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10 星月夜 ④

「おいしい!」

「あまーい!」


 普段は表情の変化が穏やかな二人が、満面の笑顔で頬を押さえる。そのニコニコっぷりに、そりゃ良かったな、と思わず笑ってしまう。


「先生」

「んぉぉっ、と、神代か」


 背後に立たれると一々ビビってしまう俺の習性にも慣れたのか、神代が眉一つ動かさずに頷いてみせる。


「わたあめの原材料はザラメという砂糖だったと記憶しているのですが」

「まあ、そうだな」


 俺が頷くと、神代は複雑そうな表情を見せた。


「……それで、あれほど幸せそうな表情になるくらい、美味(おい)しくなるとは思えないのですが。要するに、砂糖でしょう?」

「……神代、それは口にしちゃいけないやつだ」


 あれだ、お祭り効果ってのもあるし。気分ってのも大事な要素だと、俺は思う。


「そうですか。それは申し訳ありません」


 律儀に頭を下げる神代に、俺は苦笑して首を振った。


「気になるなら、食べてみたらどうだ?」

「いえ、私には『りんご飴』なるものを食べなければならない、という使命があります」

「りんご飴って、そんなマストアイテムだったのか……」


 思わず遠い目になりつつも、どうせ八神あたりが吹き込んだんだろうと息を吐く。


「んで、八神は何を食べるつもり……って、あれ」


 いない。俺は冷や汗がどっと背中を流れ落ちるのを感じた。


(ヤバい……いや、あれでも高校生なんだから俺が心配する必要なんてないのかもしれんが、童顔だし……って、本人に聞かれたらぶん殴られる気がするけど、とにかく顔だけは整ってるんだから、どこぞのチャラ男にナンパされて身動き取れなくなるって可能性がある。神代ほどじゃないけど、あいつも箱入り娘っぽいし、ナンパ耐性とかなさそうだし……これは探しに行くべきか?行くべきだよな、例え俺が責任感とか常識とか大事なものが欠如しまくったダメな大人であっても)


「なに蹴っ飛ばされて記憶喪失になった鳩みたいな顔でキョロキョロしてんの」

「ぴぎゃぁああっ」


 飛び上がって涙目で振り返った俺に、八神がボヤケた視界の中で『うへぇ』って感じの表情を浮かべるのが分かった。俺はお前に傷付けられてばかりな気がするよ、八神。


「ちょっと、いい歳した大人がウルウルした目でこっち見ないでくれる?梓、この鳩男(はとお)、今度は何があったワケ」

「恐らくはわたあめから、何かインスピレーションを受けたのではないでしょうか。いずれにせよ、先生の深いお考えは私などには計り知れないものがありますから」


 ねーよ、そんなもの。


「あるわけないでしょーが、そんなもの……大体、わたあめから受けるインスピレーションって何よ」


 珍しく八神との意見が合ってしまった。俺達は顔を見合わせると、揃って溜め息を吐き出した。


「それで、八神は何しに行ってたんだ」

「これ買いに行ってたのよ」


 八神が深皿に入った、透明な液体のようなものを俺に見せた。


「もしや、水飴か?」

「他にお祭りで何買うってのよ」


 いや、チョイスが渋いな……薄々分かってはいたんだが、八神の祭に対する価値観が独特すぎる。他にも色々あんだろ……チョコバナナとか、焼きそばとか、かき氷とか?


「そう言えば八神、さっきの金魚さん達はどうした」


 いま気付いたが、あれだけ乱獲していたはずの金魚さんがどこにも見当たらない。


「それなら出店のおじさんに千円払ってタライで確保しといてもらってるわ。こんな人混みで、小さいビニール袋なんかに入れて連れ回したら、金魚の体に悪いでしょ。常連だと、こういう時に便利ね」

「あ、そう……」


 俺はもう八神には何も言うまいと、つい数分前に心に決めたはずじゃなかったか。まあいい、一先ず気を取り直して、出店の冷やかしと洒落込もう。せっかく仕事終わりにわざわざ外出したんだから、少しでも雰囲気を楽しまないと割に合わない。


「ねえ」


 八神から唐突に袖を引かれてつんのめる。普通に声かけてくれよ……


「アンタの大事な妹サンが、射的の景品に見とれてるけど」


 確かに隣を歩いていたはずの灯が消えている。振り返ると、灯が射的のどぎついカラーリングした景品がずらりと並んだ棚を、まじまじと見つめて溜め息を吐いていた。視線を辿ると、灯のお目当ての品は……謎の生物が描かれたプラスチックカップだ。そこはかとなく、微妙な感じのオレンジ色と緑色、なんていうかニンジンっぽい色のキャラものだ。


(バイカラーにしても、もうちょいマシなチョイスあるだろ……なんだ、最近?流行(はや)りの?ブサカワ、みたいなやつか?)


 あやふや過ぎて、もはやなんだか分からない。とにかく、灯は昔からこういう『なんか微妙』で売れ残っちゃうようなものが好きという、独特なセンスをしているのであって……まあそれは、本人の絵がカワイイうさぎさんを描いたつもりで、潰れて悲鳴をあげてる豚さんというホラーな絵になってしまう逸話を思い出して頂くだけで納得してもらえると思う。


「たまには兄としていいとこ見せたら?」


 ニヤニヤと気色の悪い顔(失礼)でこちらを見上げる八神に、俺は首を傾げた。


「俺に、あれを取れってことか?」

「他に誰がいんのよ。あれなら(まと)は動かないし、良い子は真似しちゃいけないけど、別に乗り出したって大っぴらに文句言えないんだから、アンタだって普通に届くでしょ」


 俺は八神の言葉に目を瞬かせて聞いていた……これは驚いた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] それぞれがみんな個性的で、扱いにくそうだなぁと思いつつも、ちょっとお兄ちゃんが羨ましく思えるのは、ヒロインたちの可愛いらしさを(外見ではなく)を描写するウデの賜物ですね!
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