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06 見返り美人図 ⑤

 あの時、たぶん来栖は小説をすぐに出せる状態にあったんだと思う。それでも次の日、と先延ばしにしたのは、きっと自信がなかったからだ。この天才達を前にして、自分の文章がどんな風に評価されるのかが怖くて。


 俺は来栖の小説を今日はじめて読んだし、彼女の普段の文章のレベルなんて知らないが、少なくとも八神の言ったことは言葉選びはどうあれ、どれも事実であるように思えた。想像してたよりは上手い、でも盗作みたいなもんだと思った。綺麗な文章だけど、どっかで聞いたような表現にストーリー展開。誰かの文章のツギハギだから、妙に整っている文体がガラリと途中で変わったりして、正直言って気持ち悪い。そんな、感じだ。


 あれは多分、来栖の普段の文章じゃないんだと思う。確かに来栖の見かけから想像しやすい、柔らかい文章表現に、穏やかで優しい物語。もちろん最後はハッピーエンド。でも、きっとあれは来栖じゃないと、俺の本能で感じてる。


(あいつの作品は、もっとこう……)


 俺はこれまで美術の授業で受け持った生徒が提出した作品を、名前と共に全て記憶している。美術をテキトーにしか受けていない生徒が大半である中で、昨年度受け持った来栖結の作品は技術力はどうあれ丁寧に作りこまれていて、俺の授業を噛み砕いた上で自分の表現したいものを詰め込んでる、そんな印象を受ける作品ばかりだった。


 本人のイメージはふんわりとしたパステルカラーだが、彼女が好むのは意外にもビビッドカラー。友人のデッサンを描く授業では、出来る限り写実的に描こうとする努力の跡。針金アートでは、なんとなく痛々しい若者心を感じさせられる、片翼の天使……っぽいもの。動物の絵を、好きな画材で描けって課題では、墨で猛々(たけだけ)しい鷹。とにかく水彩とか色鉛筆が多い中で、一人だけダイナミックな筆致でモノトーンだったからよく覚えている。


 そういう作品群を見てて来栖に思うことは、きっと周囲が思っている『ちっちゃくてフワフワして守ってあげなきゃいけない気にさせられる心優しい女の子』って言う、一般的な来栖像と来栖自身とではギャップがあるんだろうってこと。いや、本当は来栖が心に闇を抱えたサイコパスなんだ、とか言いたいワケじゃない。少なくとも、本人が作品にこめてる思いみたいなものは、周囲が求める来栖像とかけ離れていることだけは確かだ。


 別にそれは、悪いことじゃない。むしろ当たり前のことなんだが、それを他人に自分から差し出すのはとても勇気のいることだ。ましてや、自分の作品に自信がなかったりしたら、なおさら。


(そりゃ、怖いよな)


 俺だって、怖いよと思う。いや、怖いもの知らずだった頃は、そんなこと考えもしなかったかもしれないけど。ただ少なくとも今は、自分の作品をこの世に残す勇気も持てないくらいに『他人がどう思っているのか』が怖い。自分の手を離れた場所で、誰かが何かを言っていることが耐えられない。

 それでも表現者であり続けたいなら、少なくともそれを仕事にしたいレベルで極めたいと思うなら、常に他人の評価に自分の表現がさらされる覚悟を持たなくちゃいけない。それってメチャクチャ、キツいことだろ。


(来栖は、どうしたいんだろう)


 趣味で自分の中だけで書いて満足して、それだけだったら傷付く必要もなかった。でも、あいつは誰かに『読んで欲しかった』んだ。表現者なんて、どれだけ孤高を(うた)っていようが、根本的には『そういうもの』だと思う。ぶっちゃけ、自己顕示欲(じこけんじよく)だけで生きてるようなもんだ。自分の抱えてる感情、思考、世界、何もかもを吐き出して、作品にして。グロテスクの極みみたいなものが、作品なんだとは思う。俺の偏った意見だけどな。


 見て欲しい、でも恥ずかしい。普通はその『恥』がでっかい壁になって、乗り越えてくる人間は少ない。少なくとも、リアルにおいては。ただ、それでも来栖は越えてきた。俺の元にきて、文芸部が欲しいと言った。芸術部を再興させるだけの熱量があった。本気で文芸部が欲しいワケではなくて、何か別の事情もあったのかもしれないが、最終的に八神の読ませろと言う言葉に頷いた……もちろん、灯が『全員の特技』を活かそうと言い出して、トントン拍子に話が決まってしまったせいで、引き返せなかったってのがあるんだろうけど。


 来栖は、プロになりたいんだろうか?またそこには、デカい壁がある……けど、本人にもまだ、自分がどうしたいのか分かってないんじゃないだろうか。高校に数年勤めて分かったことは『高校生って、そんなもん』ってことだ。自分の将来像なんて、持ってるヤツはあんまりいない。自分の得意科目に関係しそうな大学の学部を選んで、自分の脳味噌の出来……つまりは偏差値に従って大学を受験する、そのためだけの勉強をイヤイヤこなして、将来のことなんてマジメに考えるヒマもない。


 もし、来栖がプロの小説家なんてこれっぽっちも目指すつもりがないなら(むしろ、それが普通だろうな)今の芸術部に居続けることは厳しいかもしれない。本人の精神的に。普通に考えたら、部活ってのは高校の時だけ楽しむもので、プロを目指すヤツが集まる場所じゃない。でも、ここは結果としてそうなってしまった。特に、灯のスイッチが切り替わってしまった(と思う)瞬間から。これは多分、色々と転機になる時だろう。



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