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グリアンクル開拓記~異世界でものづくりはじめます!~  作者: わっつん
第2章 開拓村でものづくりはじめました
57/92

番外編 従士たちの食事情

こちらは100万PV記念短編になります。

従士たちの食事情




開拓村の館近くには、従士小屋と呼ばれる建物がある。

ジャスティン以外の従士たちが集団生活を送る場だ。


かまどは共同、水は館の敷地内にある井戸からの汲み上げとなっている。


彼らは毎日当番を決めて身の回りの家事をこなしているが、得意不得意があるので、当たり外れも大きい。

特に食事面では能力差が顕著に出る。



「今日の飯、外れ」


「黒パンに塩スープだけとか、飽きるわ……」


「そう言うなよ。ある程度腹いっぱい食えるだけで、俺は幸せ」


従士たちの姿は3人。彼らは、従士の中でも特に元気が有り余っているので、よくジャスティンに尻を蹴られている。

狭い部屋には2段ベッドがふたつ。あとひとりはホレスだ。

ホレスは今カーラとの昼食を満喫している。従士のひとりがホレスの寝台を見てちっと舌打ちをした。

彼らには恋人がいないので、嫉妬にまみれているようだ。


午前中彼らは特産品制作関係の作業に駆り出され、村の見回りを行っていた。

朝食は天音に軽いものを作ってもらったため、昼食との落差にげんなりしているというわけだ。


開拓村が自給自足出来るようになったのは2年ほど前だっただろうか。

従士たちも共同で畑を耕しているのでかなりの節約にはなっているが、20歳前後の彼らにとって食事の量はあればあるほど良いものだ。


とはいえ、畑仕事に慣れていないものも多く、従士の中でも農民出身の者に教えを請いながらやっとこさ収穫までこぎ着けている、という次第だ。

収穫物の種類も少ない。

街に行けば苗や種などを購入することは出来るものの、珍しい品種だとすぐに枯れさせてしまう。

産地の人間によるノウハウがないと難しく、情報も高額になるのだ。

従士の給与では情報料まで手が出せない。



「それもそうだが、あれを食べてしまうとなー……」


「俺、美味いほうがイイ」


そんな風にぼやきながら、従士たちは食事を終えた。

パンもスープも十分にあったはずだが、やはりどこか物足りなさを覚える。


午後からは訓練が待っている。憂鬱な気分で従士たちはため息をついた。




◆◆◆



訓練の指導担当はユーウェインとジャスティンで交互に行っている。

午前中に行われることもあるが、多くは午後の時間が当てられる。


従士の仕事は多岐に渡るが、やはり主なものは戦闘に偏っている。

敵が来たときに備えての防衛、山賊や魔獣退治における戦法の確認、体力作り。

どれも欠かしてはいけないものだ。


では、本日の訓練はどのようなものかと言うと、サヴァという女の子による手合わせの実演だった。


見かけは小さくて可愛らしいが、従士たちは緊張を崩さなかった。

従士一番の巨漢であるホレスがあっという間にこかされたのを彼らは見ている。


身体を倒される瞬間、もし石に頭でもぶつけていれば命が危なかったかもしれない。

そして意図的にそれを行えるのであれば、あの小柄な女の子に殺傷能力がある、という証左になる。


従士たちは誰ひとりとして油断せず、ジャスティンからの指示を待つ。



「それでは、今から訓練を行う。お前らはひとりずつ、投げられろ」


ジャスティンの掛け声で従士たちはサヴァの前に整列した。



「ただし全力で抵抗した上でだ。ちなみに、攻撃はするな。

 あくまで逃げに徹しろ」


そう言うとジャスティンは木の棒で整地された地面に囲いをえがきはじめた。

囲いより外に出るなということらしい。


サヴァはつまらなそうに首や身体の関節をまわしている。

従士たちはその仕草に少し色めき立った。

ホレスの件で実力はわかってはいるが、疑いの目を向けるものもいる。


このようなか弱い女性に何が出来るものか。

いつまでも逃げてみせようではないか。

従士たちは気合充分といった様子で拳を握った。



……結果として、従士たちは訓練時間まるまる、投げられ続けた。

逃げに徹しろというジャスティンの忠告を、素直に実行出来た者もまた少なかった。


投げられるだけ、と言葉だけだと単純なようだが、背中に受ける衝撃は蓄積するとけっこう辛いものだ。

地面では投げられた従士たちが苦悶の声を上げている。



「お疲れ様でした」


「どうも。投げられ慣れてないみたいだったから、

 受身が取りやすいような投げ方したけど、大丈夫かな?」


「問題ないと思います。やわな鍛え方はしていませんので」


「一応、次は柔軟もうちょっとしっかりさせよう。

 首や腰とかは怖いから」


ジャスティンとサヴァは会話が弾んでいるようだ。

従士たちは最初、サヴァのことを可愛らしい女の子だと思っていたが、実はとんでもない女猛者だったことに今更気が付いていた。

ただひとり冷静なのはホレス、次点でティムといったところだろうか。


ティムは女好きを公言しているだけあって、サヴァに対しても物腰柔らかく、手合わせをはじめる前にはさらっと口説いていた。

しかし一度投げられてからは真剣な顔付きで取り組むようになった。

普段から飄々とした態度を崩さないティムにとってはたいへん珍しいことだった。


敗北感に打ちひしがれた従士たちは、ジャスティンの一声でそのまま解散となった。

もうすぐ夕飯時だ。

腹は空いているが、また侘しい食事を食べなければならないと思うと気鬱になるのも致し方ないところだろう。

従士たちは背中の痛みを堪えつつもそそくさと従士小屋へと戻っていく。



「うわ、やべ。服がほつれてる」


