11 印象・日の出 ③
「戦争とか、前から思ってたんですけど、いいかげん時代錯誤な通称じゃないですか?不謹慎だとか、教育的に問題がーとか、イマドキ色んなトコから苦情来そうですよね」
「お前ら外部生一年は、あの惨状を知らないから呑気なことが言ってられるんだ……」
俺は懲りずにブチブチと文句を垂れる。実際、俺の感想は大げさでも何でもなくて、二年目以降になると『学園祭とか一日目だけでいい……』なんて会話が引きつった笑顔で交わされるようになるのは、俺が現役高校生だった時から変わらない伝統だ。
何しろ、こうやってこの狭い空間だけで生活していると忘れがちなんだが、ここ常磐学園は一応地元を代表する名門校だったりするのであって、割と地域住民から憧れの目をもって見られていたりする。蓋を開ければ普通の高校生なんだがな……まあ『ちょっと』特殊なヤツが多いのはご愛嬌だ。
何はともあれ、ありがたいのかそうでないのか、今でも人気校として地元から愛されている我が校の学園祭には、いつも人数制限のギリギリいっぱいまで客が押し寄せる。たかだか中高生ごときに、そんなアミューズメントパークばりの行列と混沌と乱痴気騒ぎをさばき切れるはずもなく、毎年のように生徒達の半分ゾンビみたいな顔で接客対応する姿が風物詩となっている。イヤな風物詩だな。
「……まあ、先生も何だかんだ言って途中からは俺達のこと手伝ってくれてましたし、ただの芸術バカなダメ教師ってワケじゃないんだな、とは見直しましたけど。みんな、割と感謝してるんじゃないですか」
「え、マジメに仕事しろって俺を安息の教卓から引き剥がして馬車馬のように働かせたのお前らじゃん。感謝されても嬉しくない、ってか俺の夏休み返せ」
「本っ当に可愛くない人だな!」
顔を真っ赤にして叫ぶ青木クンに、もしかしたらコイツは意外と情緒不安定だったりするのかもしれないと思う。まあ、芸術科のクラスは基本的に女子が強権だからな。色々と苦労があるんだろう、と頭の片隅で思っておく。
「とにかく、今日は仕事らしい仕事もないんですし、少しはマトモな人間らしく学園祭の雰囲気でも楽しんだらいいんじゃないですか。まあ、副校長あたりに見つかったら怒られるかもしれないですけど、今回は芸術部も展示するんでしょう。割とウワサになってますよ」
「へえ……」
結局どんな展示になったのやら……まあ俺は知ったこっちゃないけど、と今日まで蚊帳の外に置かれていた俺は少し拗ねた気分で考える。あいつら、自分で顧問になれだの弟子にしろだの入部させろだの仕事しろだのと言ってたくせに、いきなり『当日まで立ち入り禁止!』とか言って俺を美術室から追い出しやがって。俺の根城であって、お前らのじゃないから!とかダダをこねたくなるが、オッサンがそんなことをやっても虚しいだけだ。
だがまあ、俺の心配を余所にキッチリ準備は終わらせてるのか、昨日も灯は普通の時間に帰ってきたし『明日ゼッタイ見に来てね』とか得意気な顔で念押しされたから、きっと上手くいったってことなんだろう。なんとなく、疎外感を感じてる自分が非常に悔しい……どのみち俺がいたところで、毛ほどの役にも立たないことは百も承知なんだが。
「それにしても、さすがは八神さんと神代さんと言うべきか、宣伝と誘導のやり方がこなれてますよね」
感心したような感じで、素直に尊敬の色を浮かべて呟く青木に、俺は首を傾げた。
「宣伝なんかしてんの、あいつら」
「はい?そこら中に……って、もしかしなくても広告設定、完全にオフにしちゃったんですね……全く、極端だな。いま送りますよ」
青木はそう言って、パパっと空中に指を走らせたが、どうやら予想外の出来事が起こったらしく首を傾げる。
「ん……?あれ、おかしいな。送れない?」
「あーシンクロなら基本的に生徒全般ブロックしてっから」
「本当、なんのためのシンクロなんだ……」
青木は理解できない、って感じの表情を浮かべるが、俺にとっての『シンクロ』は自分の中身をぶちまける場所であって、誰かに見せるためでも誰かから見せつけられるためのものでもない。通信手段じゃなくて、気晴らしの手段だ。授業では使ってるけどな。
「一応それでも芸術部の顧問ですよね?後で『芸術部』って広告検索かけて、ちゃんと見といた方がいいんじゃないですか」
「まあ、考えとく」
むしろ広告に検索機能なんてものが備わっていることの方が驚きなんだが、これ以上この件についてツッコむと、俺のローテク・ズボラ加減がますます露呈するだけだから止めておく。どのみち、グダグダ喋ってる間に教室には辿り着いてしまった。
芸術科の教室の窓には数日前から暗幕がかけられて、他の生徒の立ち入りは禁止されている。そもそも芸術科クラスに入って来ようなんて猛者は来栖くらいしかいないから、特に何の問題もないんだが……学園祭ごときで立ち入り制限とかそんな大袈裟な、と思われるかもしれないが、一概にそうとも言えない修羅場がここ数日は繰り広げられていた。




