12 ムーラン・ド・ラ・ギャレット ⑩
「ってことを、梓から聞いたんだけど」
私が身を乗り出すと、穂高燿はゲンナリしたような表情でうなだれた。いつものゾンビ顔が、更にゾンビへと近付いた気がするんだけど。どこまで人間捨てていくスタイルなわけ。
「なに、お前らどんだけ仲良しさんなの……神代のヤツ、あんなことからこんなことまで報告してんじゃねえよ。八神は神代のお母さんか?」
「アレは放っといても、何でもかんでも私にペラペラ喋って去っていくわよ。本人曰く『これまでほとんど誰とも話さずに生きてきたので、友人に自分の話をできることが嬉しいのです。これからも、私の良き友でいてくださいね』とか、鳥肌たちそうなこっ恥ずかしいこと言ってきたんだけど。最近ウザさに拍車がかかってるの、アンタのせいだったりする?」
目の前の男は、元から情けない顔を泣きそうに歪めて呟いた。
「なにそれ、悲しすぎて怒るに怒れないだろ……それから、それに関しては冤罪だ。俺はそんなにこっ恥ずかしい男じゃない」
どうだか、と思って溜め息がこぼれた。ヘタレのくせに、真顔で恥ずかしいことを言うのは無自覚なこの男の悪い癖だと思っている。にしても、いつものことだけどサッパリ話が進まない上に、あちこち脱線していく。絶対にこのポンコツ教師がツッコミどころしかない存在なのが悪いのよね、とジットリ睨みながら話を本筋に戻そうとする。
……なんだっけ。最近、私とこの男が何の役にも立たない言葉を投げ合ってると、上手い具合に話を戻してくれる灯センパイが大抵は一緒にいたから、どこに話があったのかすら思い出せない。
「……それで、何の話なワケ」
私が通り過ぎていって消えてしまった記憶にイライラしながら問いかけると、穂高燿は困惑したような表情を浮かべた。
「いやいやいや、お前がいきなり俺の城である、この美術準備室に押しかけて来たんでしょうが。それで、俺が聞いてもいないのに、思い出したくもない世界一周旅行の黒歴史を掘り返して、傷口えぐって来たのお前だろ」
チワワみたく震えて涙目になっているけど、良い年こいた無精ヒゲのオッサンがやってると、軽くホラーでしかない。よっぽどそう言ってやろうかと思ったけど、本当に目の前のこの男が泣き出しそうで面倒だったからやめた。
「思い出したわ。アンタ、いつになったら私を呼び出すのよ。梓は呼び出しておいて、私は呼び出さないなんてエコヒイキが過ぎるんじゃないの?師匠としての身の程を知ったら?」
「いや、だから何でそんな上から目線なんだよ。いっそ清々しいわ」
そう言って呆れたような顔をする、この鳩男をいっそのことぶん殴って目を覚まさせてやりたい、なんて物騒なことを考えながら腕組みをした。
「二歩以上も記憶を保ってられないポンコツ教師より、私の方が偉いに決まってるでしょ」
「え、俺の存在価値ってニワトリさん以下なの……確かにニワトリさんは卵産めるし、お肉は美味しいし、ヒヨコさんの時は可愛さふりまいてるけど。あ、俺に勝てる要素ねえわ……」
一人で何やら意味の分からないことを呟いて、一人で納得して、一人で勝手に落ち込んでいる姿に、私の苛立ちはマックスを突破してる気がする。ああもうっ、このヒクツなバカ男が『あの』穂高燿の成れの果てだなんて、何度見ても悪夢だとしか思えない。
本当に、鳥以下の存在に成り下がってしまったと思う。私が敬意の全てを捧げて、追いかけてきた背中は、この男のものじゃない。学園祭で、ちょっとは目覚めたかと思ったのに、このダメさ加減を見ると私達の何もかもはムダだったのかと、真っ向から怒りをぶつけてグチャグチャにしてやりたくなる。
穂高燿が、在るべき姿に戻らない限り、私がこの男に敬意を払うことだけは絶対にない。
「……それで?」
冷たく叩きつけるように言って睨みつけると、この男は珍しく私の視線にビビりを見せずに、かわりに困ったように眉毛を下げて、情けないパグみたいな顔をした。
「いや……お前さ、俺が一応担任なの知ってるよな?」
斜め上の方向からの言葉に、思わず顔が引きつった。
「なに、私の記憶力に対してケンカ売ってんの?」
「いや待て、どうしてお前はそうケンカっぱやいの……女子高生怖い」
そんなことをボヤいている男に、心の声ダダ漏れてんのよ、と怒鳴りつけてやりたくなるのをグッとこらえた私の精神力を褒めて欲しい。
「まああれだ、今月は中間テストあるだろ?」
「それがどうしたのよ?」
話が見えなくて首を傾げる私に、穂高燿はビミョーな表情を浮かべて言葉を続けた。
「いや、お前さん、自分の前回の期末テストの結果覚えてる?」
「過去は振り返らない主義なの」
「いや、振り返れよ!全教科赤点スレスレだよ!」
唐突に叫びだした男に、実はこの鳩男、やっぱり情緒不安定だったりするんだろうかと疑ってしまう。
「赤点取らなかったんだから良いじゃない」
「いや、他の先生達から『八神さんは何か狙いを澄ましたかのように赤点のギリギリラインを上回っていくのですけれど、何か彼女は心配事や不安を抱えてるんじゃないですか?』とか聞かれて胃に穴が空きそうになってた俺の心情を察しろ!タダでさえ俺ダメ教師だと思われてんのに、ストレス与えて学校に反抗心抱いてる生徒を量産してるクズ教師だと思われちゃうだろ!」
私はしばらく考えてから、とりあえず目の前の男を冷静にさせようと、努めて冷静に現状を整理した。
「半分以上は、合ってるじゃん」
「そうでしたね……」




