67話 勘違いしろよ
「……なんで、そんなこと聞くの? ……あたしが誰を好きになったって、真人には関係ないでしょ……」
――ズキン。
突き放すような莉奈の言葉に、細い針で心の柔らかいところをつつかれたみたいな、鋭い痛みが真人の心臓を締めつけた。
(……なんで、なんて。俺にだってわからないけど、優斗は……お前にそんな、女みたいな表情をさせるのか……)
長い時間を共にしてきたのに、初めて見る莉奈の表情に真人は酷く苛立った。その表情が、悲しいものであることが尚更許せなかった。
「お前が、俺以外のやつの前で泣くのは、なんか……嫌なんだよ」
「なに、それ……」
「……そんな表情するくらいならやめとけよ。俺は、莉奈には笑っていて欲しいんだ……」
優斗を好きだと誤解されていることも、まるで自分に関心があるみたいな言葉を使う真人も、それに期待してしまう自分のことも全てが嫌で、莉奈は泣きながら叫んでいた。
「……だからっ! ……だから、真人の前ではいつだって笑ってたでしょ! 泣いてるところなんて、こんな惨めなところなんて見せたくなかった!」
莉奈の大粒の涙が頬をつたう。
「あたしが好きなのは優斗じゃない! 真人だもん……っ! それなのに……、他の人を好きだなんて、あんたが言わないでよ、バカ……」
どんどん小さくなっていく語尾は、最後には消えてしまいそうだった。
ぷつり、と我慢していた気持ちが溢れだしてしまったのか、莉奈はその場にへたりこんで子供のように涙を流していた。
突然の告白に呆然と見つめている真人は、反射的に屈んで莉奈の瞳を覗き込んだ。
「お前が、俺を……?」
「……そうよ、悪い? 生憎こっちは、あんたのことを兄だなんて思ったことなんて一度もないわよ……」
一度口にしてしまった想いは、するすると莉奈の濡れた唇から溢れだした。
「……はぁ、もう最悪。この気持ちを忘れられたくないとは思ったけど、こんな形で伝えるつもりはなかったのに……」
顔を覆う掌の隙間から、涙で濡れた赤い頬が隠しきれずに覗いている。
それを見て、真人の顔が勢いよく赤く染っていく。
「……え、や、待て……。優斗が好きで、抱き合ってたんじゃないのか」
「……あんたね、好きな人に誤解されるなんて一番嫌なんだからね。何回同じこと言わせるつもり……っ!」
隠すこともなくなって、最早、半分開き直った莉奈はまだ言うのかと怒りで思わず顔を上げた。
すると、目の前には顔を片手で覆って、耳まで真っ赤にしてしゃがみこんでいる真人がいた。
「…………え?」
莉奈の視線に気がついたのか、顔を覆っていない方の手を、莉奈を制止するように手をかざすと、今までにないくらい小さな声で呟いた。
「……待て、じろじろ見るな……」
想像していなかった意外な真人の反応に、莉奈はぽかんと口を開けた。
「……なんで、照れてるの……?」
「……あ、当たり前だろ。お前がそんな風に見てるなんて、思ってもいなかったんだから。莉奈が、その、俺を……好き……だとか」
「……嫌、じゃ、ないの……? 妹みたいだって言ってたのに……」
「……そりゃ驚きはしたけど、嫌なわけないだろ。……つーか、いくら妹みたいだって思ってたって言っても妹じゃないんだから、女の子にそんなん言われたら、照れるに決まってんだろ……ましてや、お前だし……」
「なによ、それ……。今まで女の子扱いなんか、したことなかったくせに!」
抗議するような莉奈の言葉に、悪かったよ、と真人が小さな声で呟いた。
「……その、いつからなんだ? 俺をその、好き……になったのって」
「……最初から。真人に助けて貰ってから、あたしはずっとあんたが好き」
「……そんな素振りなかっただろ」
「見せないように頑張ってたの! っていうか、真人が鈍感なだけだからね! 真人以外は皆にバレちゃってたんだから!」
「……マジで? それって、優斗も……?」
「知ってたよ。……なに、ヤキモチでも妬いてくれたの?」
気恥しさからからかうように言った莉奈に、真人は素直に頷いた。
「……ヤキモチ、妬いたのかもな。お前が優斗と抱き合ってるの見て、あいつに俺には関係ないって煽られて、そんなのは嫌だと思った。……まんまと優斗の罠に引っかかったみたいだな」
「……それって、」
「……あぁ。妹みたいだなんて言ってたけどさ、俺もただの妹じゃ嫌だったみたいだ。お前が泣いてる時にそばに居るのは、俺がいい」
莉奈の瞳が揺らりと涙で輝いた。
「そんな言い方されたら、あたし……勘違いしちゃうよ……?」
「……勘違いしろよ」
「真人もあたしのこと、好きだって思っていいの……? あたし、真人のこと好きでいていいの……?」
「……あぁ。俺も莉奈が好きだ。これがまだ、恋だのなんだのっていうような、甘酸っぱい感情なのかはわからないけど、俺はずっとお前が大切で、ずっとお前が特別だ」
真人の言葉に、莉奈がへたりと床に座り込んだ。
はらはらと、頬を流れる涙が綺麗だ――。
そんな真人の心情を代弁するかのように、窓から差し込んだ木漏れ日が優しく莉奈を包み込んだ。
「……お前、そんなに泣き虫だったんだな」
「しょうがないでしょ、だって、ずっと叶うなんて思ってなかったんだから……」
「遅くなって悪い」
「……ほんとだよ、もう」
「もう、俺がいないところで隠れて泣くのは無しだからな」
「……うん」
「……あと、女の子の姿だからって、優斗に抱きつくのもやめろよ?」
「ふふっ。効果バツグンだったのかな、後で優斗にお礼を言わなくっちゃ」
くすくすと嬉しそうに笑っている莉奈を横目に、真人は慣れない気持ちに身を委ねては、くすぐったそうにら肩を竦めてみせた。
「あー、じゃあ、俺は後であいつに謝らないとな」
初めての嫉妬心の行き場を無くした真人が、小さな声でぽつりと呟いた。
「莉奈が優斗のことをそう思ってなくてもさ、あいつはお前のこと好きなんじゃないのか……?」
それを聞くと、莉奈は可笑しそうにケラケラと笑う。
「有り得ないわよ!」
「いや、有り得るかもしれないだろ。俺がお前の気持ちに気づかなかったみたいに、あいつだって心に秘めてるかもしれないだろ……」
「ないないっ! だって、優斗が好きなのは美樹なんだから!」
本日何度目になるのかわからない間抜け面で、真人はぽかんと口を開けた。
「マジ、かよ……。悪い、恭哉。鈍感野郎は俺もだったわ……」
真人の脳裏に、得意げにウインクをする優斗の姿が横切っていった。




