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グリアンクル開拓記~異世界でものづくりはじめます!~  作者: わっつん
第1章 異世界で遭難しちゃいました
18/92

18話 おおかみさんと騎士

18話です。


誤字脱字などございましたらお気軽にご報告ください。

18話 おおかみさんと騎士



声を掛けてきた青年は、衛士ではなく村の奥から出て来たようだった。

身長は天音より少し高いぐらいだろうか。


武器は短剣だけだが兵装はしている。ユーウェインと同じように革製の防具を身につけていて、プレートはなしだ。

近くで見ると顔つきはどちらかといえば幼顔で、青年かと思ったがもしかすると10代かもしれない。


彼はちらりと天音の方を見て少し驚いたような表情になったが、すぐに無表情に戻る。



「今帰った。村は変わり無いか」

「はい。こちらは特に問題ありません」


はきはきと答える青年に反して、ユーウェインは緊張感の欠片もないようで、のんびりとした口調でゆらりとミァスから降りた。

ふらふらの体でユーウェインにもたれ掛かっていた天音は、その拍子に体勢を崩しかける。



(やばい。ちゃんと挨拶させてもらうまで、何とか意識を保たないと)


と、目の前にユーウェインの手が差し出されたので、天音はありがたく頼ることにした。

強行軍で身体はバッキバキだ。腰どころか背中もお尻も太ももまで、力が上手く入らない。

手を借りることでようやっとミァスから降りることが出来て天音はほっとする。



「ユーウェイン様。して、その女性は……」

「ジャスティン、話は館で行う。ダリウスはいるか」


ジャスティン、という名前に天音の耳はピクリと反応した。

そういえばユーウェインの看病中に聞き覚えがある単語だ。


寝ぼけて名前を呼ぶくらいだから気安い仲なのだろうと思っていたが、どうも上司と部下の関係のようだ。


ジャスティンの後ろから、長身の身なりの良い男性があらわれた。

ユーウェインやジャスティンと違って兵装ではなく内向きの服装だ。


だぼっとした灰色のワンピースのような長袖の上衣に革製のベストを着込んでいる。


中年に差し掛かる年代だろうか、目尻に皺がある。そして手入れのされた髭が印象に残った。

お髭の彼がダリウス、と天音は記憶に刻む。



「おかえりなさいませ旦那様。ご無事で何よりでございます。お怪我はございませんか?」

「打ち身はあるが問題ない。こちらの女性に命を救われてな。ひとまず歓待の用意を。

 それからこのような時間だが女衆から手伝いをまわして客室の整えを頼む」

「かしこまりました。カーラを呼びましょう」


本当は打ち身どころではないはずだが、人目を気にしてのことだろう。

ユーウェインは歩きながらテキパキと指示を行っている。


それと同時に村から出て来た兵士たちがミァスを引き取って行く。

天音はユーウェインの後に続いて村へと入ることになった。



兵士や衛士は天音に対して無表情を貫いたものの、村人たちは違った。

農閑期で既に日も落ちかけていたため外に出ている人間は少なかったが、ユーウェインの帰還と共に村人たちの姿が増えてきたようだ。


物珍しげに視線を向けられて天音は身の縮む思いだった。

ああでも、と天音は心の中で頭を振る。

もう二年も前になるが、新人研修の頃を思い出せば良い。


周りは知らない顔だらけ、慣れない仕事を任されて緊張していたあの頃。

今も似たような状況だと言えなくもない。


会ったことがない相手でも三日から一週間もすれば慣れる。

そして仕事ぶりを認めてもらえれば信用してもらえる。


最初から怖気づいていれば信用のチャンスを逃してしまうだろう。


そこまで思考が及ぶと、縮こまっていた肩は緩やかに力が抜け、痛みとだるさで丸まっていた背は伸びた。



館は二階建てのしっかりとした石造りで、ところどころ木と漆喰らしき素材が使われている。

着くまでに村の様子を見てきたが、館以外は木作りの素朴な家だった。


木製の大きな扉は開けると重みのある音が鳴った。

取っ手は鉄だろうか。塗装なのか黒光りしていて重厚な印象を与える。


太陽が沈みはじめているのであたりは既に薄暗い。

部屋の中にもほとんど光が入っていないため、廊下の壁には火が灯されたロウソクがある。


いつの間にか天音は客室らしき部屋に案内されていた。

ユーウェインの姿は見当たらない。どうやら、別行動となったようだ。



「申し訳ございませんが、なにぶん急なもので、こちらの準備が終わるまでしばらくお待ちください。

 のちほどカーラという女が呼びに参ります。もし宜しければお待ちになる間にお身体をお休めください」


お髭のダニエルは柔和な物腰で天音に説明してくれた。

ひとまず身支度をしろという話らしい。天音は頷くと渡された手荷物と一緒に部屋に入る。


扉を開けるとすぐそばにお湯がはられた桶と布が置いてあったので、天音は遠慮なく使わせてもらうことにした。

よくよく考えれば二日ほど身体を拭けていない。妙齢の女性としては忸怩たる思いだ。


暖炉に火が入っているとはいえ服を脱ぎ去ると身体が凍えるようで、天音は早速温かいお湯を使って手早く身を清める。

置いてあった布は麻だろうか。少しゴワゴワとしているが、肌に心地よい。


長い時間を掛けるとお湯が冷めてしまうことを懸念した天音は、髪を洗うのは断念して頭皮マッサージだけに留めた。

流し場がないためシャンプーが使えないというのも断念した理由の一つだ。

せめてもの抵抗として、髪を残り湯で拭き脂汚れを少し落としてタオルで水気を取ったあと、水のいらないトリートメントを塗り付けて櫛を入れた。



(うん、いい香り)


