15話 いい日旅立ち
15話です。今日もギリギリ、危ないところでした。
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15話 いい日旅立ち
ユーウェインが思いのほか食いついてきたので天音は引き気味になりながらも頷く。
どこに食いつくポイントがあったのかがまるでわからない。
「ク、クッキー、お気に召されたようですね……」
「これはクッキーというのか。原価はいくらだ。
どのくらい保つ?持ち運びもしやすく、軽量で美味。
これだけの条件が揃っていれば糧食として是非とも……」
「落ち着いてくださーい!」
突然多弁になったユーウェインに対して、天音は必死にストップをかけた。
天音が諌めたことで我に返ったのか、ユーウェインはコホンと咳払いをしたのち、再びゆっくりと質問を繰り返した。
「失礼した。このクッキーとやらは美味で、旅の間の糧食にたいへん適している。
よって、村に帰った時に再現出来るようにしてもらいたい。
もちろん料金は支払う。そのため原価がいくらか、どのくらいの期間保つのか質問をした」
色々と突っ込みどころが満載だが、ひとまず冷静になってくれたことで話しやすくなった。
天音はいくつかの確認をするために口を開く。
「ええとまず、これは市販のもので原価がわかりません。
また、手作りの場合、村で材料が調達出来るのか、単価がいくらになるのかも存じません。
保存については、カビが生えなければ二週間ほどは保つかと」
開拓村にはまだ定期的に商隊が来ていない。
取引量が圧倒的に少なく開拓しはじめて数年しか経っていないため特産品もないからだ。
売れるものといったら東方の山岳民族との取引で得た皮革の原材料や羊毛。
家具や建材に使う材木。そして余剰分の穀物や野菜。
そのような状況のため買い出しは数ヶ月に一度、村の代表が街に出て買い付けを行っていると言う。
買い出しには往復で一週間ほどかかる。
今まで糧食にお金をかけてこなかったため不味い干し肉とスープ、歯が折れそうなくらい硬い焼締めたパンをお腹いっぱい食べる、というのが旅においてのデフォルトな食事だったようだ。
しかし天音のしっかりと味が付いた食事が衝撃的で、尚且つクッキーという甘味に心を奪われ、あのような次第となったらしい。
「……さっき作っていたカロリーバーと作り方はほぼ一緒ですよ。
そんなに大層な品では……」
「ならば尚の事、のちほど味合わねばならんな」
カロリーバーへの期待値が上がってしまった。
このまま行くと、天音の履歴書には職業:料理人と記載されてしまうかもしれない。
職が出来るのはありがたいが何だか納得の行かない気持ちになる天音であった。
◆◆◆
出発の朝は真っ青な晴天だった。はぁ、と息を吐くと真っ白なもやが空へとのぼる。
キンと張り詰めた空気は相変わらずで、天音はしっかりと耳あてとマフラー、マスクを完備する。
部屋は昨日のうちに軽く掃除をしておいた。冷蔵庫の中もアルコールで除菌済だ。
食料品もある程度持ち出している。春になったらまた取りに来れば良い、とユーウェインが言ってくれているので少しは安心できるはずだった。
天音の完全防備に比べてユーウェインは薄着で涼しい顔だ。
薄着と言ってもあまりに寒々しい格好なので天音がマフラーを貸している。
外套が風よけになるようだ。
元々の基礎体温が違うのだと気付いたのはユーウェインの熱が下がってしばらくしてからのことだ。
天音は普段35度後半あたりをうろうろしているが、ユーウェインはおそらく平熱で37度弱だと思われる。
念のため医薬品やお酒の準備もしてあるため、おおごとにはならないだろうが、病み上がりなので少し心配はある。
ミァスの移動ではまたひと悶着あった。発泡スチロール箱にインされているマイケルさんを危うく発見されかけたのだ。
ラディッシュをくわえさせたことで事なきを得たが、たいへん心臓に悪かった。
今はソリに鎮座されている。お腹がある程度膨れたおかげで見向きもされていないのが幸いだ。
シャッターをしめて戸締りを確認する。
ベランダ側からは人の侵入が出来ないため安心だが、玄関先が気になるところだ。
ユーウェインに寄ると、死の山方面には滅多に人が寄り付かないらしい。
