08 ホラティウス兄弟の誓い。それなら悲劇のヒロインは誰だ?
しんどい、さびしい、くるしい、かなしい、とか。
最近、そういう負の感情ばっかりで疲れてた。だから、いまの私にとってそういう感情の主な原因になってる『芸術部』が一時的にお休みになってるのは気が楽だった。
(それがなんで、この二人……?)
今日、私達を『レゾナンス』のメッセージ機能(連絡先交換したのはいいけど、誰も使おうとしなかったやつ)で呼び出したのは、驚くべきことに結ちゃんと八神さんの連名だった。
(そもそも、この二人がケンカ……っていうか、八神さんが一方的に結ちゃんを正論でボッコボコにしたのが、芸術部が一時休止した原因じゃなかったっけ?)
忘れるはずもない。盗作っぽいことをしちゃった結ちゃんを八神さんが問い詰めて、結ちゃんが耐えきれなくなって駆け出して、その後の八神さんを神代さんが追い詰めて、今度は八神さんが駆け出したらしい。そこらへんの事情はお兄ちゃんから大体聞いた。
それで私達の方はと言えば、結ちゃんを私が追いかけて、それでなぜか話の流れで私が長年心の奥底にしまっておいたはずの、お兄ちゃんへの想いを結ちゃんにぶちまけてしまって……
(思い出しただけでも鬱だ……キノコになりたいって言ってたお兄ちゃんの気持ち、今なら分かるかも。いまの私、きっと菌類以下の存在だ……菌類は少なくとも、生態系の維持に貢献してるし……)
そんな風に私がジメジメしていても時間は正確で、あっという間に集合時間がやってきてしまう。今日ばかりはお兄ちゃんも責任を感じているのか、とーっても珍しく時間通りにやって来て(いつも隣の準備室にいるくせに、絶対に遅刻するか来ても寝てるのに)神妙な顔してちゃんとテーブルに就いていた。
(なんか『らしく』ないの……)
そんなことを考えながら、私だって当事者だ。いつまでも気を抜いてるわけにはいかないよね、と背筋を伸ばして誰かが話を切り出すのを待った。
「それじゃあ、芸術部の活動を始めます」
滅多に聞くことのない挨拶をしたのは結ちゃんだった。数日前に自信なさげに小さくなっていた姿からは、想像できないくらいに何かが吹っ切れたみたいな表情をしていて。
「今日みんなに集まってもらったのは、私と奏ちゃんで話し合いながら、みんなにも一緒に見て聞いてもらった方が誠実だと思ったからです……って、意味が分からないよね」
一瞬、奏ちゃんって誰だろうと思考が停止する。ああ、八神さんのことかと気付いて、いつの間にか二人の親密度が上がっている……なんて、謎の焦りを感じた。言葉に迷って、困ったように指先を組み合わせていた結ちゃんは、ふと真剣な顔つきになって背筋を正した。
「みんな、この前は約束通り『私の』作品を持ってこなくて、ウソを吐いてしまってごめんなさい!謝らなくちゃいけないことが、沢山あるけど……まずは、それを謝りたいです」
折り目正しく頭を下げた結ちゃんを、それ以上責める人は誰もいなかった。頭を上げた結ちゃんは、まだ不安と迷いを顔に浮かべながらも、言葉の続きを口にした。
「あれから色々考えて、本当の私とか、自分が何かを『好き』だと思う気持ちとか、そういうものを詰め込んで、私の言葉で書いたイチオシの作品を改稿しました。小説として全然未熟だとは思うけど……でも、胸を張って『ちゃんと書けた』って言える作品になった。私のしたことは許されないことだって分かってるけど、それでももう一度やり直すチャンスをくださいっ!」
ギュッと目をつぶって告げた結ちゃんに、八神さんも神代さんもしばらく黙っていた。やがて、意外にも神代さんがフッと雰囲気を和らげて頷いた。
「……読ませて頂けますか?」
「っ、うんっ!お願いします!」
パッと表情を明るくする結ちゃんに、どことなくホッとしたような表情を見せる八神さん。ここまでは二人で打ち合わせしてあったのかもしれない、と思いながら少しボンヤリしてしまう。
相変わらず古風に印刷してきた(印刷代もバカにならないからデータでいいのに)結ちゃんは、そこそこ厚みのある冊子を配ってくれた。これって短編?中編って言葉……あるっけ?それくらいの長さなのかな……とりあえず、私の読書スピードだと一字一句読んでたら文字通り日が暮れてしまうのでパラ読みする。
(あ……全然違う)
むしろ、同じ人間が書いたとは思えない文体で、内容だった。この前渡されたものが、どれだけムリして自分のキャラに合わせようとしてたんだろう……って心配になるレベルで。ただ、それはともかくとして。
(なんで、イタリアン・マフィア?)
ツッコミどころは、そこである。
それはもう、確かに普段の結ちゃんを知る人間からは、想像もつかないような激シブの『ザ・男達の戦い』的小説だった……ごめん、私も自分でなに言ってるのか分からない。とにかく、私はマフィアなんて『愛のテーマ』の一言で片付けたいレベルで、世界史でシチリア島がどうとかアルカポネって何とか、そんな程度の知識しかない。
ただまあ、文章力とかはド素人の私が見ても、確かに前の方が上手だったなーとか、とにかく入れたい要素を全部詰め込んだって感じで、むしろよくこの話をこの短さでまとめようと思ったね……みたいな。
これを読むと、結ちゃんが隠したがったのも分かる気がする。これは高校生の妄想が(特殊な方向で)大爆発した作品だ。でも、とにかく『好きだ』って気持ちはひしひしと、それはもうバッチリ伝わってきた。
主人公のルチアーノ(ゴリゴリにイタリアっぽい)は所属している傾きかけたファミリーを立て直すべく奔走している苦労人で、スチャラカな新人とか自由奔放すぎるドンに振り回されつつも平和な日々を送っていたのが、義兄弟?みたいな関係のエミリオに突然裏切られてファミリーの血の掟とやらに従って、エミリオを見つけ出して拷問して殺さなきゃいけなくなったらしい。




