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06 見返り美人図 ④

 ただそれは、恐ろしいほどの説得力だった。八神も神代も、灯に一目(いちもく)置いたのが当然と思えるくらいに。結局のところ、芸術家って人種は自分と関係のない業種であっても、とにかく何かを極めようとしてるヤツが相手じゃないと、本当の意味では理解し合えないのかもしれないということを実感させられた瞬間でもあった。


 そこからは、これまでのことが嘘のように歯車が噛み合って、トントン拍子に物事が進んだ。相変わらず八神と神代の間には喧嘩が絶えないものの、灯が参戦したことで話が脱線しすぎる前に軌道修正がかけられるようになったし、全員の得意分野を活かすと言う指針ができたことで、具体的かつ建設的な意見が出やすくなったというのもある。



『レゾナンス・コネクト……シンクロ』



 毎日話し合い、もとい不毛な言い争いの前に虚しく響いていた、意味を剥奪されたコマンドに、ようやく中身の伴う日がやってきた。今日の会議には欠かせなくなったレゾナンス……その場で描いた図やら打ち込んだアイディアやらを、ゴタゴタした手順を踏まずに目の前の空間に飛ばすことができるし、遠隔地の人間とも目の前にいるかのような感覚で空間を共有できる機能は、あらゆるビジネスの能率を向上させたとか。


 これまでも似たようなシステムやサービスは存在していたのかもしれないが、やはり『誰でも持っているデバイス』『ビジュアル面に強い』というアドバンテージはデカい。何より、こんな使い方をしてる人間がどれだけ存在してるのかは未知数だが、少なくとも芸術家の会議において、レゾナンスの右に出るデバイスは今のところないだろうな。


 八神と神代が手遊びのように手元で描いた落書きが、群れをなして蝶のように宙を舞い、美術室が鮮やかな色彩と命を吹き込まれた空想で染め上げられていく。二人から凄まじい速度で吐き出されるイメージの波が、灯や結を通して分かりやすく言語化されて、キーボードを叩いて紡いだ言葉がそのまま(なま)の記録として可視化されていく。


 まだ話の内容そのものはバラバラとまとまらずに、それぞれのイメージを話しているだけの空間だったが、この四人とこのスピードなら何かトンデモないものが出来そうだと、つい俺もワクワクさせられていた。灯が吹き込んだ音楽に合わせて、来栖の整えた世界観とストーリー仕立ての進行で、八神と神代が描いた絵画やモチーフを動かし繋げていく。まさに四人の能力とレゾナンスの機能をフルに使って、想像もつかないような代物を生み出そうと四人が議論を交わしている姿は、見ていて素直に芸術の可能性ってものを感じさせた。


 ただ、そこから先へ進むには、一つクリアしておかなければならない問題があった。


「来栖センパイはさ、どんな書き手なワケ?」


 それはある意味、一介の高校生に問うには非常に答えにくいような質問だったし、来栖もやっぱり困ったように視線を泳がせた。普段からそんなことを考えて、自分の作品と向き合ってる人間なんてどれだけいるんだろうか。ましてや俺は、来栖の小説に対するスタンスは、趣味の域を出ないんだろうとも踏んでいた。


 ただ、自分の作風とか作品にこめた想いだとか、そういうものは答えられて当然と思っていらっしゃる八神大先生(だいせんせい)は、すぐに答えが返ってこないのを焦れったく感じたのか、良いことを思いついたとでも言うような顔でこんな提案をしたんである。


「そうだ、そんなの作品見た方が早いんじゃない?いま、持ってる?」


 トントン、と。レゾナンスを指先で叩いてみせる八神に、来栖は一瞬ポカンとした後、それが『クラウドデータとして保存してあるなら、レゾナンス経由でいま見せて!』と言う意味だと理解したのか、ブンブンと慌てたように首を横に振った。



「えと……家のパソコンで書いてるので、いま手持ちがなくて……明日持ってくる、ので大丈夫ですか?」

「え、イマドキ古風(こふう)、ってか珍しいね……小説家ってそんな感じなの?まあ、いいや。明日ぜーったいに、お願いしまーす」




 ニッコリと悪気もなく言い切った八神に、来栖は青くなったり赤くなったりしながら頷いて……そして、あの背筋も凍るような八神の『ナメてんの?』発言に繋がるワケである。




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