まず飲み水がない。そして土が乾いているため雑草ぐらいしか生えていない。
とても人が生きていける環境ではないとのことだ。
「うわぁ……」
目の前には絶景が広がっていた。
前回は景色を楽しむ余裕がなかったが、今はほんの少しだけ気持ちに変化が出ているようだ。
太陽の光をキラキラと反射している雪原は言葉を失うほど美しい。
天音が物珍しげにキョロキョロと見回していると、ユーウェインから注意喚起の声が上がった。
「そうやって遠くばかり見ていると足元が疎かになるぞ……」
呆れたような声音に天音は内心気恥ずかしさを覚える。
ついついテンションが上がりよそ見をしてしまった。
これで雪にボスンとジャンプして死体ごっこをしていようものなら更に冷徹な目で見られていたことだろう。
危ない危ない、と思いながら天音は足を速めた。
と言っても防災リュックを背負い雪の中をひいこらと歩いているためそれほどスピードは出ていない。
ユーウェインが雪靴を作ってくれていたおかげでこれでも随分と楽になっているのだとは思うが、滑りやすいので傾斜があるところではバランス取りが難しいのだ。
洞窟を出るとき、荷物の配分を決めた。
防災リュックの中身はそれほど重くない緊急性のあるものを入れていたので天音が持つことになった。
調理器具や大工道具、柿ジャムの瓶などはミァスの鞍に括りつけ、残りはソリに。
緩やかとは言え道中は山なので傾斜がある。ソリが急に方向転換して山から滑り落ちないように、ブレーキ担当でユーウェイン。
そのような配分になった。
「あ、ちょっと待ってください」
洞窟からそれほど離れていないところで天音がユーウェインを呼び止めた。
杖がわりにしていた伸縮棒をざくりと山側に立てる。
伸縮棒の先には小さな手鏡が紐で繋がれている。万が一はぐれて道に迷った際に目印になるようにだ。
(光って結構遠くまで届くもんね)
「お待たせしました」
「まじないか何かか?」
「そうですね……似たようなものです」
杖がなくなったことで少し不自由を感じたが、仕方がない。
ちなみに服装はいつものダウンジャケットに中は薄着のものを何枚か着込んでその上にセーターというモッコモコの状態だ。
汗を吸って発熱してくれるタイプのインナーをつけているので、多少汗ばんでも問題ない。
問題はひたすら動きにくいという点で……。
「う、や、無理!止まらない!むりぃ――――――――っ!!」
平地にやっと辿り着くタイミングで、足元が滑った天音は止まらなくなり雪の窪地に頭から突っ込む羽目になった。
そして更に悪いことに、リュックが細長い形状のため、腰を捻って脱出することが出来ない。
やばい、窒息してしまう、と慌てれば慌てるほど、深みにはまっていく。
「……何をしているんだ」
気が付けばユーウェインにあっさりと引っこ抜かれていた天音は、ぼんやりとしているうちにそのままミァスの元へと連れて行かれる。
「ちょうどいい。ここからは平地だ。ミァスに乗っておけ」
俵持ち状態でミァスの鞍にひょいと乗せられたので、天音は素直にされるがままだった。
心の中にはそこはかとなく抵抗したい気持ちはあるが。
とはいえそろそろ身体が辛くなってきていた。体力には自信があったが、慣れないことをするとどうにも疲れやすい。
ミァスの乗り心地は、お世辞にも良いとは言えない。
クッション性がないので振動でお尻が痛いのだ。
天音は横乗りをしているので、コブの微妙な傾斜がお尻に当たる。
鞍の改良が必要だと心に誓う天音であった。
出発してから山を降りるのにかかった時間は2~3時間ほどだろうか。
明け方に出たので、まだお昼にもなっていない時間帯だ。
休憩はこれまでに何回か行っているが、朝ごはんはまだだ。
天音はポケットの中からカロリーバーを取り出してユーウェインに声を掛けた。
「あの、少し休憩しませんか」
「……そうだな」
どうもユーウェインは道程を急いでいるようで、あまり長い時間休憩を取る気はないらしい。
天候がいつ変わるかわからないのが理由のようだ。
お尻の痛みはあるが、天音はミァスに乗ることで楽をさせてもらっているため、ペースなどはユーウェインに任せている。
完全に素人の天音よりはユーウェインの考えを優先して貰うつもりだ。