櫛を丁寧に入れたことでしっとり艶やかな髪となった。天音はうんうんと満足げに頷く。

肩より少し下あたりで切り揃えられた髪をサイドにまとめてシュシュを付ける。


天音は化粧水で軽く肌の手入れをしたあと身支度を行って、そのまましばらく案内人を待つことにした。

正直なところ今すぐ布団にダイブしたいところだが、この部屋には寝具がないのでそれも難しい。



仕方がないので椅子に座って部屋の観察でもして気を紛らわせることにする。


客室と言っても華美な様子はなく、どちらかというと待機室に近いのかもしれない。

家具は小さな机と椅子、そして暖炉。


暖炉からはパチパチと火が爆ぜる音がしている。

窓は小さく、子供が移動出来る程度の大きさだ。

そろそろ日も落ちている時間帯なので窓もしっかり閉められている。


光源は扉近くの蝋燭台が2つ。

それから天井から吊り下げられたランプが1つ。


目が慣れてくるとそれだけでも十分に明るく感じられる。


調度品の模様などは流石にわからないため、観察はそのくらいで終わった。

そして同時に、部屋の扉がノックされる。



「失礼いたします。こちらの準備が出来ましたのでお迎えに上がりました」

「わかりました」


部屋の扉が開くと、そこに現れたのは女性だった。

先ほどダリウスが言っていたカーラという名前の女性だろう。


カーラは緩やかな巻き毛を後ろでひとつ括りにしていて、快活な印象だ。

パッチリした目元は意思の強さをあらわしているようだ。



「わたくしはカーラと申します。以降、お客様のお世話をさせて頂きます。

 お見知りおきくださいませ」


そう言ってカーラは軽くスカートを摘んで会釈をした。

天音は勝手にイメージしていたのだが、彼女はいわゆるメイドさんの格好はしていなかった。


ふんわりと踝まで広がったスカートは黒ではなくて灰色。

明るいところで見るとまた違うのかもしれないが、エプロンも灰色に近い白だった。


言葉使いや作法などは教育を受けているようで、天音も見よう見まねで会釈を行う。

日本式のお辞儀作法はこちらではどういう受け取り方をされるのか、あとで聞いてみてもいいかも知れない。




◆◆◆



先ほど入口から来た道とは違う方向へと案内される。

廊下は相変わらず薄暗くどんよりとした雰囲気を醸し出している。

そういえば持って来た手回し式ランタンはどこへ行ったのだろうと思いつつ、カーラのあとに従った。



「おう。遅くなってすまなかったな」


ユーウェインだ。見知った顔が目に入って天音はほっとしたように頬を緩めた。

ここ3日、ずっと一緒にいた人である。いきなり姿が見えなくなって少し不安に感じていたのだ。



「いいえ。こちらこそ、お湯を頂けて……ありがとうございます」


驚いたことにユーウェインの格好は先ほどと変わっていなかった。

不思議に思っていると目の前の椅子に座るように促されたので、おとなしく腰を下ろした。

ユーウェインとは机を挟んで反対側の位置だ。机の上のロウソクの火がチラチラと視界を揺らしている。



「食事はあとで持って行かせよう。

 さて、これからのことだが、俺は今夜また森へと出る」


いつの間にか天音の後ろにいたダリウスからお茶の給仕を受けていたところ、ユーウェインから仰天の一言が発せられた。

お茶を口に含む前で良かった、と天音は心底思った。



「え、え?森って……まだ魔狼がいますよね?」


天音は目を丸くしながら質問した。ユーウェインは天音の動揺をよそにうむ、と頷いて同意を示す。


