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グリアンクル開拓記~異世界でものづくりはじめます!~  作者: わっつん
第2章 開拓村でものづくりはじめました
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49話 冬のほろ苦チョコレート

49話です。あと1話で50話~ヽ(・∀・)ノ

49話 冬のほろ苦チョコレート



ミァスが雪道を引いているカーペンター号の中には、カセットガスの空き缶やそのほかのプラスチックごみなど、こちらでは処分できないものが含まれている。

天音はさんざん悩んだが、結局どこかに投棄するよりは、自宅にて保管したほうが良いだろうと踏んだ。


使用済みガス缶の処理については、中にまだ残っていないかを確認したあと、屋外で穴あけをした。

屋内で行ってしまうと、ガスが部屋に充満して底に溜まってしまうため、危険度が高い。

引火してしまえばあっという間にお陀仏なので、念入りに注意をしつつ処理を行った。


おかげで無事事故を起こすこともなく、空気穴の空いたガス缶がカーペンター号に詰め込まれている、というわけである。


プラスチックごみは燃やせばとも思うが、ひとまず先送りすることにした。

しっかりと洗って表面のごみを除去したあと乾燥させてある。

いずれ何かに使えるかどうかはわからないが、そのまま保管だ。



天音はミァスにユーウェインと同乗しながら、自宅に戻ってからのことを考えていた。

客用布団はあるのでユーウェインが寝泊りする分には問題ない。

古いシーツもまだある。少々汚れても構わないだろう。


今回荷物が少なければ、布団も持って帰りたいところだ。

随分慣れたものの板張りのベッドでは疲れが取れにくいのは事実で、マットレスぐらいは、と思っている。



「ユーウェインさん……家に着いてからのことなんですけど」


天音はふとユーウェインに話し掛けた。

ユーウェインは急なことで目をぱちくりとさせたあと、真面目そうな顔つきで訂正した。



「イヴァンだ」


「……すみません、まだ慣れなくて」


ジャスティンにそれとなく訊いてみた時の印象とは打って変わって、ユーウェインの拘りは結構強いようだった。

これは呼び方を徹底させたほうが良さそうだ、と天音は思う。



「ええと、イヴァン。家に着いたらまず持ち帰るものを整理する前に

 就寝準備に入りたいんです。着くのが夜になると思うので、

 食事を手早く終えたあと、就寝準備。

 翌日、1日かけて荷物整理。出来れば掃除もしたいです。

 そして翌々日の朝に出発。その流れでいかがでしょうか」


天音は自宅での予定を矢継ぎ早に説明した。

大まかなスケジュールは決めていたが、細かいものはまだだったからだ。



「問題ない。力仕事があるのなら、手伝おう」


ユーウェインはイヴァン呼びに満足したのかほんのり微笑んで嬉しそうだ。

そういえば怪我の具合はどうなのだろうか、と天音は少し心配になった。


あれからユーウェインは包帯も巻いている様子はないし、よく食べていて体調の変化と言えば少し太って痩せたぐらいだ。

怪我の箇所が腫れているといったこともないので、ある程度は安心しているのだが。



「怪我の方は大丈夫なんでしょうか?」


それでも念のため、と思って天音はユーウェインを伺った。

ユーウェインは一瞬何を訊かれたかわからないような表情をしたあと、笑顔を見せて頭を振った。



「怪我をしていてお前をこうやって支えられると思うか?」


「それは、確かにそうですね……」


天音はいつもの通り横乗りでミァスに乗っている。

そしてユーウェインの左腕は背中に回されて、安定した状態にある。


天音はなるほどと思ってちらりと左腕を見遣った。

防寒のためさしものユーウェインも分厚い革製の上衣を着ている。

だが、引き締まった筋肉に覆われているのは布越しにも伝わってくる。


佐波先輩いわく、質の良い筋肉とは弾力があって柔らかいのだそうだ。

つきたての餅のように柔らかいのが良い筋肉。

そして、グミのような触り心地の時は悪い筋肉。


そんな風に佐波先輩は言っていた。

天音はそのことを思い出して、ふと好奇心に駆られてしまう。



「筋肉……いえ、何でもないです」


筋肉を触ってみたいという欲望が頭を掠めて、天音は危ういところで押し戻した。



「……何だ?」


「いえ、ほんとに何でも。

 それより、力仕事を手伝って頂けるのなら

 色々と手伝って欲しいこともあるので、よろしくお願いします」


無理やり話を終わらせる。

ユーウェインが訝しげに見ていることに気が付いたが、天音は素知らぬ振りをしてやり過ごした。




◆◆◆


ポットの中に入れてあったスープがなくなってしばらくした頃、天音とユーウェインは自宅へと着いた。

夜明けと共に出発したので、ギリギリ夕暮れに間に合ったようだ。

自宅を出た際に目印とした手鏡は結構役に立った。

遠くからでも光を反射してチラチラしていたので、洞窟の場所に迷うことがなかったのが幸いだ。


天音は鍵を取り出して扉を開ける。



「前にも思ったが、改めて見ると随分と立派な扉だ」


ユーウェインは分厚い扉を見つめながらそう呟く。

確かにマンションの扉はこちらの人間からしてみれば立派に見えるのかもしれない。

ユーウェインに対して靴を脱いで貰えるよう頼みつつ、天音は手回し式ランタンで廊下を照らした。



(……ん?)


