11 印象・日の出 ②
〈それじゃあ、何か困ったことがあったら呼んでねっ〉
口調と表情が合ってない……合ってないぞ『ときわん』よ。明らかに『絶対もう呼びつけるなよ』みたいな表情を浮かべて、彼女は電子の海に消えていった。俺って機械にまで蔑まれなきゃいけないほど、業の深い男だったのか……
「消えました?」
「ん、助かった。ついでに、このウザい広告もどうにかなったらいいんだが」
ピンク八神があまりにもウザかったから気にしていなかったものの、今度はあちこちに貼ってあったり浮いてたりして俺(というより客)を誘導しようとしてくる広告が気になってくる。今は学園の中だからこれでも落ち着いてる、というか生徒が出してる学園祭絡みの広告しかないんだが、一歩外に出ればそれこそ歯医者の予約ボタンだの駅チカのカフェへの道順、ちょっと怪しいお店への誘い文句まで、大量の広告が襲いかかってくるのであって。
(おちおちレゾナンスなんか着けて外とか歩けねえわ……)
よく世間の皆様はこの広告の海をかき分けて普通に生活できるもんだと思うけど、とそこまで考えたところで青木が心底不思議そうな表情を浮かべてることに気付く。
「あのー……広告オフ設定にしてないんですか?」
「は?」
何のことだか分からずに首を傾げると、青木は本気で呆れた感じで口を開いた。
「先生、何年レゾナンス使ってるんです?詳細設定から、広告とか『アート』の表示量イジれる項目あるでしょ」
「マジか」
目からウロコすぎて即座に詳細設定を開く。そしてそこには、長年俺が探し求めていた『広告量軽減』のゲージが確かに輝いていたのであって。即座にゲージを最小設定にまで絞ると、俺の視界の情報量を圧迫していた表示が一斉に消え失せて、思わず安堵の溜め息が漏れる。
「青木……お前って凄いヤツだったんだな」
こんなに一瞬で俺の悩みを解決してくれるなんて、と俺が感動して目頭を熱くしていると、青木はひどく冷めた可愛げのない顔で首を振った。
「いや、そんなのレゾナンス使ってるヤツなら誰でも知ってるでしょ、フツー。もしかして、初期設定から何も変えてないんですか?そんなんで、どうやって生活してたんです?」
「割と色々イジったと思うんだけど?描画速度上げたりとか、手ブレ補正機能ウザかったから真っ先にオフにしたし、3Dモデリングの追加機能なんかはフルで課金してるしな……まあ、町中歩いてると広告ウザすぎるから、基本的にはレゾナンス切って生活してる」
「はぁ……何のための文明の利器なんだか。それに、いま言ってたの全部『アート』の設定じゃないっすか。これだから芸術バカは……ほら、もう先生を煩わせるものは何もなくなったんだから、ちゃんと仕事してください。行きますよ」
青木はそう言って、俺の腕をグイとつかんでスタスタと歩き始めた。通りすがる生徒が一瞬目を見開いて俺達を見るけど、すぐに手を引かれてる(というか若干引きずられてる)のが俺だと気付くと、納得したような表情で通り過ぎていく。いや、助けてくれよ。
別にこれはキャーキャーはやし立てられるような展開でも何でもなく、青木クンが俺に対して気があるなんてことはもちろんない。これに関しては完全に自業自得なんだが、俺のクラスの生徒の俺に対する扱いは大体こんな感じだったりする。ちょっと目を離せばすぐにスタコラ逃げ出すから、物理的に拘束するのが一番だと生徒達は学んでしまったらしい。
「学園祭なんてイヤだ……働きたくねぇよ……人いっぱい来るんだろ?メンドくさい……」
「それこそフラフラしてたら、また副校長にでもドヤされて外回りとか行かされますよ、この炎天下で。それよりは俺達のクラスの監督、と言う名の置物役でもしといた方が楽でしょ」
確かにそうかもしれない、と頭の中で算盤を弾いてみる。俺、文系だから電卓で精一杯だし算盤使えないけど。
「青木、お前頭いいな……」
「先生とエンカウントしたのに野放しで見逃したとか言ったら、俺が女子にドヤされますから」
「………」
青木ちょっと良いヤツかもしれない、とか思った俺の感動を返せよ。
「今日はそんなに忙しいワケじゃないんですから、文句言わないでくださいよ」
「その代わり、明日は『戦争』じゃんか……」
そう、今日は学園祭、とはいっても校内限定のプレ学園祭みたいなものだ。大分ゆるめのスケジュールで、それぞれのクラスが持ち回りで休憩時間を取りながら、他のクラスや部活の展示・出店を楽しめるように企画された学園祭の一日目。
それに対して、基本的に生徒がチケットを配った知り合いや友人、もしくは事前に申し込みのあった人限定での入場制限がかかるものの、明日は今日の軽く数倍にあたる客入りがあるのは間違いない。どれだけ俺がのらりくらり避けようとしても『戦争』なんて言う物騒極まりない通称のつけられた学園祭二日目は、立っているものは何でも使えって感じで仕事を押し付けられること間違いなしだ。何度目かの学園祭だが、いつも二日目が来て欲しくないとばかり願っている。




