08 ホラティウス兄弟の誓い ②
マフィア怖すぎる。
嫌々エミリオを追いかけるなかで、ルチアーノは自分が本当に正しいことをしているのか?って自分自身に問いかけて迷いが生まれる。その間に敵対組織が戦いを仕掛けてきたり、ファミリーの抱える黒い秘密だの、男の友情だの家族の絆だのと盛り沢山なそれらが全て、指先で持ち上げられる小冊子に詰め込まれていた。
展開はしっちゃかめっちゃかで、正直かなり飛ばし読みでは分かりにくかったけど、結ちゃんがどうしてこの作品を選んだのかは、パラパラとページをめくってラストのルチアーノとエミリオが会話するシーンでエミリオが語った言葉、その一文を読んだ瞬間に何となく分かった気がした。
『俺とお前、正反対の人間だけどよ……それでも相手を大切にすることはできただろ。完全には分かり合えなくても、背中を預けることはできただろ。そういうことだよ、兄弟』
ああ、そういうことなのかもしれないと、納得させられてしまった。その後、エミリオをルチアーノが殺して終わりな展開には、全くもって納得できなかったけど。
これを結ちゃんが最初に書き上げた時は、自分の趣味で書いただけだったんだろうと思う。ただ、今はもう、間違いなく『私達のため』の物語だ。
細く深く息を吐き出して、パタリと冊子を閉じて顔をあげた。かなりの飛ばし読みのつもりだったのに、みんな読み終わっていて私を待っていたのに気付いて慌てる。思わずさまよわせた視線が、結ちゃんのいつになく真剣な瞳にぶつかって息を呑んだ。
(そう、か……)
結ちゃんは、私の背中を押してくれたのかもしれないと、そう思った。私が色んな感情をこめて頷くと、結ちゃんは少しだけホッとしたように笑ってくれた。
「……いいんじゃない」
ポツリと落とされた言葉に、止まっていた時間が動き出す。八神さんが、冊子の表紙をなぞりながら、自分の中に言葉を探すみたいに目を閉じた。
「この前のに比べて、文章も展開もゴタゴタでクオリティがた落ちだったけど……それでも、面白かった。その頭で何考えて、想像して、創りたいって思ってるのか、ようやく分かった感じ」
顔をあげて微笑んだ八神さんに、この子はこんなに可愛かったんだって、初めて気付いた。今まで無意識のうちに『天才』『怖い』『生意気な後輩』みたいなラベルを貼り付けて、見ないようにしてたのかもしれない。
「センパイの持ってる誇り、みたいなもの……なんとなく伝わってきた。私の声に、耳ふさがないで、ちゃんと聞いてくれてありがと。それがホントは、一番むずかしいことだから。だから、素直にその点は尊敬する。ただ、私がこの前言ったことが間違ってたとは絶対に言わないわ」
八神さんの言葉に、結ちゃんは彼女をまっすぐに見つめて頷いた。
「うん。それは当然だと思う……奏ちゃんが正直に言ってくれたから、私もちゃんと気付くことができたし」
「それでも」
結ちゃんのフォローする言葉を、遮るように八神さんは頭を下げた。
「それでも、言いすぎて悪かったわ……ごめんなさい」
私は……ううん、私だけじゃなくて結ちゃんもお兄ちゃんも、それから神代さんでさえ、目を丸くして彼女を見つめた。頭を上げた八神さんは居心地悪そうにしてたけど、それでも自分の言葉を撤回することも誤魔化すこともなかった。
「うん、仲直りね」
嬉しそうに頷いた結ちゃんに、ついさっきまでカワイイと思ってた八神さんは、うっとおしそうに眉を寄せた。かわいくない。
「っ、別にケンカとか子供っぽいのじゃないでしょ……それに、仲良しこよしの部活じゃないんだから、今度からは遠慮しないで真っ向から勝負しにきて。違う世界に立って生きてる人間でも、同じ舞台で戦えるんでしょ。さっきの作品は、宣戦布告だと受け取ったけど?」
「えっ……ええぇっ?」
オロオロとする結ちゃんに、八神さんはおかしそうに笑った。なんだか、今この瞬間ものすごく平和を享受してる感じがして、私もつられて笑ってしまう。
(違う世界の人間でも、同じ舞台で戦える、か……)
この場所なら、この四人なら、と。そう思えてしまう私も、やっぱり単純なのかもしれない。ついさっきまでグダグダ悩んでたのが、喉元すぎれば何とやらだ。でも、結ちゃんが道筋を示してくれた。出来ることからすればいい、無理して走らなくても、自分のペースで歩けばいいって。
(私も、そうやって少しずつなら、変われるのかな)
こればっかりは、やってみなくちゃ分からない。
「その想像力で、私達を引っ張ってね。結センパイ」
「は、はい……」
恐縮した感じの結ちゃんにひとしきりニヤニヤとして、パッと切り替えるみたいに八神さんは姿勢を正した。
「それじゃ、今度は私からね」
え、まだ何かイベントあったの、って言うのが正直なところだ。半ば脱力しかけてた脳ミソを、無理やり叩き起こして八神さんの言葉に耳を傾ける。
ビシィッ、と八神さんが芝居がかった調子で指を向けた先には、神代さんがいるはずなのだけれど……そこには『話は終わった』とばかりに、午後の昼寝タイムみたいにうつらうつらとしている神代さんと、ガッツリ寝ているお兄ちゃんの姿があった。
(最近、この二人似てきてない……?)
確実に神代さんが、お兄ちゃんから影響を受けまくってるような気がする。それも悪い方向に。




