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『死』の概念は削除されました  作者: 日華てまり
本編

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66話 挑発

 



「はぁ……疲れた。電気ついてないけど、誰もいないの、か……?」


 講義を終えた真人が研究室の扉を開ける。

 電気もついておらず、講義に向かった時のままの室内に、首を傾げながらパチン、と電気のスイッチを押した。


 そして、目に飛び込んできた光景にびくり、と真人は静止した。

 急に明るくなった室内に驚いて、暗い部屋の中で抱き合っていた莉奈と優斗が電気のスイッチのある方、真人へと視線を向けた。


「……真、人……っ!」


 焦った声を上げて、優斗から離れる莉奈が涙を拭っているのを真人は見逃さなかった。


「おいっ! なんで、莉奈が泣いてるんだ!」


 ぐい、と優斗の腕を掴んで、莉奈から引き剥がすようにすると、真人は大きな声で問い詰めた。

 持ち上げた優斗の身体の軽さに一瞬たじろぐも、泣いている莉奈を背中に庇うように立っている真人の姿を見上げて、優斗がにやりと口角を上げた。


「別にボクと莉奈ちゃんが何をしてたって、真人くんには関係ないんじゃないの〜?」


「……なっ、それは……」


「ボクだって、中身は男の子なんだよ。女の子相手に恋愛だってする。……わかるでしょ?」


 挑発的な視線を送る優斗に、真人が後退りをする。

 二人の間に恋愛関係があるとしたら、自分には踏み込む資格がないことなど分かっていた。


「あの、優斗っ……」


 言いかけた言葉を飲み込んだ真人に追い打ちをかけるように、混乱している莉奈の肩を抱いて優斗が言った。


「莉奈ちゃんが誰と恋愛をしていたって、真人くんが首を突っ込む理由なんてないでしょ? 妹みたいなもんだって、言ってたもんね」


 優斗の意地悪な視線が真人をちくりと突き刺した。それでも、涙に濡れた莉奈の目元を見ると、真人はぐっと拳を握りしめた。


「そうかもしれない、けど……。泣いてるこいつを放っておけるわけないだろ!」


 あまりの声の大きさに、その場にいた誰もが目を丸くする。叫んだ真人でさえ、自身の余裕の無さに驚いているようだった。


「莉奈、行くぞ!」


 勢いのまま莉奈の手を掴んで歩き出した真人は、ずんずんと扉の方へと莉奈を引っ張っていく。

 その後ろから、のんびりとした様子で優斗が声をかけた。


「莉奈ちゃん、後は頑張ってね〜」


 そう言って、気楽そうにひらひらと手を振る優斗の態度に苛立ちながら、真人はバタンと強く扉を閉めた。


「あの様子なら全然脈ナシってわけでもなさそうだよね〜。……さてと、ボクももう少し、頑張りますか」


 残された優斗は、両手を持ち上げて伸びをすると、ごろんとソファに寝転んだ。




 *




「ね、ねぇ。ちょっと! 真人ってば!」


 研究室を後にした真人は、終始無言でつかつかと早足で廊下を歩いていた。

 自身の置かれた状況に困惑している莉奈は、繋がれた手を引かれながらも抗議の声を上げる。


「真人! ちょっと、腕痛いよ、待ってってば!」


 莉奈の大きな声に我に返った真人が、無言のまま後ろを振り返って立ち止まった。


 さっきの状況はなんだったんだ、優斗とはどういう関係なんだ、真人はそう聞きたかったが、優斗の言う通り自分には莉奈の恋愛にまで口を出す権利なんてない。そう思うと、重りがのしかかったかのように言葉は重く、声にならなかった。


「……さっきのは、ほんと、なんでもないから。……ちょっと優斗がふざけてただけで……」


「……俺には、言えないようなことなのか」


「……そういうわけじゃない、けど」


「それじゃあ、どうして泣いてたんだ。優斗と何かあったんじゃないのか?」


「ち、違うよ! ほら、ちょっと優斗と話してて気が緩んじゃっただけっていうか! ほんとに何でもないんだから!」


(……俺の前でも滅多に泣いたりしないお前が、優斗の前だと気が緩むのか……? 弱った姿を見せるのか……? それって……)


「……お前は、優斗のことが好きなのか?」


 気がつけば、真人は責めるような口調で莉奈のことを問い詰めていた。

 その言葉に、莉奈が眉をひそめて、それからそっと真人から視線をはずした。



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