防具を付けているとはいえ、何度も投げられて擦れてしまったらしい。

従士のひとりがほつれた部分を見てため息を吐いている。

しかし従士のうち、繕いものを得意とするのは1人か2人ぐらいだ。


頼もうとすれば金を取られる。

なので結局下手くそでも自分で繕うしかない。



「あー。嫁さんが欲しい。今すぐ欲しい」


「イーニッドちゃん嫁に来てくんねーかなー」


「俺、次に街に行ったら婚活するんだ……」



それぞれ好き勝手な言い分を並べながら、従士たちは防具の手入れを行っている。

そして動いたあとは腹が減るのも道理だ。ぐうと腹の音が狭い部屋に響き、さらにため息が加わった。



「腹減ったな………」


夕飯までにはまだ時間があった。今日の当番はティムだっただろうか。



「……俺、イタチの干し肉持ってんだけど」


「……………まじで?」


「いや、この間狩った時に肉はいらないって言われたから……つい……」


「え、それ、塩振って干しといたの?」


「だよ。肝臓とハツも一応………」


げえ、という声が上がった。

普段領主主導で行われる狩りで獲物を獲得した場合、毛皮は販売のために一度領主預かりとなる。

まとめて街に売りに行き、販売代金の分配があとから行われるのだ。


肉については領主分を除いて等分となっている。

内蔵については、最近は天音が調理してくれるので、従士たちは全て任せているが。


レバーペーストは従士たちの中ではかなり好評だ。

まず臭みが少ないので食べやすい。滋養効果も高い。

そして美味い。そのためすぐになくなってしまう。


春間近となって最近では獲物も少なく、とれる肝臓も限られているので滅多にありつけなくなっている。


それはそうとして、イタチだ。

イタチの毛皮は高く売れるため狩りには良いが、肉が問題だった。

とくに捌きたてのイタチの肉は、例えるなら犬の糞にまみれた臭いがするため、彼らの中では大不評だった。


それでも天音が開拓村に来る前まではイタチの干し肉は肉っ気というだけで重宝されていた。

あくまで腹が減った時の最終手段だったので、味についてはお察しである。


従士たちの中で、食欲とクソ不味い食事とで天秤がゆらゆらと揺れた。

机の上には干し肉が乗せられた皿がある。

別に何てことのない光景だが、漂ってくる微妙な臭みが従士たちの気をガンガン削いでいく。



「……俺は食べる」


「いってしまうのか……?」


「背に腹は代えられないだろ………」


「いやでもこれ……肝臓とハツとかやばいって……」


「わかってるけど、でも、俺は腹が減ってるんだよ!」


従士のひとりがごくりと息を呑み、ひとりは苦悶の表情を浮かべ、最後のひとりは叫んだ。

妙な緊張感が部屋の中を漂い、一瞬ののち、ひとりが肝臓の干し肉に手を伸ばした。



「…………!!!!」


従士のひとりは往生際も悪く鼻をつまみながらひとかけらの干し肉を嚥下させた。

弾力のあるそれをとても飲み込むことが出来なかったのか、従士は何回か歯で噛み砕かざるを得なかった。

そしてそのことが従士に悲劇をもたらす。



「………!?!?……っくっそ不味い何だこれえええええええ」


ごくりと無理やり喉に通したあと従士はあまりの不味さに咆哮した。

おええと吐く素振りを見せたので残りふたりは思わずその場から離れる。



「うわ……こっちにも臭いが………」


「臭い。これはやばい」


一気に食欲が減退してしまった様子のふたりを気にする余裕もないようで、残りひとりは悶絶を繰り返す。

水差しに入っていた水を一気飲みするが、口の中の強い臭気はなかなか消えてくれない。



「……うっ。俺、もうイタチ食べたくない」


「そう言ってこの間も食べてたじゃんかよ……」


「俺もこの間食べたけどしばらくいい……」


「腹に貯まれば何でもいーやと思って食うけど毎回もう食べたくないって思う」


「そして歴史は繰り返される」


「だってさあ、腹減るんだもん」


「わかる。腹が減ったら我慢出来ない。でも臭くて不味い」



あまりに騒いでいたためか、その後ジャスティンにしこたま鉄拳制裁を加えられた3人だった。




◆◆◆



「あの……?今日はいったいどうされたんですか……?」



夕飯には3人にとっては幸いなことに、天音による差し入れでおかずが1品追加されていた。

さらにはスープも天音に作ってもらったらしい。ティムがニコニコと喜んでいる。

朝に続いて夕飯まで作ってもらえるなんて、と従士たちは感動しきりだ。

その中で、3人は滂沱の涙を流していた。



「俺ら……一生アマネさんについていくっす……」


「姉御って呼ばせてくださいっ!」


「俺…俺………死んでもいい」


あまりのテンションの違いに天音がドン引きしていることには気付かず、従士3人は涙をぼろぼろと流しながら食事にありついた。

その後ろでは、他の従士が呆れた様子で3人を見ている。



「こいつらと一緒にされたくない……」


「他人の振りしようぜ」


同僚からそそくさと席を離されるが、3人は満足していた。

なにせ、美味い飯にありつけたのだから………。






◆◆◆



~おまけ~



「俺、従士長に蹴られるのけっこう好きだわ」


「わかるー」


「なんか癖になるんだよな」


「ちゃんと手加減はしてくれるし」


「けっこう優しいよな従士長」


「なー」



ジャスティンはたまたま廊下で通りがかっただけだったが、話の内容に青筋を浮かべて拳を握った。

ダメだこいつら、早く何とかしないと。


次の短編は5日(日)に更新します。時間帯は未定です。

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