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12 ムーラン・ド・ラ・ギャレット。そんな風に、踊り明かす日があったっていい。

「私達、桜花賞に作品出すことにしたから」


 そう、八神が神代と報告に来た時、あまり俺は驚かなかった。どちらかと言えば、まあ言ってくるような気はしていたという納得と……こいつらも、あの場所に行くのかという不思議な感慨。少しは乗り越えたつもりでいたが、やはり名前を聞くだけでも背中に緊張が走る。


(それでも、この過去をこの二人に背負わせるワケにはいかないよな)


 いや、その点に関しては、こいつらが『桜花賞』という言葉を口にしているだけでも、とっくに遅いことなのかもしれない。正直に言って、八神も神代も桜花賞を狙うにはまだ年齢的にも技術的にも早すぎる……俺が言えたことじゃないけど。ただ、未だに保守的な重鎮(じゅうちん)と言う名の老害どもには間違いなく印象としてマイナスに働くし、桜花賞に作品を出すなんて挑戦的な若者ってよりも、向こう見ずな身の程知らずとしてレッテルが貼られがちだ。


 今の八神と神代にとって、桜花賞に作品を提出することで得られるメリットは何もない。それでも俺は、何も言わずに二人の背中を押すことを決めた……はずだったのだが。


「先生」

「おぉぉ、おぅ」


 いつもは適切な距離を保って下さる神代サンが、急にずずいっ、と距離を詰めてきて俺は全力でビビリながら後ずさった。


「何はともあれ、我々は『あの』桜花賞を(こころざ)すことになったわけですが」

「ソ、ソウデスネ……」


 妙な圧力をもって迫る神代に、俺は何か悪いことでもしただろうかと、また学習効果のないようなことを考える。心当たりしかないんだから、考えてもムダなんだよ……


「我々も分不相応なことをしようとしている自覚はありますし、やはり高校生の身で単身戦地へと踏み込むには心細いものがあるのです」


 なら踏み込まなくていいだろ、というツッコミをしたら確実に死が待っていることくらいは、単細胞生物に限りなく近い俺でも理解できた。


「この()に及んで、まだ弟子入りを拒否なさるおつもりは、ありませんよね?」


 珍しくにこやかな微笑みを浮かべている神代は、思わず見とれるくらいには綺麗だったんだが、それよりも多分初めてこいつに感じた『女子高生怖い』は、誰よりもダントツでそしてリアルに怖かった。こいつにだけは逆らわないようにしよう、むしろ逆らえないと実感させられたのであり。


「……部活の顧問としての、範囲を越えない程度、なら」


 全力で渋々、それでも折れるしかなかった。膝を屈した俺を前に、満足そうな顔で頷いた八神と神代の悪魔の微笑みが、しばらくは忘れられそうにない。神代のヤツ、大人しくしてると思ったら、このタイミングを狙ってたのかと思わず溜め息を吐きたくなる。それでも、今はもう何がなんでも逃げてやる、って気分にはなれなかった。

 ただ、別に言い訳してるんでもないんだが、オッサンとは言え芸術家としてはまだまだ若い部類に入る上に筆を捨てて引きこもってた俺が、弟子なんて取ったことあるはずもなく。


「で、師匠って何すんの?」


 そう言った時の、八神と神代の絶望的な表情といったらなかった。いや、お前ら普段の俺見てれば分かるだろ……俺が他人に何かを教えられるとでも思ったのか?教師ではあるけど。


「……桜花賞に太刀打ちできるような秘策とかないの」

「そんなんあったら、俺が知りてーよ」


 八神の言葉をバッサリと切り捨てる。


「長年の創作活動で先生が培った技術を伝授して頂くというのは」

「何年もブランクあった人間にそれ言うか?」


 技術力なら今はお前らの方が上なんじゃないかと、ちょっと(ひが)んだ心で思う。自業自得すぎるけどな……


「作品を描くにあたっての心構えとかっ」


 もはやヤケクソ気味に八神が身を乗り出す。


「頑張れ!」


 俺が心の底からの激励を贈ると、八神はそのままの姿勢で俺の首元を締め上げた。


「ちょ、ギブギブギブっ……!」

「っとに、この、役に、立たない、クズ教師っ!」

「あばばばばば」


 一声ごとにゴリラ八神が俺をブンブンと揺さぶる。この感じ、久々な気がするけど全くもって嬉しくないな……


「奏、落ち着いて下さい。先生がポンコツでいらっしゃるのは、今に始まった話ではないのですから」


 神代が相変わらず俺をグサグサと傷付けながら、八神のフォローに回る。フーッフーッと怒り狂っていた八神は、少しして落ち着いたゴリラに戻ると、今度はいつもの仁王立ちになって俺を睨みつけた。


「最近忘れかけてたけど、アンタってそんな感じだったわ……何かを頼ろうとした私達がバカだった。精々、私達の師匠として何が出来るのか、しっかり考えておきなさいよね!行くわよ、梓」

「それでは先生、よろしくお願い致しますね」


 いつも通り八神はメチャクチャ上から目線で、神代は全力の低姿勢で、そんな両極端すぎるコンボをかまして颯爽(さっそう)と去っていく。取り残された俺は、しばらく呆然と立ち尽くして呟いた。


「いや、お前ら何なの……」





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