10 星月夜 ⑦
江戸時代なんて、名前だけで知ったような気になってるけど実際には百年?二百年?そんな昔に、私達がいま見ている光と同じものを見上げてたなんて、スケールが大きすぎてちょっと考えにくいことだけど。でも、私はきっと……そんな遠い過去と現在を結びつけてくれるものを、もう沢山知っている。
「純粋、ですね……」
何か尊いものでも見つめるみたいに空を仰いで、そっと梓ちゃんが呟いた。そこで私は、初めて彼女の手を握ってしまってることに気付いた。また私の悪いクセが出ちゃったんだ、と一瞬焦るけど、それでも謝って手を離そうって気にはならなかった。
この熱を、脈打つ鼓動を、伝わる名前のない感情を……まだ、手放したくない。
私達のそんな様子に気付いて、左端にいた結ちゃんが優しく笑った。それに私が恥ずかしくなるよりも先に、本当に何でもないことみたいに自然な仕草で、結ちゃんはフワリと奏ちゃんの手を取った。
「……っ?」
しばらく気付かずに空を彩る花火を見つめていた奏ちゃんは、ふと目を見開いて自分の手と結ちゃんの顔を交互に見ると、今度は私達の方を見て頭痛を堪えるみたいな顔をした。全然そんな雰囲気じゃないのに、それを見てると思わず笑ってしまいそうになる。
少しの間、一人で百面相を続けていた奏ちゃんは、やがて真っ赤な顔でオズオズと隣にいる梓ちゃんの左手を握った。
ドクン、と。
ああ、つながった、って。その感覚だけが、指先を駆け抜けていく。もう隣を見なくたって、みんなが何を考えて、何を抱いて、この空を見上げているのか感じてる。
梓ちゃんが『純粋』だと表現した和火は、私達が見慣れている色とりどりの光とは対照的で、暗いオレンジ色のシンプルな光で輝く花火だった。それでも確かに心へ、記憶へ、言葉にならない何かを刻みつけていく力強さがあって。
柔らかい、帰るべき場所を指し示す『灯』を、そのまま空に打ち上げたみたいな優しい色……こんな光が、こんな優しさが、私の名前にこめられているんだとしたら。それなら、私はこれくらい強く、優しく生きていくことができるだろうか。
「色が、変わる」
何かの予感みたいに、お兄ちゃんの口から言葉がこぼれた。
ドォォォオオンッ……パラパラパラパラッ……
一瞬の静寂の後に、一際大きな音と、小さな花火が弾ける音が鳴り響く。洋火に変わった。
(光が、降ってくる)
花火を見て、そんなことを感じたのは初めてだった。いつも、毎年お兄ちゃんと二人で見上げてきた花火と大きな違いはないはずなのに、どうしてこんなにも美しくきらめいて見えるのか。その理由は、きっともう、分かり切っていることで。
チラリと隣を見上げると、お兄ちゃんの瞳に七色の光が反射して、鼓動がドクリと跳ねた。それすら、指先から何もかもがみんなに伝わってしまいそうで……でも、今だけは何も恐れないで、まっすぐに立っていられた。
空に視線を戻せば、和火の朱よりもずっと激しくて情熱的な赤が、大輪の花となって空に咲く。それに寄り添う花束みたいに、銀色のきらめきが弾けては消えていく。雨みたいにキラキラと降り注ぐ金色の光。控えめなライムグリーンでホッと一息吐けるような、小さい火が次々と花開く。そうかと思えば、ハッとさせられるくらい鮮やかな青の閃光が、夢みたいに夜空を走る。
どれだけの時間、どれだけの花火を見ていたのかは分からない。このあたりでは一番大規模、とは言ってもあくまで地元の花火大会だから、そんなに数は上げられていないはずで。それなのに、なんだか途方もなく長い旅をしてきたみたいな、そんな感じがする。
「こういう、さ」
私は何かを言いかけて、言葉を見失ってしまう。伝えたいことがありすぎて、つないだままの指先から伝わる熱量を、処理しきれずに黙り込む。
そんな迷子の心を、優しく拾い上げるみたいに大事に大事に、小さく微笑んで結ちゃんが続けてくれた。
「こういう、大きいの……つくりたいね」
それが規模とか、そういう物理的な大きさの話じゃないことを、ここに立っている全員が分かり合っているって、そんなことを確信していた。今、学園祭なんて小規模な場の中でさえも、それこそ宇宙に漂ってるみたいに手探りな状態で。これだけの時間と空間を使って、まとまった一つの『作品』として仕上げることが、どれだけ大変なことなのか。元からそれと向き合う覚悟なんて、とっくの昔にできてた奏ちゃんと梓ちゃんの二人はもちろん、私と結ちゃんの二人もようやく理解が追いついて、どうにか食らいつこうとしてる真っ最中。
もちろん種類も規模も全然違うけど、私達が目にしているこれも、沢山の人が集まって創り上げた一つの『芸術』だ。音と光、彩りに満ちた、長い長い物語みたいな。
いま私達は、作り手としては何一つこの作品に参加していないはずなのに、みんなで美術室に集まってる時みたいな……もっと強い記憶を呼び起こすなら、一番最初に私達が同じ場所に立ったと認め合えた瞬間。一緒に歩いて行けると、一瞬だけ何もかもが重なり繋がり合っていると、そう信じられた『お絵描きバトル』の時の感覚に限りなく近いものを感じ取っていた。手だけじゃなくて、もっと深い心の奥底で繋がり合ってるみたいな、そんな感覚。
「……創るわよ、絶対」
奏ちゃんの力強い言葉と同時に、ギュッと私達は強く手を握り合った。きっと、考えてることは、みんな同じだ。
もう一度、空に大輪の花が咲く。何度も、何度も。
夜空を埋め尽くすような光の芸術を、その熱を全身で感じて。私達は子供みたいに強く強く手を繋ぎ合いながら、いつまでも広すぎる空のキャンバスを見上げ続けていた。
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