ユーウェインによると、魔狼は放っておくと増えてしまうらしい。

特に元が狼なので、魔狼がボスになってしまうと人間を頻繁に襲うようになる。

そのため発見したら早期に退治することが急務となるようだ。


もちろんユーウェイン一人で5匹を相手にするのは困難なので、10人ほど部下を連れて行くという。

先ほど村の入口でうろうろしていた兵士たちだろうか。



「村にも防衛のためジャスティンを残す。

 万が一魔狼が柵を越えることはなかろうが、用心だけはしてくれ」


そう言われて入口付近の柵を思い浮かべる。確かに柵の高さは3mほどあったし、外には堀もあった。

ある程度は安心出来るだろうが、天音よりもユーウェインの方が遥かに危険だ。


だがそれを口には出せなかった。

当のユーウェインは落ち着き払っていたし、天音がどうこう出来るかと言えば否だったからだ。



「ダリウス、俺が戻るまでアマネを客人として扱うように」

「かしこまりました。お任せください」


天音の混乱をよそに、事態は慌ただしく進行していった。

ものものしい武装をした兵士たちが村の入口に並ぶ。


彼らは飛び道具を含めて武器を持ち、左手には分厚い革をぐるぐる巻きにしている。

あれは何かとダリウスに問うと、「噛ませ」だと言う。

わざと狼に噛ませて牙を引っ掛けるのだそうだ。足を止めるのに有効とのこと。


ユーウェインははきはきとした声で何かと指示をしている。

左手は大丈夫なのだろうかと心配になるが、誰も気にしている様子がない。



「それでは行ってくる。留守を頼むぞ」


ジャスティンに向かってユーウェインが宣言すると、兵士たちがわらわらと村を出発していく。

皆徒歩で森へ入るようだ。最後にユーウェインがこちらに背中を向け、森へと向かおうとする。



「あの!」


天音は思わずユーウェインに声をかけた。ユーウェインは天音の声についと振り向く。

あまりにも性急な流れに目が回りそうになっていたが、やはり一言ぐらいは激励の言葉なりなんなりを告げたいと思ったからだ。



「これ、持って行ってください。私はこちらで食事を頂くので、その……」


だが出て来た言葉は当たり障りのないものだった。

手にしていたのはカロリーバーの残りだ。巾着袋の中身はまだ結構量が残っている。


ユーウェインは一瞬ポカンとした表情を浮かべたが、カロリーバーを見た拍子に破顔した。

同時に、ざわりと空気が揺れるのを感じる。



「……これは、全て俺のものにして良いということか?」

「はあ、それはもちろん。勿体ないので食べてしまってください」


道中、天音はカロリーバーの量を制限していた。

味を気に入ったのか、ユーウェインはすぐに大量に食べようとするので、なくなることを懸念した上でのことだ。



「本当か?食べてしまうぞ?いいのか?」


やたらと念押しがしつこい。その表情は真剣そのものだ。

天音はその都度頷くが少しうんざりしている。



「ならばありがたく頂くとしよう!」


ばあん!という効果音が似合いそうだ。ユーウェインは機嫌が良さそうにそのまま村を出て行った。

周りの人間は、ユーウェインの大げさな反応について行けていないようで、ざわざわと落ち着きがない。


喜んで貰えたのは何よりだが、後ろの人たちの反応が怖いと思う天音であった。


19話は21日12時に更新予定です。

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