リビングに入ると天音はなぜか違和感を感じてキョロキョロとあたりを見渡した。

特に家具の配置が変わっているわけでもないし、人の気配は天音とユーウェインだけだ。


気のせいかと思ってひとまず換気のためにベランダのシャッターと窓を開ける。

床にダンボールを敷き詰めてミァスをベランダ側に移動させたあと、夕食の準備だ。


夕食はスープにパンと簡単なものだ。

カセットガスの残量を確かめながら、手早く準備を済ませる。


粗食なのはユーウェインも納得しているようで、文句も言わず黙々と食べている。

自宅に残っている食料品は、玄米と調味料類のストック。

そのあたりは全て村へと移動させる。


そしてアルミ缶やプラスチックケースなど、入れ物として使えそうな生活雑貨も今回は持って行く。

アルミ缶については、ケーク・サレの焼型として使えないかどうか検討中だ。


もちろん焼型はいくつか持っているが、ドラに大量生産してもらう際に、大きさが違っても使えるものがあったほうが良い。

あとで切り分ければ良いわけだし、屋台で販売するのならそこまで体裁を整える必要はないだろう、とダリウスが言っていたからだ。


そのようなことをつらつら考えながらも食事は進み、天音は後片付けもそこそこに布団を敷くことにした。



「……床に敷くんだな」


「そうですね。前もそうだったと思いますけど

 寝台がない場合はこうやって床で寝ます」


「履物を脱ぐのはこのためか、なるほど」


「汚れものを家の中に持ち込まないことで清潔な状態をなるべく保つんです。

 先ほどイヴァン……の足を拭かせて頂いたのもそのためですね」


衛生の観念をどれだけ伝えられるかはわからないが、ユーウェインは興味深そうに聞いてくれるため、天音としても出来るだけの説明をしておきたいと思っていた。

雑菌がどうこう言っても基礎知識がないため完璧とは行かないのが難かしいところではあるが。



「勉強になるな」


「本当はもっと専門的に説明出来れば良いのですけど……」


天音には世間一般の知識しかない。

叔母の薫子であればもっとわかりやすく届きやすい言葉になっただろうか、とも思う。



「いや、十分だ。

 わからないことはこれからも訊くと思うが、よろしく頼む」


ユーウェインはあまり気にしていないようだ。

天音としても興味を持ってくれた上で質問に答えられるものは答えていくつもりだ。



「はい、こちらこそ」


にこりと笑んで、天音は布団の使い方の説明を始めた。

シーツは前回と同じ古いものを被せている。

しばらく布団を干していなかったので、少々湿気が篭った匂いがするのはこの際見て見ぬ振りだ。



「それでは明日はよろしくお願いしますね」


天音がそう言うと、既に暗い室内でユーウェインが頷くのが見えた。

明日は忙しくなりそうだ。濡れタオルで顔や手足を拭きつつ、天音は気合を入れた。




◆◆◆



マットレスは折りたたみ式の三段タイプなので、最後にカーペンター号に括りつけることにした。

先に重そうな荷物をユーウェインに運んでもらって三段ボックス内に積み込んで行く。


衣類は悩んだ末、持ち込んだ革袋の中に入れてミァスに括りつけることにした。

革袋は結構持って来たので、見た目の偽装は問題なさそうだ。

リュックやカバン類は革製の目立たないものしか持ち込めない。

やはり外見で目立ってしまうと問題がある。


他に、布や縫製材料もたっぷりと持って行くことにした。

販売はそれほど考えていないが、プリント生地でも巾着袋や手ぬぐいくらいには使える。

また下着もこれからは手作りしなければならない。

お金をなるべく使わない方向で、と考えると、やはり原材料を持ち込めるだけ持ち込むのは大前提だ。



