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05 博士たちと議論するキリスト ③

 謎のスイッチが入ってしまったらしい来栖に、一抹(いちまつ)の不安を抱かないでもなかったが、来栖は宣言通りに部長としてキリキリ働いてくれた。俺にとって意外だったのは、八神と神代も約束した通り、と言うか想像していたより積極的に活動へと参加していたことだろうか。


 例えば、来栖が部員集めのポスターを作っていれば、八神が『見てられない、ちょっと貸して!』なんて言って、高校の壁に画鋲(がびょう)で刺しとくもんじゃないだろってツッコミたくなるくらい芸術的なポスターを量産したり。神代も何だかんだで文句も言わずにポスターを貼って回ったり、部の方針を固める時にあれこれ口出ししたり、活動を記録するためのシステムを組んだりして、割と抜けてる来栖のサポートに徹している。


 二人が芸術部に入りたい、なんて言い出したのもどうせ俺に近付くためなんだろうと思っていたが、どことなく楽しそうに芸術とは一見何の関係もない作業や議論に取り組んでいるところを見ると、もしかしたらこいつらは『普通の高校生』ってやつを体験してみたかったのかもしれないと思えてきていた。



『それじゃあ、ひとまず芸術部は学園祭に向けて活動を進めるってことで!』



 そんな高校生らしい結論に至るまでトントン拍子に来て、これは本当に俺の仕事なくていいわー楽だわーなんて思っていた、そんなちょっと前の俺を殴りたい。いや、でも殴ったら拳も俺本体も痛いからやっぱ止めとこう。


 まあ、どれだけ俺の目算が甘かったのかは、あの議論と言うか戦争に近い意見のぶつけ合い(罵倒混じり)を思い返してもらえれば理解して頂けるだろう。八神が意見を投げれば、片端から神代が撃ち落としにかかり、それに対して八神はマシンガンで応戦。そこに来栖が出てきて二人を止めるのかと思いきや、ニコニコしながら小麦粉をぶちまけて粉塵爆発(ふんじんばくはつ)……みたいな?説明してて、俺もワケが分からんが。


「ね、ねえ」


 不意に、今まで仮想キーボードを叩いて記録役に徹していたはずの、我が妹様が小さく声をあげる。恐る恐る、と言った感じなのは単純に、この銃弾飛び交う空間に踏み込んでいくのが怖いからだろう。俺だってイヤだ。



「そんな風にギスギスするんじゃなくてさ……仲良くやろう、よ。多数決にするとか、ブレインストーミングとか、やり方はいくらでもあるんだし」



 それまで飛び交っていた言葉が、不自然なくらいに消えた。沈黙の中で、灯は何を言い返されたワケでもないのに、どんどん縮こまっていくのが分かった。どこか呆れ返ったような空気、白けた表情。八神と神代から感じられたのは、そんな敵意よりも冷たい感情だった。


「センパイ、さあ」


 どう言ったら良いのか、何から説明したら良いのか分からない、とでも言うような。何もかもルールを理解していないまま、土足でゲームの盤上に上がってしまった子供に説明するみたく、八神が曖昧な笑みを浮かべた。


「そんなものに、何の意味があるワケ?」

「え……」


 それこそ、何を言われたのか分からない表情で、灯が硬直する。


「いま、私達って学園祭とは言っても『芸術部』の出し物について考えてたんじゃないの?」

「そう、だけど」


 八神が何を伝えたいのか理解できない表情の灯に、もどかしそうな顔を八神が浮かべた。


「そこの言葉が足りないオタンコナスの言いたいことを代弁しますと、失礼ながら先輩は立つべきフィールドを間違えているのではないか、と言うことです」


 淡々と神代が言葉を引き取る。正しいことを言ったはずなのに、どうやら自分は糾弾される立場に立たされているらしい、とようやく理解したらしい灯が、助けを求めてこちらに視線を寄越す。それでも、今回ばかりは俺が手を貸すことはできない……何故なら俺は『そちら側』の人間だからだ。


「私達はいま、非常に低いレベルではありますが、芸術について議論しようとしているのでしょう?芸術について語るのに必要な資格は、それにどれだけ詳しいか、博識か、技術があるかなんてものではないと私は思います。それを基準にしてしまえば、私とそこのスチャラカなツインテールでさえ、芸術の道の入り口に立ったばかりの未熟者に過ぎないのですから、資格なんてあるはずもない……それこそ、一握りの者にしか語る資格がなくなってしまいます。そんな基準は、きっと間違っている」


 いま、神代は高校生にとっては……いいや、それこそ人類にとっての難題だと言ってもいい話をしようとしていた。それでも、できる限り丁寧に噛み砕いて、考え得る限りの気遣いを持って彼女は言葉を紡いでいた。


「それでは、芸術について議論する資格とは?自分が信じるもの、自分が好ましいと思うもの、自分にとって譲れないもの……それを持っているかどうかだと、私は思います」


 それに関しては異存がないのか、八神も不満そうな顔はしながら、今回ばかりは口を閉じて静かに神代の言葉を聞いていた。


「確かに、多数決や諸々の平和的解決は時間短縮になりますし、他者との軋轢(あつれき)も生まずに済むかもしれません。ただ、八神の言葉を繰り返すようで癪に触りますが、この場でそんな解決をしたところで、何の意味がありますか?」



「っ……」



 今度こそ八神と神代の言葉の意味を、正確に理解したらしい灯が息を呑む。




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