ユーウェインも体力はあるのだろうが食事には気を使ったほうが良いだろうと、カロリーバーを多めに手渡した。
ついでに保温タイプの水筒に入れておいた飲み物も渡す。口に合うかどうかわからないが、身体が温まるのでジンジャーティを用意していたのだ。
「うむ。うまいな」
紅茶は既に少し温くなっている。とはいえ冷えた身体にはそれだけでも心地良い。
カロリーバーは甘みを一切付けていなかったが、チーズの旨みが濃く、塩コショウも十分きいていたのでユーウェインも満足そうだ。
「日が暮れる頃には森に着きたい」
「わかりました。あ、これ道中に食べてください」
ポロリと手渡したのは飴。天音が仕事用のおやつとして常備しているものだ。
「ありがたく」
ユーウェインは恭しく飴をポケットにしまった。
◆◆◆
結局お昼も軽めにカロリーバーで済ませて雪道を急いだ。
といっても急ぐのは主にミァスとユーウェインだ。
天音は最初手持ち無沙汰にキョロキョロと景観を楽しんでいたが、そのうち飽きた。
あとはお尻と腰の痛みが残るばかりだ。
ユーウェインの邪魔をするのも気が引けて声を掛けるのも躊躇われる。
そんな天音の逡巡を読み取ったのか、ユーウェインの方から話しかけて来た。
「……アマネは以前どのような仕事をしていたのだ」
「職……ですか?ええと、事務職です」
「ジムショク?何だ、それは」
どうやら伝わらなかったらしい。
これはもしかして就職面談に近いものだろうかとドギマギする。
考えあぐねた天音は適当な単語を繋ぎ合わせてそれらしい説明をしようと試みる。
「あー…事務にはいくつか種類があるのですが、全般としては計算をしたり資料を作ったりと、机に向かって行う作業がほとんどです」
天音は一般事務職二年目の新人から毛が生えた程度の事務員だったので、正直なところキャリアをしっかり積んでいたとは言えない。
ただ地道な作業を黙々とするのは性に合っているため、こちらで臨時に再就職するとすれば書類仕事やそういう系の仕事をと思っていた。
そんな風につらつらと考えていたが、しかし。天音はこちらの文字が書けないことに今更ながら気が付いた。
(……文字が書けないのは流石にまずい。識字スキル0は再就職に響く…!)
生活の目処が立ち次第、教えを請おうと心に誓う。
「そうか……計算。ふむ。俺はてっきり料理人か何かだと思っていたが」
「ええっ?」
珍しい腕の立つ料理人を召し抱える感覚だったとユーウェインは語る。
ユーウェインの発言は、衝撃の事実に頭を悩ませていた天音を更に驚かせた。
しかし反面なるほどとも思う。
物珍しい料理を出して、未知の調理法を知っていて、多様な食材・調味料を抱えて見たこともない調理器具を所有している。
(ああうん。勘違いされても仕方ないかも)
「出来れば我が館で料理長の任についてほしいものだが……」
「いえいえいえ、そんな滅相もない」
丁重に断ると、ユーウェインは残念そうに眉尻を下げる。
こちらでは意味のないものだが、調理師の資格も取っていなければ衛生についても常識的な知識しか持ち合わせていない天音にとって、突然料理長というのはあまりにもハードルが高すぎる。
「しかし、計算や書類仕事が出来るといっても、こちらの文字もわからんだろう。
どうだ? しばらく料理人として仕えるというのは……」
「……たまに作る程度なら問題ありませんけど、やはり荷が重すぎます。あと文字は教えてください」
自分の分は自分で作るつもりだし、そのあまりをユーウェインが貰う、という流れは想像出来るので、良いと思っている。
ただ天音が持っている食材や調味料は有限なので、味のクオリティをいつまでも維持出来るかを問われると否としか言い様がない。
「そうか……残念だな。まあ気が変わったら言ってくれ。それと文字は最低限面倒を見よう」
文字についての確約を貰えたので天音はほっとした。
そのまま雑談に流れ、会話が途切れたあとまた黙々とユーウェインは歩き続けて数時間。
日が暮れるギリギリのところで、森の境に着いた。
16話は18日12時に更新予定です。
ようやく家(?)を出るところまで来ました。
いつになるかは未定ですが、天音さんが来る前のユーウェインさんの物語を5話くらいで更新しようかなと思ってます。