「お疲れ様です、これどうぞ」


ユーウェインはよく働いてくれた。

力仕事と言っても然程重くなかったので動き足りないと言っていたが、天音としては十分だ。

天音は慰労のためにお茶とチョコレート菓子をユーウェインに手渡した。


なんの変哲もない、ナッツが入ったチョコだ。

これも仕事が忙しい時期用にまとめ買いしておいた天音秘蔵のおやつの一部である。



「……なんと濃厚な……」


ユーウェインは一口食べると瞳をわかりやすく輝かせた。

チョコレートはこのあたりではまったく食べられていない。

そもそも甘味すら一般には出回らないので、当たり前のことだが。


カカオの実は南方に行けばあるのかもしれないが、製法が確立しているかは怪しいところだ。


天音も一つだけ袋の中から取り出して包装フィルムを剥がす。

大容量パックの安売り品。それでも口の中に含むとほろ苦さが何とも言えず懐かしい。



「……たぶん今手持ちのもので最後になると思うので

 味わって食べてくださいね」


カカオの実が手に入ったとしても開拓村で量産は難しいだろう。

それに、天音自身も日本へ戻れるかどうかは怪しい。


天音は少しだけしんみりとしながらユーウェインに注意を施した。

いずれなくなってしまう口溶けを惜しむようにユーウェインは飲み込みそうになる衝動を抑えたようだ。

ぐ、と詰まってひたすら口の中でチョコレートを転がしている。



「……そんな顔をするな」


チョコレートを食べ終わったユーウェインが天音にそう言った。

天音は瞳をほんの少し揺らして苦笑した。



「どんな顔に見えます?」


おどけたように肩をすくめると、ユーウェインはそれが気に食わなかったようだ。



「寂しげな目をしている。そのような目をするものではない」


ユーウェインのはっきりとした口調に天音は今度こそ言葉に詰まった。

自宅に戻ったことで郷愁の思いが強くなったのかもしれない。

ユーウェインに見抜かれてしまったことで、そのことを自覚させられた。



「……ちょっとだけです。

 ここにいると、日本に戻ったような気になってしまって」



「家の中がそのままなら、懐かしがるのも致し方あるまい。

 ……まったく、素直になれば良いものを」


乱暴にそう告げると、ユーウェインはすっくと立ち上がった。

既にお茶は空っぽになってしまっている。



「さて、手早く作業を終わらせてしまうぞ。

 用事は済ませてしまうに限る」


「……そうですね」


そのあと天音たちは特に問題もなく順調に荷造りを終えた。

時刻は既に昼過ぎだ。昼食は昨日まとめて作っておいた残りのスープとパン、そしてチーズのみだった。


天音はリビングと自部屋の換気をしたあと、ふと佐波先輩の部屋に目をやった。

不在の際に人の部屋に立ち入るのは気が引けるが、換気だけはしておいた方が良いと思って、扉に手を掛ける。



「……えっ」


「どうした?」


思わず発せられた天音の動揺した声にユーウェインが即座に反応した。

だが天音はユーウェインに対してろくな返事が出来なかった。

それほど、気持ちが動揺していた。



「……………何で?」


天音は目の前をじっと凝視しながら、ただ疑問の声を上げた。 




50話は26日12時予定ですが、分量が多くなる場合は時間帯がズレるかもしれません。

その場合は事前に活動報告でお知らせ致します。


現在活動報告にて、100万PV記念企画実施中です。

気になるキャラクターや設定など、リクエストございましたらお気軽にご参加ください。


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