らせた。その隙を()くようにして、青年が糾弾を重ねていく。





最終話に入りました。


最後まで楽しんでお付き合い頂ければ幸いです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 自分の中では神代の株が爆上がりだったんですが、八神がデレるのもなかなかよろしいですね。 ただそれも、師匠が師匠足らんとする見せ場があってこそで、それでもボケを忘れないあたりが読んでいて楽し…
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