05 博士たちと議論するキリスト ②
「……ちゃんと部活動に参加するってなら、良いけど」
入部させて下さい!とか、どっかで聞いたような勢いで美術室に突っ込んで来た一年生どもに、お前らは俺に弟子にしろって付きまとうのを止めろって説教されたことの意味分かってんのかと、思わずもう一回説教したくなった。ただ、現在進行系で他人様に迷惑をかけまくって生きている身としては、あんまり大きな口を叩けないのが実情なのであって。
だからこその、大人気なくて底意地が悪い譲歩だった。俺の予想通り、八神も神代も言葉に詰まり、難しい顔をして考え込む。それはそうだろう、こいつらは既に第一線で活動している芸術家なのであって、正直に言えば他の芸術科の生徒と比べても圧倒的にレベルが違う。本来ならこうして普通に高校なんぞに通ってることさえ、回り道だと言っても過言じゃない……そう言うレベルの『プロ』だ。
そんな奴らが、真面目に部活なんぞやってるヒマがあるはずもない。それを見越しての言葉だったし、芸術に対して真面目に向き合ってるこいつらなら、絶対に諦めるだろうと思った。あと、一押しだろうとニヤけそうになるのを堪えながら、努めて淡々と言葉を吐く。
「そもそも俺は、芸術部の顧問だってだけで、活動そのものに口出しする気はないからな。もしも授業以外で俺が何か気まぐれ起こして、面倒見よっかなーなんて気分になるかもしれない、なんてこと考えてるならハッキリ言っておく。天地がひっくり返っても有り得ん」
「偉そうに言ってるけど、言ってること最低だよ、お兄ちゃん……」
背後からドン引きした感じの妹様の声が聞こえてくるが、例え妹に軽蔑されたとしても、俺は仕事をしないダメ人間でいたい。これだけは譲れない一線だ。本当にクズだと、自分でも思っている。そんなこんなで、要するに俺は油断しまくっていた。
「……入るわよ」
「そうそう、やめておいた方が……へ?」
思いっきり様式美のような反応を返してしまった俺は、まじまじと八神の顔を見つめた。
「別に勢いだけで来たんじゃないし、ちゃんと考えてるもの。私には必要だと思った、だから入部したいってだけ。まあ、ここまでハッキリ言われるとは思ってなかったけど、ある程度は予想してたし」
「穂高先生が我々を突き放すのにも、教師であると言う短絡的な理由だけでなく、きっと深いお考えがあってのことなのでしょう。不肖この神代、そのお心を察することができませんでした。今度こそ、先生のお側で自ら芸術の道を模索することで、少しでもその真髄へと近付きたく……」
いや、普通に迷惑だからやめろ。特に考えはないし、面倒事を背負い込みたくないだけだし、正直に言ってお前たちに教えることなんて何もないぞって、笑顔で学園そのものから送り出したい気分でさえある。しかし、灯はともかく真面目な来栖の前でそんなことを言ったら、幻滅されるかどうかはともかく悪影響を与えそうで怖い。
どうも背中に灯の視線が突き刺さってるような気がして、さっきから冷や汗が止まらない。これはもう、逃げられないかと溜め息を吐く。
「さっきも言ったように、活動は真面目にやれ。入部条件はそれだけだが、お前達にとっては時間的に色々キツいことも出てくるはずだろ。本当に入るのか?」
「……そもそも、その条件って私達にだけ課してるんじゃないでしょうね」
初めて疑うような視線を見せた八神に、ちょっと成長したじゃないかと何故か上から目線で評価してみる。
「いや、普通にお前達だけだ。そもそも俺が不真面目なのに、生徒にそんな義務押し付けられるか?」
「何故そこで『良いこと言った』という顔をなさるのでしょうか……いえ、そのように傍若無人な振る舞いもまた、深いお考えあってのこと」
ねえよ。俺、今さっき自分で不真面目って言ったじゃん。神代よ、お前は俺に何を求めているんだ……
「不公平でしょ、そんなの!そもそもこの部活、美術室に顔を出しすらしない部員がわんさかいるらしいじゃない」
「あいつらは、部の存続のために貢献してる幽霊要員だからいいんだ」
自分でも何を言ってるのか良く分からなかったが、自信満々な感じで言い切ると、何故かそれで納得してくれた。そんなにチョロくて良いんだろうか。
「じゃ、じゃあ、部長はともかくとして、そっちで優雅にお茶飲んでるセンパイは何なワケ」
「あれは俺の妹枠なんで特別」
俺の言葉に、今度こそ八神が唖然とした表情を見せる。
「うっそ……本当に兄妹?」
「それはよく言われるがな」
俺と灯は、顔の造形そのものはそこそこ似てるけど、雰囲気がまるで違うからか『似ていない』と言われがちだ。灯には再三『お兄ちゃんもマジメな服着れば見違えるのに……』なんて言われているが、残念ながらこのヨレヨレ白衣が俺の仕事着だ。もっとも、この全身から滲み出る『適当ダメ人間』臭こそが、灯と俺の決定的な違いなんだとは思うが。
「そ、それはともかくズルいんじゃないの?」
もはや何に食い下がっているのかは分からないが、それでも反論を試みる八神に俺は堂々と胸を張った。
「妹が優遇されるのは当然のことだろう。だって、妹だぞ?」
「何なの、その自信と謎の説得力は……」
背後で「お兄ちゃん、恥ずかしいからもうやめて……」と言う声が聞こえたが、これは後に退けない戦いだ。俺と八神はしばらく(八神は若干引き気味に)睨み合っていたが、もちろん入部申請を出す側に強く出れるはずもなく。
「分かった、それでも入部する」
結局、渋々と八神は頷くことになった。何故か俺に心酔してるっぽい神代も、漏れなくついてくると言う謎現象が発生している。八神が俺に弟子入りしたい理由は百歩譲って分かるとしても、神代に関してはまるで理解不能だ……まあ、授業で関わるうちに何か分かるかもしれないし、と考えは後回しにしておく。決して考えるのが面倒なワケじゃない。
「それじゃ来栖、後は頼んだぞ。部長の働きに期待している」
偉そうに言ってはいるが、翻訳すると『俺は仕事したくないから、来栖頑張って』って感じだ。それなのに、何故か来栖は感動したかのように瞳を潤ませた。
「ひゃ、ひゃいっ、任せて下さい!皆さんが楽しめるような、素敵な部活にしてみせますっ!頑張って、部長としての務めを果たします!」
「あ、うん……ほどほどにな」
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