09 ヴァトーのピエロ ②
いや、高校の学園祭で何やってんだ、とツッコミたくなるような会話が続くが、こいつらは本気でやっている。本気すぎて、頭おかしいんじゃないかってくらいだ。今回の学園祭では、最初こそやる気のない感じで適当に済ませようか、という感じだったのが八神が余計なことに『芸術部はとんでもない展示するから楽しみにしてなさいよね』なんて啖呵切ってからは、おかしなスイッチが入ってしまったらしく……
どうせなら常磐学園の芸術科一期生としての威信を賭けた、思い出に残る出し物をしようとなんてことになり。そんな言葉のワリにはカフェなんて無難なもんを選んだなーなんて話を聞かないで呑気に思ってた俺がバカだった。こいつらは、骨の髄まで芸術家だったのである。
『なに言ってんの?全部ハンドメイドするわよ?出来合いのものなんか出して、何の意味があるワケ?』
……いやいやいや、なんか意味はあるだろ。そもそも学園祭って……いや、学園祭って、なんだっけ?ゲシュタルト崩壊ってこんな感じだろうか。もしかしたら俺の脳ミソが本当に溶け出してるだけかもしれない。
だからって、ティーカップと皿から自作しよう、は絶対におかしい。まず予算的に大丈夫なのかとか、そもそも磁器とかホイホイ作れるもんなの、とか。
『俺、師匠に窯……借りられるかもしれないっす』
そんなこと言い出すバカがいるからだろ……土と釉薬の代金しかいらないんで!と笑顔で言い切られたら、もう何も言えない。俺が何か役に立ってるワケでもないし、あいつらが勝手にやってるので尚更。教師としての威厳なんてあった試しはない。
もちろん内装もハンドメイドなワケだが、そちらを全部現物で賄っているとトンデモな金額になるため、基本的には『シンクロ』機能を利用してデジタルのレイヤーを現実世界に重ねることで、金のかかる装飾を重点的にカバーする。もちろん、こっちは神代の独壇場だ。
なんでカフェになったかと言うと、本来は作品の展示がメインであるらしい。ただ、根本的に常磐は『普通』の学校なので、よく分からん絵画をただ並べておいても客は素通りしていってしまう。そこで考え出されたのが、空間全体の作品化だった、らしい。俺は寝てたからな……
ただ、この個性の見本市みたいな芸術科クラスで、好き勝手に作品を作らせていたら闇鍋みたいになってしまうから、とカンカンガクガクの議論の結果『アール・ヌーヴォー』をテーマに店内の雰囲気を統一することにしたらしい。日本じゃミュシャのおかげでメジャーなジャンルだからな。大雑把に言うと、植物とか昆虫とか……そういう自然のものをモチーフに取り入れるヤツだ。
あくまで本来の目的である作品展示のために、店内の目立つところに絵が飾られる……とは言っても、クラス一つ分って言うと数が尋常じゃないので、レゾナンスに取り込んでスライドショーみたくして壁に流す感じなんだが。まあ、アール・ヌーヴォーをイチから勉強し直すのは酷なので、とにかく植物モチーフの作品を既に持ってるヤツは準備作業に参加、ないヤツは全力で作品制作にかかる、って感じだ。
ただ何年も芸術家やってると、植物モチーフの作品なんていくつも作ってるらしくて、ほとんどが元気よく準備作業に参加してる。さすが、それぞれの道のプロ一歩手前か堂々とプロを名乗れる人間が集まってるだけあって、俺が寝こけてる間にどう考えても高校生としておかしいクオリティの装飾で部屋が彩られていく。部屋全体のコンセプト・デザインを八神が担当してるだけあって、アール・ヌーヴォーらしく豪華でありながら繊細で品よくまとまってる。金はかかってないけど、凄まじい労力がかかってるからな……本当、お前らなんでこんな高校にいんの?
ともかく、そんな風に死体の転がるヒマもないくらいに忙しい空間で、とにかく俺はダラダラとして過ごしていた。幸いみんな俺のことは置物みたいに認識してくれているので、特に邪魔にはなっていない。夏休み中の作業は教師の監督ってのが必要らしくて(そんなのマジメにやってるクラスなんてほとんどないんだが)エアコンの効いてる職員室でダラダラしていたら『仕事しないなら教室いってろ』と笑顔で叩き出されたのである。
「八神さん、お願いだから先生を買い出しに行かせて!何なら、八神さんついて行ってあげて!車持ってるの先生しかいないから、いま買い出しに行けるのは先生だけなの!」
「はぁ?そうだとしても、なんで私?そこの穂高燿信者にさせときなさいよ!こちとら忙しいのよ!」
うん、俺も八神相手よりは神代の方がまだ気が楽だ……そもそも面倒だから行く気なんて毛頭ないが。だって学園祭って、生徒のための行事じゃん。買い出しとか、教師の職分超えちゃってるだろ、分かんない、たぶん……




