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10 星月夜 ③

「どうでも良いですが、そろそろ動きませんか。食事をとっていないので、お腹が空きました」

「うん、行こっか。花火上がる時間帯になったら、ますます混んでくると思うし。身動き取れる今のうちに屋台回って、のんびり花火見よ?」


 フリーダムな神代の発言を灯が拾って、俺達は戦争に突入する前にめでたく屋台巡りを始めることができた。その直後に、とある問題が発生した。まあ、問題って言っても非常にどうでもいいヤツだけどな……


「うっそでしょ……アンタ金魚すくい、したことないのっ?」


 詰め寄る八神の勢いに、珍しく神代が押され気味に戸惑いの表情を浮かべた。


「……それは、必ず経験していなければならない、何か特殊な儀式ですか」

「なに、アンタ金魚すくいがどういうものかも分からないで、今まで金魚のデザイン使ってたワケ?金魚に謝りなさいよ、絶対必要だから!日本人としてね!」


 そんな八神の謎な金魚愛と熱意に押されて、神代は二百円を支払うと店主のおっちゃんからポイを受け取った。もちろん言い出しっぺの八神も意気揚々と腕まくりをして、ポイを片手に金魚の群れとにらめっこしている。気合い入ってるな……なに、そんなに金魚すくいに人生捧げてんの?


「先生は金魚すくいなさらないんですか?」


 いつの間にか俺の隣に移動してきていた来栖が、俺の八神に向けている視線を『俺も金魚すくいしたいなー』とかいうものだと勘違いしたらしく、そんなことを聞いてくる。


「いや、俺は」

「そこの反射神経マイナスみたいな亀男(かめお)が、金魚みたいに素早い生き物についていけるワケないでしょ。せいぜいムダに水すくって、すぐにポイが破れておしまいよ。もし金魚がすくえたとしても、自分の面倒だってみれない残念教師に生き物の世話なんて出来るはずないでしょ。三日と金魚の命がもたないわよ、大迷惑」


 正論だが、そろそろ金魚すくいの紙みたいにペラッペラな俺のメンタルが危ういから、そのあたりにしておいて頂けないだろうか。いや、もう既にボロボロだけど。そもそもな、祭の屋台とかに連れて来られる金魚は元気がなくて寿命が短いヤツばっかりなんだぞ、なんて言い訳は死んでもできない。かつて俺に(すく)われた金魚さん、ごめんなさい。


 まあ、そのあたりで俺を懺悔(ざんげ)させることには満足してくれたらしい八神は、再び数多(あまた)の金魚が泳ぐプールに真剣な表情で向き直った。


「……なかなか難しいものですね」


 神代、戦果ゼロ。まあ、初めてにしてはなかなか頑張ってた方だと思うぞ、と謎な上から目線気味の感想を落としておく。恐ろしかったのは八神だ。


「はい、ほい、はい、ほい、はい」

「あのー八神さん?何匹お持ち帰りになるおつもりで?」


 掛け声ごとにテンポよく一匹ずつ掬い上げていく八神に、つまりは戦果が五匹を超えたところで、さすがの俺も声をかけてしまう。


「そんなに乱獲して、おうちで育てられんのか?」

「何言ってんの、全員まとめて面倒みるわよ。さっきから、ちゃんと長生きできそうな素早くて元気な子選んでるし……そういうのは、どうせ子供とかじゃ難しくてとれないでしょ」

「ああ、そう……」


 もう何も言うまい。八神が俺が考えてた以上に金魚掬いに情熱かけてる、その道のプロなんだってことは、よく分かった。アフターケアもバッチリだな。


「結ちゃん、どうかした?」


 灯の声に振り向くと、来栖が何かを気にするみたいに、チラチラと後ろを振り返っていた。


「その……わたあめ、食べてもいいかな?」

「もちろんだよっ、行こっか」


 灯はパッと表情を輝かせて頷いた。お前、わたあめ好きだもんな……俺はあのフワフワしてるみたいに見えるのにベタベタしてる感じとか、食べてるうちに飽きてくるベッタリした均一な甘さとか、ちょっと苦手なんだけど。


 すぐ近くにあった屋台に駆け寄っていく二人に、俺はどっちについていようかと迷ってると、神代とバッチリ視線が合った。


「………」

「……どのみち、目と鼻の先でしょう。奏が金魚の乱獲を終えたら、追いかけますので」

「済まん、頼んだ」


 そう言えば、さり気なく八神のこと名前呼びになってるよな、と微笑ましく思いつつ背を向ける。灯と来栖は浴衣の裾をヒラヒラと(ひるがえ)しながら、楽しそうに屋台の前をウロウロとしている……ちょっと目に毒だから、もうちょい落ち着いて歩こうな。


「結ちゃん、何色にするー?」

「どうしよ……味で選ぼうかな」


 その会話に何事だ、と思いながら店の掲示を良く見ると、どうやら色だの味だのが選べるらしい。わたあめの色なんて白か、あってもピンクが精々じゃなかったのか。どうやら、出店のわたあめでさえ時代と共に進化しているらしい。


「私、メロンにするね。すみません、メロン味の一つください」

「んー、ブルーハワイとイチゴ、どっちにしよっかな」


 ちなみに俺は、未だにブルーハワイっていうのがどんな味なのか知らない。キレイだとは思うんだが、青色って食べ物として考えるとちょっと怖い、要するにビビりである。


「よし、イチゴにしよっと。イチゴ味一つお願いします」


 来栖と灯の注文で、緑と赤という不思議な色のわたあめが生み出されていく。他にも黄色だの紫だの、お値段は張るけど『頑張ればレインボーも作れます』とか書いてある。今日一日で、わたあめの概念が崩壊しそうだ。


「「いただきまーす」」


 フワフワとした(奇しくもクリスマスカラーの)わたあめを指先でつまんだ二人が、同時に口に放り込む……そうやってお上品に食べるのか。かぶりついて口の周りベタベタにしてた俺とは大違いだな。



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